骸骨は不機嫌で、人助けは人違い
「これにて一件落着である」
手早く縄で化け猫を縛ると、犬神氏は芝居がかって言った。
「取り敢えずこいつを隠そう」
僕は犬神氏と協力して、オレンジの化け猫をテーブルの下に運んだ。いくらファンタジア学園とはいえ、モンスターみたいなやつが学生食堂にいるのはまずい。
「鉄子さんは?」
鉄子も床に伸びていた。丈夫な彼女のこと、心配はないと思うが、それより周りの生徒たちをなんとかしないと。このままではキャパシティオーバーだ。場所の秩序が崩壊してしまう。
すると、僕が頼むより先に、鉄子軍団の子たちが、率先してみんなを安全な場所に誘導してくれた。
「オラオラ!見せもんじゃねーぞ!」
「何見てんだァ!」
蜘蛛の子を散らすように、退散していく野次馬たち。優秀なイベントスタッフがいて助かった。これで始末書を提出せずともよいだろう。
あとはネズミ君か。意識はあるようだが、青い顔でウーウー唸っている。
「勇者さん、化け猫は僕と妙子さんで見張っています。ネズミさんを早く保健室へ」
「う、うん。ありがとう」
犬神氏が仕事を引き受けてくれたので、僕はネズミ君を保健室に連れて行くことに。
って、なんで妙子まで見張り役に指名するのだ?このナンパ野郎め、ちゃっかりしてやがる。
でも、ネズミ君は僕より背が高い。ヒョロッとしてるけど、それなりに体重もあるし。
「誰か、運ぶの手伝ってくれる?妙子さ…」
「あ、私行くよ」
と、申し出てくれたのは、骸古継美さんだった。
「あ、ありがとう…」
ありがとう。君なら背も高いし、妙子よりも力持ち。見かけはガリガリだが、なんて親切に余計なことを!
「さ、勇者さん、早く。ここは僕にお任せを」
やかましいわい、このダヴィデ野郎。結局、僕と骸骨とで、いや、骸古さんとでネズミ君を運ぶことになった。鉄子は軍団の子たちに任せておこう。
二人で両方からネズミ君を支えながら、超特急で保健室を目指す。道中、骸古さんとは一言も口を聞かなかった。あ、断じて言っておくがそういうことではないぞ。僕はあのダヴィデ野郎みたいに人を見かけで判断するような、いやらしい男ではない。単に僕とこの骸骨、いや骸古さんとの間に共通の話題がなくて、僕に多大なる人見知りの傾向があるというだけだからな。名前を間違えるのは慣れてなくてややこしいからだぞ。見た目のイメージに流されているわけではないぞ?
なんてことを考えながら来たが、保健室の前まで来る頃には、少し気持ちが落ち着いてきた。すると心の中に、モヤッとしたものが現れてきた。う゛〜、良心のチクチクか。
骸古さんだって、僕らのパーティメンバーでもないのに、肉体労働を率先して引き受けてくれたんだもんな。感謝こそすれ、怨むのは筋違いだ。骸骨、骸骨って、自分だって変な名前のくせして何様のつもりだよ一体。そうだそうだ。まだお昼だって食べていないだろうに。
「骸古さん、ありがとうございます」
ダメ勇者のまま保健室の扉をくぐるわけにはいかない。勇者たるもの、どんなときでも紳士であらねばならないのだ。
「え?」
骸古さんは、ん、何?ってな表情。
「いえ、助けていただいて」
「ああ…」
「お昼もまだだったでしょ?」
「ウチらもう食ってるよ?それより早くドア開けない?」
「…はい」
僕の考え過ぎだったか。
「お邪魔します」
幸い他に生徒はいなかったので、すぐに治療を受けることができた。
ネズミ君を診察したデュナン杏里先生は、首を傾げてしまったが。
「ん〜、このやつれようはエナジードレインを受けたときに似てるわね。そういうモンスターはダンジョンには召喚されていないはずなんだけどなぁ」
エナジードレインとは、一部のモンスターが持つ特殊能力である。主に吸血鬼系が使う技で、相手の精気を吸い取って弱くしてしまうという技だ。高度な使い手ともなれば、オリンピックレベルのレスリング選手を、県大会レベルに落としてしまうことも可能だという。ちょっと良くわからない例えだが、鉄子に耳たぶを吸われれば、そういうこともあるのだろう。
「単なる5月病かもしれないけどね。回復魔法はかけてあげるから、後はよく食べてよく寝ることね。若いから回復は早いわよ」
悪戯っぽく微笑んで、杏里先生は呪文を唱えた。キラキラとした淡い光が、ネズミ君と骸古さんの二人を優しく包み込んだ。先生、そっちの人は健康なんです、ということは言わないでおく。
「だぁ〜、ひでぇ目にあった」
食堂に戻り、菓子パンと紙パックのジュースを与えると、ネズミ君はすぐに元気を取り戻した。骸古さんは若干不機嫌に見えた。まるで献血に行って、できた人と断られた人みたいである。
僕もパンを食べて、ようやくお昼である。
化け猫はまだテーブルの下で伸びていた。額にお札を貼られている。今度は正真正銘のお札だ。
「鉄子さんの具合はどう?」
「よく眠っているようです。もうしばらくすれば回復するでしょう」
「悪いね。君も予定があっただろうに」
本心を言うと、早く追っ払いたいけれど。
「いえいえ、お構いなく。僕はそもそも特定のパーティを組んでいませんので。所謂一つのノンプレイヤーキャラクターと言いますか、普段は一人でいて、お呼びがかかったときに他のパーティを助ける役割を担いたいと思っているのです」
「そうなんだ」
「人助けは実家の家訓なのですよ。実は我が犬神家は先祖代々を遡れば、あの犬神御田助にまで行き当たります。勇者さんも歴史の教科書でご存知でしょう。御田助が遣隋使や遣唐使として時の天皇を助けたように、犬神家の人間は人助けを旨として生きてまいりました。それで僕も佑と名付けられたのです」
そうか。そうだったのか。でも、もう一度よく教科書を見直してごらん。人違いだから。それは犬上御田鍬という人だ。君の先祖はきっと、飛鳥時代にはギリシャかイタリアでナンパに精を出していたと思うよ。
そうこうしているうちに、鉄子が目を覚ました。
「ん、あ、あ〜、あれ?あたし何してたんだっけ」
「鉄子さん、大丈夫?」
ん〜っと、鉄子は伸びをした。
「なんか、ぐっすり寝てたみたい。あら、かわいいワンちゃん」
鉄子が手を出すと、ケルベロスはピンクの舌でペロペロと舐めた。