大怪獣は酔い、美女たちは遊ぶ
「なんか、外が騒がしいと思って、目が覚めて。そしたら鉄子が血相変えて飛び込んできて」
おかっぱ頭の少女は、まるで悪い夢を思い出すかのように話した。
「いきなり悲鳴を上げて、テントを引きちぎって」
暴れた。というわけである。
「ジャイアント汎田先生と酔虎伝兵衛先生は、遅くまで飲んでいたみたいです」
デブでブスな(本人談)、金髪マスクの女の子が後を引き継いだ。
「あの人たちにとっちゃ、二時三時なんて、まだ宵の口ですから」
「それが、鉄子さんが聞いたっていう、天狗の高笑いの正体だね」
鉄子軍団の子たちから聞いた話を元に綜合すると、さっきのようになる。少々僕の想像が混ざっているが、大体あの通りだろう。
「狐火っていうのは」
「鉄子の悲鳴を聞きつけた酔虎先生が、松明を持って見にいったそうです」
あの先生、24時間千鳥足だからな。
「山男ってのは」
「ジャイアント先生ですね」
だろうね。
トイレのゴーストと見間違えたということは、おかっぱ頭の彼女には言わないでおこう。
被害が大きくなった原因は、ジャイアント先生がしこたま酒を飲んでいたこと。
何かを勘違いした汎田先生は、一撃で酔虎先生をのしてしまい、その後は怪獣映画のようになった。だからしょんぼりしていたのか。
「アマゾネス先生も、汎田先生を抑えるのに精一杯で。あ、アマゾネス先生っていうのは、天園音須代先生のことですけど」
うん、わかる。ウチのマタドール先生も、本名は又徹というのだよ。
にしても、大怪獣パンダ対アマゾネスか。
そしてその間に、もう一匹の怪獣がキャンプサイトを破壊し尽くしたと。
錯乱した鉄子を止めるのに、戦士科と武闘家科の生徒総動員で、朝までかかったということであった。
鉄子が聞いたという、山男がクラスメイトを食べる音は、彼女が破壊したテントのポールが折れる音である。
だが、大立ち回りを演じた彼女のせいで、他に何本もの骨が折れたようだ。
お陰でキャンプサイトはボロボロ。台風が通過した後のような惨状となり、比較的無傷な生徒たちで復旧にかかったが、それは先程まで続いたという。
ご苦労なことである。今日の野営は中止となったが、明日のネズミ君たちは普通に行くことができる。
「じゃあ、あたしたちも保健室に行きますから、鉄子をよろしくお願いします」
「う、うん。色々とありがとう。迷惑かけたね」
トボトボと、その場を後にする鉄子軍団の女の子たち。騒ついていたロビーも、正常に戻ってきた。
さてと。どうするかだな。
鉄子は相変わらず、大嫌いなお風呂に無理矢理入れられた仔犬のように、放心状態で酒のにおいをプンプンさせながら丸くなっていた。
「体は無傷のようですね。精神的に落ち着けば大丈夫かと。保健室の先生であれば、そういう魔法も使えるみたいですよ」
僧侶の寛木なごみさんが診断してくれた。
「そうなんだ。君にも悪かったね。今日の予定だったのに」
「お構いなさらないでください」
と、寛木さんは柔らかに微笑んだ。笑うと目が線になる。
なんか癒されるね、この子。
「とりあえず、保健室に連れて行くよ。えーっと」
しょうがないな。あまり手は借りたくはないが。
「ごめん、闇野さん。鉄子さんを負ぶるの、手伝ってくれる?」
闇野さんと、それから寛木さんにも手を貸してもらって、僕は自分よりも身長の高い鉄子を負んぶした。やれやれ。前にもあったな、こういうこと。
「やっぱり、私も一緒に行った方が良くない?」
闇野さんから、ありがたくはないオファーが届いた。
「え!?あ、いや、大丈夫だよ」
「そう?私、少し代わるよ?」
「だ、大丈夫!いつものことだから」
背中に女性がくっついているからか、それとも美女二人に挟まれているせいか。僕は顔が熱くなるのを感じて、ソッポを向いた。
自らを魔王の末裔と語る少女である。闇野さんには人格的危険性がある。でも、かわいいことはかわいい。
「駄目よ、あかり。無学さんが困ってらしてよ」
「困ってないよ。変なこと言わないでよ」
「うふふ。でも、何だったら、私が付いてっちゃおうかしらね」
く、寛木さんまで、何を言うか???
「ちょっと、なごみ!」
「だって、かわいいじゃない?」
さ、三角関係勃発!?頂点の一つは、僕!??な、なんだ、この経験したことのないシチュエーションは!?これも破壊の女神に乗っかられているせいか?
「無学君。なごみなんか放っといて、早く保健室に行こうよ」
袖に柔らかい感触が。
勘違いされないように言っておくが、決してそういうことではない。女の子に袖を引かれた感触は、強さの中にも独特の柔らかさがある、ということである。
それも、両袖に。いや、こっちは本物の柔らかさかな?ちょっとくっつき過ぎじゃない!?
「なごみ、今日忙しいんじゃないの?」
「私は予定がなくなって暇になったのよ。あかりこそ、何かあるんじゃなかった?」
「何もないわよ」
「そうかしら?先輩が何か言ってなかったかしら。確か、そうそう。今日は魔空艇に乗せてもらって、空を飛ぶ日じゃなくって?」
「そうだよ。でも、なごみが野営実習だから、私たちはまた次の機会にってことだったでしょ」
「でも、中止になったってことは」
「あ、そっか」
フッと、両袖が急に軽くなった。
「無学君、ごめん。私たち急用思い出した。また明日、教室でね?」
え!??
「うふふ。ごめんあそばせ」
闇野さんたちは、風のようにその場を去っていった。
なんなんだ…。
闇野さんは、三年生の先輩のパーティに入れてもらっている。だからとっくの昔に異世界に行って、魔王退治も経験済みだ。
そうか。魔空艇か。空を飛ぶんだ…。
きっと異世界の空を、バビューンと。
進んでるなあ、あの子たち。
美女の暇つぶし。そういった言葉が、僕の脳裏に浮かんだ。
ふう。
なんか急に心が楽になった。そう思うと、ズシッと重みが感じられてきた。
そうだった。三角形の頂点にいるのは、彼女だった。
「ゆ、勇者さぁ〜ん…」
蚊の鳴くような細い声。
「な、何?」
「あたし、取り憑かれたのかな…?」
どちらかというと、僕だと思う。