電話
私の写真を撮った倉田さんは上機嫌だ。ニコニコしながらスマホをいじっており、何をしてるのか覗くのも野暮なものだから少し待ってるか……と腰を下ろしたときだった。
――着信音が鳴っている。それを聞きつけた彼女は飛んできて、私のスマホ画面を確認した。
「綾音さんじゃないですか。しかもこの人、トップの画像先輩とのツーショットですよ!?さっきあんなに拒絶してたのに彼女さんとのは撮るんですか?」
「とりあえずその話はあとでお願いできませんかね……?」
なんだか今日は帰ってくれなさそうな気がする。今回は懇願を素直に聞き入れてくれた。
「しょうがないですね。じゃあその電話が終わったら色々話してもらいますよ?」
「あーわかりました。あとで話しますから!とにかく今は勘弁してください!」
だんだん時計の短針は頂上に近づいている中、不安分子をそばに置いている状態で電話に出た。念のため倉田さんには
「君がここにいることがばれたらちょっとヤバいから一回ここで待ってて。俺は玄関で電話してるから。その間は文机以外の場所触ってていいからね。」
と言っておいた。彼女がうなずいたのを見てから玄関先へ行き、そこで電話を始めた。
『ねぇ今大丈夫……?どこにいるの?』
綾音の少し弱気な声であった。
「普通に家にいるけど……君からかけてくるなんて珍しいね。どうかしたの?」
相手が消極的だとこちらも消極的になってしまうのが自分の性だ。そのせいで会話が途切れることも多々あるため、何とか話題を広げようと試みた。
『いや……別にどうってほどでもないんだけどね、その、この前コウくんが持ってきた問題がやっと解けたから答え合わせをしようと思って。』
彼女は私のことを「コウくん」と呼ぶ。別にあだ名なんて今まで腐るほどつけられてきて、さらに大体どこへ行っても3種類くらいに収束するからそこまで気を払ってはいない。
「そうか、確か数オリのやつだったよね。えーと、まず答えを聞いていいかな?」
そんなこんなで結構な長話をしてしまった。彼女の解法が想定外でエレガントなものだったから、その十分性などを確かめていると時計の針は頂上で重なろうとしていた。
「気づけばもうこんな時間か。それじゃあ今日はこの辺で……」
電話を切ろうとしながら部屋に戻り、倉田さんにここまで遅くなったことを詫びようとしたときだった。
「あっ先輩やっと戻ってきましたか!待ちくたびれましたよホント。」
待ってましたとばかりに彼女は大声で私を出迎えた。ここまで最悪なお出迎えは想像もできない。
『あれ!?ちょっと他の女の子の声聞こえたんだけどそれ誰の声?まさか女の子を家に上げてたまま私と電話してたの!?』
さっきよりかなり大きめの声で私の携帯は震えていた。
「あっ、これが綾音さんですか。初めまして!えーと、守屋先輩の高校時代の後輩の倉田って言います!いつも先輩がお世話になってますよ。」
まずい。どうにかしてこれを収めなければ。
『はぁ……これはどうも律義にありがとうございます……』
綾音も相当困惑しているようだ。
「とにかく、頼むからこの話はまた今度にお願いします!もう夜も遅いことですし!」
この場を収める方法は一つしか残されてなかった。
『ねぇちょっと待ってよ!こっちもまだ……』
強制的に電話を終わらせることだ。またかかってくるのは明白だからスマホはいったん機内モードにしておく。何とか終わらせたので一瞬だけ安堵できたが、目の前に一瞬の修羅場の原因がいた。
「先輩、なんで切っちゃうんですかぁ?ボクはまだいっぱい聞きたいことあったんですけど。」
彼女は不満そうに私へ言った。
「それはすまなかった……けれど、こうするしか方法がなかったもんですから……またなんか機会があったらその時に思う存分聞いてください……」
メンタルが崩壊しそうだ。一歩間違えたら破局という雰囲気を感じ取ったので近くしっかり弁明しないとな……と考えていると、彼女は切り替えが早いのかまた話題を転換してきた。
「そういえばさっきこれが洗面所に置いてあったんですけど、先輩もこれ飲んでたんですね。」
そういって彼女はいつも就寝前に飲む入眠改善薬を見せてきた。
「ん?あぁ、大学入ってもやっぱり朝には弱くてな……」
「先輩、朝からの部活ほとんど毎日遅刻してましたもんね。って言っても、ボクも結構遅れてきてるんだけど。だからボクもこれ飲んでるんですよ。」
彼女は軽い感じで笑いながら言った。倉田さんがそこまで遅れてきていた記憶はないから、初めて知ったし意外なことだった。その後もなんやかんや彼女のペースで会話が進み、普段の私ならとっくに寝落ちている時間になっていた。