過去の記録
――――思わず日記を閉じ、それを後ろへ放り投げた。
「何やってんだよ過去の俺!!詳細なのはいいけどあまりにも恥ずかしすぎるだろ!!!穴があったら入りたくなるわ!」
誰もいない部屋で叫んでしまった。そういう恋愛小説なんかあまり読んでなかったから、余計恥ずかしさは倍増する。
一度深呼吸してから、放り投げたノートを手に取り、また恐る恐るページを開く。一日当たり0.5ページほどの日記なのに、その日のことだけ見開き2ページ分、ぎっしりとその日のことが書かれていた。
……言えた。その事実によって肩の力は抜け、心拍もやや遅くなる。そのまま顔を上げ、先程より引きつった彼女の笑みを見つめる。耐えきれなくなったのか、ふっとうつむいた彼女は言った。
「……それだけですか?」
「うん。これだけ言いたかった。」
彼女はうつむいたままだ。私はそのまま彼女を見つめる。まだ重苦しい時間が流れている。
「返事は……いつがいいですか?」
「いや……別にいつでも構わないけど。」
両者ともに歯切れが悪い。
「そうですか……じゃあ私のタイミングでお返事しますね!」
取り繕ったような笑顔が私の胸を刺す。
「本当に、突然でごめんね。」
今思えばここで謝る必要などなかった。私が彼女に告白した。ただそれだけのことなのに謝る必要がどこにあろうか?時間を煩わせたから?そもそも彼女は私が嫌いだと思ったから?自分はもう少し自信を持つべきだ。
「いや、いいんですよ。それで終わりだったら帰りますね。さようなら~!」
待って、とどこかしらの小説なら言っていただろうが、この時の情けない自分にそんな発想はなかった。代わりに出た「じゃあな。」が震えていたのはその時の自分でも自覚できた。
以上が今日の少し詳細な流れだ。将来的に見ても、私の人生の中で最も勇気を出した一日となるのは間違いない。今日10月9日は一生忘れることのない日となるだろう。
やっぱり照れくさい。だが”一生忘れることのない日”はもうすでにかすれてかろうじて判別できる程度までに薄まっている。その手でまたページをめくる。
『今日は私の誕生日というおめでたい日であるのにもかかわらず、授業も、休み時間も、通学中も一切の物事が上の空であった。学校で祝ってくれる人がいないのは想像に難くないが、自分で祝うことすらできないほど彼女のことを気にしているのは惚気というものだろうか?何せ初めての体験と感情だから理解の及ばないことも多い。彼女からの返事を待つばかりである。』
『悪夢のせいでいつもより二時間早く目が覚めた。お陰で余裕をもって学校に行けたのでその点ではいいのかもしれないが、不完全な眠りというのも気持ち悪い。悪夢を見た、ところまでは覚えているけれど肝心な中身は全く不明。それを知るためにはもう一度悪夢に侵されるしかないというジレンマを抱えることになる。集中力が落ちているからか、今日の英単語のテストは久しぶりに赤点を取ってしまった。たいてい満点だったから何かあったのかと問われたが、何とかかわすことには成功した。あまり彼女のことを考えすぎないほうがいいのも明らかだし、日常に支障をきたしてしまうのならさっさと忘れなければならない。返事はまだなのか?』
この辺りは完全に記憶から抜け落ちている。そんな日常に支障をきたすほどの悪夢の記憶なんてない。やはり彼女が何かしらの影響を及ぼしたのだろうか。深まる疑問を胸に再びページをめくる手を進めていく。
『ここ数日、私は文字通りの夢追い人と化している。暗く、湿気の多い部屋の中で誰かにいたぶられている。誰か……私を傷つける一人の少女。記憶は鮮明でない。何かを語りかけられてもその意味をとらえることはできない。動きたくても体は言うことを聞かない。意識のみが存在する中で、もがき、苦しむのだろうか?早く収まってくれ。睡眠まで苦行にされたら、私は何で体を休めればよい?』
――なんだか恐ろしい。そんな悪夢に悩まされていたはずなのに、今の私の記憶から完璧に抜け落ちていることも気がかりだ。別にそのあと彼女から振られたことは覚えているわけだし、今日はもう寝よう。続きはまた今度読めばいい。時計の針はちょうど頂上を超えた頃で、寝るのにちょうどいい時間になっていた。就寝前に飲む粉末の入眠改善薬を流し込み、私はそのままストンと眠りに落ちた。