勇者は孤独で、人道に反している
「え!?」
僕は茫然とその場に立ち尽くしてしまった。
見ててあげる?見ててくれる?
「む、無学君。見てないでくれる?」
「え!?あの」
「私、テントを片付けたいの」
闇野さんは白い顔を赤くした。
「あ、ごめん」
そそくさと退散する。
危ない、危ない。あんまり女子をぼーっと見ていてはいかん。
でも、やっぱり闇野さん、僕に気があるとか?
さっさと荷物をまとめて帰る用意をしよう。セーターを脱いで、毛布と一緒にカバンに詰め込むだけだから、簡単だ。
「燃え残りの炭はこの缶の中に入れてね」
寒頼先生が炭の回収にくる。そうか。自然といっても、人間界のルールが適用されるわけか。
「早く異世界の秘境に行きたいものだね」
駿野君が言った。
彼は自前の回収缶を持っていた。用意のいいことである。彼に対して僕は批判的な見解だが、何だかんだ言って今回の野営を一番うまくやったのは彼なのだろう。
異世界にはガスコンロも甘エビの刺身もないだろうけど、この男だったら意外と適応してしまうかもしれない。
僕はきっと、何があろうと、パンと水で一夜を明かすだけ。
寒頼先生に、人の世話になったと言われたけど、実際に異世界に行ったら、やっぱりネズミ君を頼ってしまうのだろうな。
今回の野営実習で何を学んだかというと、うーむ、異世界に行ったらそのとき考える、ということだろうか。
早く帰ろう。戦士科と武闘家科の生徒の出発時刻までに、学園に戻らねばならない。
先生たちは、オフロード車で先に出発した。
「じゃあ、みんなお先に。僕は一足先に戻って、次に来る生徒たちに注意点を伝えておくとしよう」
愛馬オニオンヴルーテに鞭を入れて、馬車の玉音銀次郎が後に続いた。
電子レンジ持参のアイツにアドバイスなんて出来るはずがない。大方、先生に媚びを売りに行ったのだろう。
「僕の長年のキャンプ歴においても、今回はいい経験になったよ。君のおかげだ。礼を言うよ」
「そうかい?」
駿野君はマイペースだ。僕は翻弄されっぱなしだったけど、そう思ってくれるなら、まあ、悪い気はしない。
「君にとっても特別なキャンプになったんじゃないかい?」
「え、何が?」
「とぼけないでくれたまえ」
駿野君はニヤケ顔だ。
「いや、失礼。君にとっては女にモテるのは普通のことか」
そういうことか。
「実はね、僕、パーティに魔法使いの女の子がいるという話をしただろう。その子とやけに気が合ってね。これからも二人で時々キャンプに行こうと、そういう約束をしているのだけどね」
おっと始まった。どうでもいい他人の話ランキングナンバーワン。惚気話。
うー、この人絶対レンジャー科のメンバーと仲直り出来ないだろうな。
そもそもこれはキャンプじゃなくて野営だし、僕らの目的は異世界に行くことだし。
ねえ、独出君?
丁度そのとき、たまたま独出進君が隣にいたので、僕は駿野君を無視して彼に話しかけた。
「独出君は野営もお手の物だね」
「別に、モンスターに襲われる心配はないからね」
このくらいで躓いていたんじゃ、異世界には行けないからな、とかなんとか、いつものようにさりげなくマウントを取ってくるかと思いきや、意外と謙虚だった。それどころか、彼は意外な行動に出た。
「君のテント、凄くいいね。使い勝手が良さそうだ。あれ、普通は売ってないね」
「おお、わかるかい?実はね、特注品なのだよ」
自慢のギアを褒められた駿野君は、嬉々として話に乗ってきた。
「生地の感じが違うような気がしたけど」
「気付かれたか。たとえ火をくっつけたとしても燃えない特殊繊維でできているんだ。その上撥水性も抜群なのだよ」
「その割に軽そうだ」
「軽量化もバッチリだとも」
え?独出君の方から話しかけた!?
なんか、テントの話で盛り上がってるし。
こいつは想定外だぞ。駿野君から逃れるために、独出君を話に引き入れたのに、僕を置いてけぼりにするなんて!
ただでさえコミュニケーション能力がないのに、マニアックな趣味の話となるとお手上げだ。
独出君が他人に興味を持つとは。
そんな奥の手まで使って、そこまでしてマウントを取りたいのだろうか?
キャンプギア談義で盛り上がる二人の後ろを、僕はトボトボと歩いた。
二人とも自然色のリュックサックで、いかにもキャンプ帰りといった風情である。
対する僕は、中学校のスクールバッグ。冷静に考えれば、この場で一番浮いている。
それならばと、闇野さんの方を見やると、王さんや板東さんと楽しそうに談笑していた。
いくら得体の知れないオーラを発していようと、年頃の女の子だ。やはり女の子同士、通ずるものがあるのだ。
ふう。ラスコリニコフの斧が実家の納屋にあったと供述している少女。魔王の血を引くと言い張る少女。神奈川県相模原市出身の少女。義務教育が躓きの石だった少女。
僕は東京23区内の出身なんだ!市外局番03なんだ!家に電話はなかったけど。義務教育だって、苦労したことないんだぞ!
しかも彼女は地元に友達がいて、先輩がいて、既に異世界に行っていて、魔王も倒していて。
おまけにかわいくて。
なんか、何一つ優っているところがないような気がしてきた。彼女に好かれたんじゃないか、なんていうのは、幻想かもしれない。
早く帰ろう。帰って引きこもろう。
いいものも悪いものも、どうやら僕から遠ざかっていくようだ。
学園に着くと、戦士科と武闘家科の生徒たちが、出発準備を整えて待っていた。
大柄で血の気の多そうな男子生徒が多いが、女子生徒もそれなりにいる。
その中で5人ほど、異様なオーラを放って固まっている集団があった。明らかに他の生徒たちが避けている。そこだけ陸の孤島と化していた。
いやはや、こいつはガラが悪そうだな。全員ウンコ座りをして、到着した勇者の集団をじっと睨んでいる。
怖いな。目を合わせないようにしよう。
すると、その中のリーダーらしき女が、立ち上がって、こちらに向かって手を振った。
「勇者さぁ〜ん!!」
聞き馴染みのある、デカい声。
ゾロゾロとやってきたスケバン軍団に、僕は囲まれてしまった。
「お帰りなさい!どうだった?」
「て、鉄子さん。なんてことないよ。普通のキャンプだったよ」
「良かったぁ〜」
ここだけの話、鉄子はオバケが怖い。樹海で一晩を過ごすということで、そちらを心配していたのだ。
「へえ、この子が鉄子の勇者なの」
軍団の一人、小柄だが目付きの悪い、おかっぱ頭の女の子が、品定めするように僕を見上げる。女子トイレにいたゴーストが成長したら、こんな感じだろうか?胸のバッジはライオンの顔。武闘家科だ。
近い、近い。思わず仰け反る。君、眉毛はどうした?
「そうよ。イケメンでしょ」
と、自慢気に答える鉄子。
え?イケメン?僕が?
「ふ〜ん、かわいいじゃない」
女の子はイヒヒと笑った。
「あんた、手ぇ出したら承知しないからね」
鉄子に言われて、その子は残念そうに引き下がった。
「勇者さん」
今度は低いダミ声。
マスク姿のポッチャリとした金髪少女が、近付いてきた。
風邪を引いてるから、こんな声、ではないよね?
「鉄子をお願いします。アタシはデブでブスだから、勇者さんなんかとはパーティ組ませてもらえないけど、鉄子は違いますから。どうかこの子のこと、よろしくかわいがってやってください」
君、女の子は自分で自分のこと、ブスって言わない方がいいと思うぞ。意外と男子は守備範囲が広いから。
「変なこと言うんじゃないよ!」
グイッと、鉄子はその子の胸ぐらを掴んだ。
「エッ、へへへ、へへへ」
掴まれたまま、彼女は変な風に笑った。
「勇者さん、こんな奴、気にしないでね」
はい、なるべくそうする所存であります。なるべく関わらずに生きていくつもりであります。人の道には反しているかもしれませんが、平等に付き合うことは遠慮させていただきます。




