お家デート?
私の手を引いている倉田さんの足取りはまっすぐ私の家を向いている。彼女に自分の家を教えたつもりはないのだが。
「ちょっとやめてくれ……今日は片づけてもないし困るんだけど。君もあんまり遅いと大変なんじゃないか?」
彼女に引っ張られながら言った。ストレートに「来るな」と言えないのもまた私を悩ませる。
「明日は休みだしいいんです!ほら、さっさと行きましょうよ。守屋先輩なら女の子とお家デートなんてめったにないでしょ!」
私は流石に綾音にも言い訳できない、浮気はまずいと、繰り返し説明しようとしたがそんな私に彼女は目もくれず、結局そのまま彼女についていくことしかできなかった。
「着きましたよ。じゃあ鍵開けてください!」
言われなくても見ればわかる。何回か帰ってもらうよう促したが、結果的に家に連れてきてしまった。もう入れるしかないと諦めて鍵を開けた。扉を開き、電気をつけて視界が開けた途端、彼女は言った。
「うーん。結構散らかってますね。先輩の身体よりもまずはこれをどうにかしましょう。」
確かに最近片付けてなかった私の部屋には脱ぎ捨てた寝間着やらまだたたんでない洗濯物、もう用済みの紙に数多の本、さらにペットボトルや容器の包装とかなり散らかっている。そもそも私は友人どころか綾音も家に呼んだことがないから、そういう面で片づけなくてもいい……と思っていた。しかしその状況は今日で一変した。急に押しかけてきた彼女はテキパキと洗濯物を畳み、床に落ちているゴミも丁寧に分別している。
「あのー……片づけてもらうのはありがたいんですけど……なんというかその、別に君がそこまでやることじゃないですよね……?」
正直片づけてもらえるのはありがたい。が、突然押しかけて私の部屋を掃除する彼女も、後輩に猫なで声で帰るよう頼みこむ自分もどうかしていると思った。
「いいから、さっさと片づけますよー。ほら、先輩も手伝ってくださいよー。ボクは先輩の部屋の掃除をしに来たわけじゃないんですからね?」
「仕方ないな……。ゴミはコンロの向かいにゴミ箱があるからそこに捨ててくれ。あと書類も落ちてると思うからそういうのは机の上に置いてて。あと本は重ねて端のほうによせてもららえると助かる。」
「了解です!じゃあさっさと片づけちゃいましょう!」
彼女の手腕は見事なもので、私一人でやってたらなんやかんや一日は潰れるであろうこの惨状をものの三十分程度で片づけてしまった。
「ふー。こんなもんですかね。では次に……先輩、クローゼットとタンス漁らせてもらいますね。とりあえず私が選んでみます!」
悪くないといわれた私服は実をいうと綾音に選んでもらったものとだとは口が裂けても言えない。だが流石にタンスまで漁られてはプライバシーの欠片もない。少し前からどこかで止めなければならないと考えていたので、このタイミングで歯止めをかけようとした。
「いや、流石にタンスの中まで見られるのはきついし客にそこまでさせるのも嫌だからそこのちゃぶ台で待ってて。服は俺が持ってくるから。」
「しょうがないですね。」
何とかここで止められた。不服そうな彼女は座布団に座って部屋を見回している。彼女に言われた通りタンスからシャツとズボン、クローゼットからカーディガンやパーカーをそれぞれ何着か取り出し、彼女が座っているちゃぶ台にポンと置いた。
「ほら、とってきたよ。どうぞ好きに選ぶといいさ。」
私は帰れと催促しようと少しぶっきらぼうに言った。彼女は私の声を気にしておらず、『んー。』と言いながらいろいろ並べられた服をじっと見つめている。すると不意に立ち上がり、私の額に手を伸ばした。別に意中の相手でもないのにドキッとする。額に伸びてきた彼女の手は私の眼鏡を奪った。彼女は私の眼鏡を畳むとにこっと微笑み、そしておぼろげな私の視界からも分かるほど顔色は明るくなった。
「やっぱ先輩はこうじゃないと……。ふふっ、今の守屋先輩、とっても格好いいですよ。」
彼女はやや上機嫌な声でうっとりしながら言った。どういう反応をすればいいのかわからないので苦笑するしかなかったが、今の私の容姿はずいぶん彼女好みであるらしい。