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恐怖は蘇り、悲鳴は闇を切り裂く

 うわ、酒くっせぇ〜。

 中に入っていたお酒は空だった。一晩で飲んでしまったのだろうか。

 僕が鼻をしかめると、ヒョイと、酒樽の中の人が、顔を上げた。

「ゆ、勇者、さん!?」

 鉄子だった。

 まるで生まれて3秒で、この世で最も恐ろしいものを見てしまった仔犬のような、全身恐怖に漬け込まれたような、怯えた顔。

「て、鉄子、さん…?」

 僕の表情から何かを読み取ったのだろう。鉄子はブンブンと首を左右に振った。

「あたし、飲んでないよ!?」

 暗闇の中で救いを懇願するような声。長い両手が伸びてきて、ガシッと腕を掴まれた。

「あたし、悪さはしても、悪いことはしてないよ!?」

 わ!な、な、な、何だ!?気が動転してる!?

「ホントよ!?信じて、勇者さん!?」

「わ、わかった!わかったから!とりあえず、は、離して!」

 なんか、前にも同じこと言われたな。僕には意味不明な文言だが。

「それより、どうしたの!?なんで鉄子さんが酒樽に入っているの!?」

 本人に聞いても無駄だと思い、僕はおかっぱ頭の子の方を見た。彼女は、はああ、と深いため息をついた。

「アンタ、破壊鉄子のパーティの勇者かい?」

 声を返してきたのは、体格のいい、キラキラガウンの太腿。ヒト科フトモモ属の女性だ。あ、いや、戦士科担任の、天園音須代あまぞのねすよ先生だった。顔が疲れているように見えるけど、気のせいじゃないよな?

「そ、そうですけど」

 そうですけど、保護者じゃありませんよ。断じて。

「じゃあ、後はアンタに任せたわ」

 先生はそう言うと、ゴロンと酒樽を倒した。コロコロと、鉄子が転がり出る。

「戦士科一年生一同!並びに武闘家科一年生一同!本年度の野営実習は、これにて終了とする。以上!」

 激しい口調で宣言した。生徒たちは皆一様にげっそりした表情で、誰も先生の言葉に反応する者はいなかった。

「あ、あの」

 僕は、どこかに行こうとする天園先生を呼び止めた。以上、ってわけにも、僕としてはいかないわけで。

「何だい」

 こちとら疲れてんだから早く寝かせろよ、みたいに睨まれる。

「何があったんでしょう?」

 恐る恐る聞くと、先生は果てしなく大きなため息をついた。

「そいつらに聞きな」

 そう言い捨てて、人混みの中に消えていった。痛そうに頭を抑えながら。

 仕方なく、僕はおかっぱ頭の子に聞くことにした。その子も頭を抑えて、さも大儀そうに話してくれた。それによると、事の顛末はこういうことだった。

 荒っぽい生徒の多い戦士科と武闘家科の合同演習であったが、夜までは特にいざこざもなく、平穏無事に過ぎていった。

 これは天園先生をはじめ、ジャイアント汎田先生に酔虎伝兵衛すいこでんべえ先生という、武闘派の先生たちの管理が良く行き届いているということもあるが、生徒の方もスケバンが睨みを利かせているという実情があった。それが誰であるかは、言うまでもない。

 事件が起こったのは夜である。それも深夜。いわゆる丑三つ時の時間帯だった。一人の生徒に秘密任務が降りたのである。

 要するに、アレだ。僕も経験したやつだ。単なる生理現象である。

 僕は自然に失敬してしまって、そこを闇野さんに捕獲されたのだが、その生徒はちゃんと簡易トイレを使った。それが女子生徒だったということもある。

 だが彼女は、以前暗闇の女子トイレにて、大変に身の毛もよだつ体験をして、心に深い傷を負っていた。

 だから、また恐怖体験に見舞われやしないかと、いつも以上に神経過敏になっていた。

 ましてや、そこは富士の樹海である。宿営地を一歩外れれば、成仏出来ない浮遊霊たちが襲ってくるという、魔界の地である。

 ただでさえオバケが苦手な彼女は、朝まで我慢しようかと思った。だが、既にダムは決壊寸前を迎えていた。

 意を決して、トイレに向かう。

 何でもない。何でもない。ここはダンジョンの中ではない。学園が管理している、宿営地なのだ。幽霊もここまでは入ってこれないはず。

 一応、女性のプライバシーに関わることなので、詳しい描写は省かせていただく。が、彼女は無事、任務をこなした。

 下腹の違和感がなくなり、ホッと一息つく。

 良かった。何でもなかったじゃないか。

 だが、僕のときもそうだったけど、家に帰るまでが任務である。

 このときはまだ、彼女は狭い簡易トイレの中にいたのだ!

 そのとき、どこからともなく、天を突くような高笑いが聞こえてきたのであった。

 な、何!?

 幼い頃に、田舎のおばあちゃんから聞いた話が蘇る。

 山で突然、高笑いが聞こえたら、それは天狗の仕業なのだと。

 さっきまでの安堵感はどこへやら。慌ててスカートのベルトを締めた。

 急いで出ようとしたが、何故か鍵が開かない!

 どうしよう!?何で!?!

 震える指先でガチャガチャやっていると、彼女は首筋に生暖かいものを感じた。

 この空気、どこかで…!

 上からすーっと、目の前に下りてきたのは、まだ生々しい記憶。

 赤い吊りスカートに、おかっぱ頭。小学校三年生ぐらいの女の子。

 それがニターッと笑うと、恐怖の叫びが暗黒の樹海を引き裂いた。

「きゃああああーーーーー!!!」

 …そうか。あのトイレのゴースト、ダンジョンに縛り付けられているわけじゃないんだ。て、ことは、あれは異世界から召喚されたモンスターじゃなくて、本物の。

 話を悲しい少女に戻そう。何をどうやったのかはわからない。気付いたときには、彼女はトイレの外に転がっていた。

 そこで彼女が見たものは…。

 ゆらゆらと近付いてくる、炎。あっちに行ったり、こっちに行ったり、物理的にありえない動きで、だが、確実に彼女の元へとやってくる。

 狐火だ!

 幼い頃に、田舎のおばあちゃんに怖がらせられた、悲しい思い出が蘇ってくる。

 山では狐火が出て、人を惑わせる。フラフラと付いていくと、永久に同じところをグルグルと彷徨わされる羽目になるのだ!

 逃げなきゃ、逃げなきゃ!!

 んもーっ!どうしてあたしばっかりこんな目にあうのよぉ〜!勇者さぁーっん!!

 そのとき、ドンッと何かにぶつかった。

 見上げると、遥か頭上に、毛むくじゃらの男の顔が。

 や、山男!!

「きゃああああーーーーーっ!!!(二回目)」

 彼女は走った。つい先程まで、平和に惰眠を貪っていた、テントへ向けて走った。そこに行けば、仲間がいる。

 途中、何かを踏み、何かを蹴飛ばした。人の悲鳴のようなものが聞こえたが、躊躇していては、山男に捕まってしまう。

 何かが体にまとわりついた。布のシートのようなもの。彼女はそれを強引に引き裂いて、一目散に走った。

 何かが折れる音がする。バリバリ、バキッ、バキッ。間違いない。今度は人の悲鳴が聞こえた。山男がクラスメイトを喰っている!!

 彼女は必死の形相で仲間のテントに駆け込んだ。

「きゃああああーーーーーっ!!!(三回目)」

 そこにいたのは、さっきのトイレのゴーストであった。


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