表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクに溺れて?  作者: 天塚
6/10

身だしなみ

「次は髪の毛ですね!ヘアアイロンかドライヤー持ってますか?」

 そんなものは持っていないと答えた。流石に櫛とブラシは持っているので埃をかぶっていたそれを渡し、彼女に髪のセットまでされるのか……と少し身構えていると、彼女はさっき片づけたタオルを濡らし始めた。

「電子レンジ借りますよー。」

「別にいいけど……何してるんだい?」

 今まで見たことのない行動に首をかしげた。彼女は何かぶつぶつ言っているが、これも今の私に必要なことなのだろうか。

 彼女がレンジで濡れたタオルを温めている間、私はメッセージを返していた。突然、後ろから何か温かい感覚とともに視界が遮られる。すぐにそれを外し、後ろを振り返ると微笑んでいる彼女が立っていた。

「別にそこまでする必要ないじゃないか。タオルを温めて何するの?」

「一回黙っててください!髪直すのに必要なんですよ。」

 返してもらっていない眼鏡のことはいったん後にして、今は彼女に身を任せよう。少し熱いタオルで髪をわしゃわしゃと湿らせる。曰く水でやるよりも髪を直しやすいそうだ。私の周りを射たり来たりしながら全体をとかし、整えていく。私は目線の置き場所もないのでじっと目を閉じて待っていた。

「終わりました!目開けてください!」

 その声に遠くへ行きかけていた意識が呼び戻された。目を開けてもたいして何か変わった感覚はない。

「あ、そのままじゃわからないですよね。洗面台行きましょうか。」

 彼女に言われるがまま洗面台へ行き鏡を見る。

「やっぱカッコいいですね……。」

 恍惚とした様子で彼女は言った。私は思わず目を見開いた。一日中眼鏡をかけているからほとんど素顔を見ていないし、私自身にとっても新鮮なものであったからだ。完璧にと言わないまでも、いつもと少し変わっている髪型もその新鮮さを加速させた。いろいろととやかく言われてなんだか照れくさい。

「じゃあ最後に服ですよ!タオル用意している間に選んでおいたのでこれ着てください。」

 そういわれて服を渡された。私の手元にはカーキ色のチノパン、白と黒のボーダーシャツに緑のカーディガンと半分くらいかつての英軍チックな服のチョイスだ。よくこんな服持ってたな、と思った。こういう組み合わせとかいうのは滅多に考えない。

「着替えてくるからさっきの机に座って待ってて。冷蔵庫に麦茶あるからそれ飲んでていいよ。コップはその辺にあると思う。」

 そう言って洗面所のドアを閉めて着替え始めた。途中で冷蔵庫を開ける音がしたからお茶でも飲みながら待ってくれているのだろう。成り行きで女の子を家に上げてしまったのは最悪よしとしても、部屋の片づけに髪の毛のセット、服のコーデなんてさせて非常に申し訳ない。早く済ませて帰ってもらおう。帰りは自分が送ればいいと思うから。そんなことを考えているうちに着替えが終わったので、ドアを開けて部屋に入った。

「流石先輩ですよ!ちゃんと身だしなみ整えたら映えるんですから。」

 見て数秒の沈黙の後、抱き着いてきた彼女は言った。

「いやいやそんなことないって。第一清潔感はまだしも多少着飾ったところでそんなに変わらないよ。」

 これは謙遜でない。そんなことより、さっきから距離感がずっと近すぎる。まさか抱き着いてくるとまでは思わなかった。

「いいですか?加工すれば何十カラットになるダイヤモンドも磨かなければほどんど価値は持ちませんし、逆に河原の石でもしっかり磨いてあげればちゃんと美しくなるんですよ!先輩ももっと自信持ってください。」

 ――なんだろう。自分がまるで河原の石のような存在だといわれている気がした。少し表情が曇ってしまったのを認識したのか、彼女は上目遣いでこう付け加えた。

「先輩は河原の石なんかじゃないです。喩えるなら……そう、ラピスラズリとかアイオライトとか……ともかく、美しい宝石の原石がしっかり加工されたら最強じゃないですか?最後まで走るのをやめなかったウサギみたいなものですよ。」

 ラピスラズリやアイオライトは確か青色系の宝石だったはずだ。なんでそれを挙げてきたのかよくわからないが、結構マイナーで面白い選択だしなおかつ喩えも分かりやすいな……と抱き着かれながら少し感心した。

「先輩って青色が好きでしたよね。あっそうだ、先輩写真撮りましょ!こっち向いてください!」

「えっ、ちょっとま……」

 彼女はいつのまにやらスマホを取り出し、ツーショットをせがんできた。写真は苦手どころか大嫌いなので拒もうとしたが彼女はそれを許さない。

 しばらく言葉で制止しようしたり顔をそらしたりと抵抗してみたが、結局数回のシャッター音が部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ