舌は多くて、拉麺は早く食べろ
パーティと別れて、自分の部屋に帰る。久し振りに会った仲間もいいけど、やっぱり一人の部屋は落ち着く。
出来ることなら、このままずっとここに引きこもって暮らしたいと思うけど、そういうわけにもいかない。
まだ入学したばかりで気が早いが、いずれは卒業するときがくる。
どうしてだろう。どうしていつまでも引きこもっていてはいけないのだろう。
社会のマジョリティが、それを好まない。
それだけの理由。それだけの理由で、僕らはエデンの園から追放される。知恵の実も食べさせてもらえないっていうのに。
無垢なまま、僕らは社会に放り出される。そして、明るい太陽の下、死んだ魚のような笑顔を見せる同級生たちが、とっくの昔に無垢ではなかったことに気づく。
慌てて生温い神の園に帰ろうとするが、そのときには既に門は閉ざされているのだ。
明日は鉄子が帰ってくる。その日は全員揃うけど、次の日からはネズミ君と妙子が野営実習。ダンジョンの探索を再開するのは、来週からということにしてある。
潜らなきゃならない。神の園に居住を許されるうちに、潜らなきゃならない。彼らがいてくれるうちに、少しでも、深く。
その前に、さっきの話を少し整理してみよう。利害関係者が色々と多い。
まずは登場人物だ。
①学園
②玉音の父親(玉ねぎ親父)
③丸楠炎幻郎(マルクス寺院)
④生徒
⑤寺院に協力的なモンスター
といったところか。
次に目的別に考える。
①異世界を救うため
②異世界の富、異世界関連の利権
③学園への復讐
④死者の蘇生
⑤不明
ということになる。
目的の①と③に関しては、まだ不明な点もある。そもそも、何で丸楠は蘇生の術を行なっているのだろう。学園に復讐したいというのなら、むしろ逆ではないのか。
一方、学園にしたって、単純に正義のためにやっているわけではないのかもしれない。
医者だって、命を救うという崇高な目的の他に、高額報酬が得られるという動機で選ぶ人もいるだろう。そこをスパッと切り分けるなんてことは出来ないし、むしろ偽善めいている。
実際、学園が異世界関連の利権を独占しているというのは、事実だ。それで営利を得ているかどうかはわからないが、学園は厳格に管理をして、異世界の富やアイテムを、外に出さないようにしているのだ。
今、丸楠の目的を学園への復讐としたけれど、そうではないのかもしれない。目的は別にあるのかもしれない。玉ねぎ親父が彼と通じているということが、推理をややこしくする。
単に復讐のためだったら、禁断の蘇生術を行えるほどの僧侶である。誰かの手を借りる必要はあったのだろうか?
仮にあったのだとしよう。いや、協力関係にあるとすれば、あったと考えて間違いない。一人では復讐を果たせなかった丸楠が、現役時代に同じパーティを組んでいた玉ねぎ親父に協力を仰いだ。
ただ、玉ねぎ親父の目的は、学園に対する復讐ではない。聞くところの人物像から想像するに、学園が持つ、何らかの権益が欲しいのだろう。そうすると、表向きは丸楠に協力すると見せかけて、実は別の目的で動いているわけだ。
学園に対しても、資金援助という名目で近付いて、乗っ取るタイミングを見計らっているのかもしれない。
ふうむ。丸楠に対しても学園に対しても、二枚舌を使っているわけか。静岡商人なんてあまり聞かないけど、なかなかしたたかである。
いや、玉ねぎ親父は学園を乗っ取りたい。丸楠は学園に復讐したい。となれば、二人の目的は違えど、学園は共通の敵として存在する。
いや待て。どこまでが事実かわからない。早合点は禁物である。玉ねぎ親父と丸楠は完全な協力関係にあるのかもしれない。
あるいは、全く関係ないのかも。第一、どうやって二人はコンタクトを取ったのだ?二人が通じているというのは、ネズミ君のお父さんの色眼鏡かもしれないじゃないか。玉ねぎ親父のことを悪く思っているせいで、勝手に結びつけてしまっただけなのかも。
また、学園がザビエルの聖遺物を異世界から持ってきたという可能性だって否定できない。
ただでさえ話がややこしいのに、ここに④と⑤の要素が加わる。
丸楠が蘇生術を行う理由は何だろう?玉ねぎ親父から頼まれたとか?自分の息子が心配だから?
でも、初めに蘇生術を持ち込もうとしたのは現役時代だという。だとしたら、何らかの目的があった。僧侶としての夢?挑戦?純粋に己の技量を深めたかったとか?
だとしたら、丸楠は聖者のような存在ではないか?
生徒にとって、マルクス寺院の会員になるメリットは、現在わかっているだけで二つある。
蘇生術と、協力的なモンスターと戦わなくていいことだ。
デメリットは、おそらく上納金のようなものがあるだろうということ。そして、マルクス寺院が学園非公式のものだということ。
もし学園にバレたら、どうなるのだろう?除籍かなんかになるのだろうか?ネズミ君の先輩たちも、一様に口をつぐんだようだし。
あとは、⑤のモンスターか。
マルクス寺院に協力すれば、宝箱を差し出す代わりに不要な戦闘は避けることができる。
でも、その確率はいかほどなのだろう?マルクス寺院は地下六階にある。そこまで到達したパーティだったら、既に十分な力を備えているはずだ。そこで会員になったとして、改めてモンスター長屋なんかに寄ることはないと思うが。
ふう、ややこしいな。そもそもモンスターが何を考えているかなんて、わからないよ。
おや、待てよ?そういえばネズミ君は、玉ねぎ親父が経営に関わり出してから、モンスターの福利厚生が良くなった、みたいなことを言ってなかったか。
ううむ。ここにも裏がある。玉ねぎ親父は、モンスターに対しても何らかの働きかけをしているのだろうか?その場合、どんな甘い蜜が与えられたのだろう?
モンスターに対して、野生動物のような素朴な視点を当てはめるとすれば、彼らが元々居住していた異世界に帰れるということだろうか。
だが、彼らの思考なんてわからないのだ。実は深いところで陰謀を張り巡らせているのかもしれない。例えば、現実世界に進出したいとか。人間を蹴散らしてモンスターの世界を作るとか。
いずれにせよ、玉ねぎ親父が絡んでいるとすれば、ここでも二枚舌を使っているのだろう。
ムムム。第一次世界大戦中のイギリスも真っ青な三枚舌外交である。いや、2×3で六枚舌だ。今地獄に落ちたら、閻魔様が6人必要になる。
いや、待て待て。これはあくまで僕の想像に過ぎない。実際はもっとスッキリしたものなのかもしれない。憶測を逞しくしたって、陰謀論を太らせるだけだ。
単純に考えよう。もし仮に、全てがマルクス寺院側に都合のいい状態となったとする。
その場合、丸楠、玉ねぎ親父、モンスター、それと生徒たちが、一つのグループとして括られる。
それぞれに目的があり、思惑は違えど、②③④⑤が一緒になり、①だけが敵という構図が出来る。
もしかして、これか?玉ねぎ親父が狙っているのは。
しかし、いくらなんでも現実味があるとは思えない。丸楠だって独自の思惑があるかもしれないし、モンスターだって一枚岩ではない。第一、生徒たちがみんなマルクス寺院側というか、玉ねぎ親父側に付くとは考え難い。
中にはマルクス寺院の活動に積極的な生徒もいるかもしれないが、生徒たちがマルクス寺院に近付く理由のほとんどは、蘇生術の利用が目的ではないのか?でも、蘇生術を受けることで莫大な借金を負うとか、強制的に協力せざるを得ない状況にさせられるとかだったらどうしよう。馬鹿な。仮に蘇生術を受けたことがバレたって、学園がそんなことは許さないだろう。
あ、でも、学園が怪しいってことも考えられるか。どうして聖遺物なんかがダンジョンにあるんだろう?
う〜ん、ややこしい。ややこし過ぎる。
僕の思考は付いていけなくなって、そこで停止した。
何事も表と裏があるのだ。表と裏を切り離して、それぞれ単独で動いていると考えると、陰謀論になってしまう。
実際には、表の活動が同時に裏の活動でもあるのだ。
肝心なのは、自分の人生を生きるという、それだけだ。
ラーメンは伸びる前に食べろということだ。