おなごは集まり、虫は付く
闇野あかりさんは、ロールパンにジャムを付けて食べていた。あんまり料理は得意な方ではないのかも。
「やれやれ。すっかり人の世話になっちゃってるわね」
そこに寒頼楓先生がやってきた。長い黒髪を一つに束ねた袴姿。腰には大小の刀。夜営の後だというのに、凛とした美しさは変わらずである。手には有田焼の湯呑みで、今は食後のお茶の時間だろうか。
「君が一番サバイバルを実践してると思ったのになあ。そんなことだと、減点するわよ」
そうだった。僕たちは評価されてるんだった。
でも、ジャム付きのパンの耳には変えられない。
「あのままテントに入っていったら、切っていたところだったわよ」
み、見られていたのか。僕は、カーッと顔が熱くなるのを感じた。
駿野君のテントか、それとも今僕が背にしている、漆黒のテントの方か。敢えて言う必要はない。
「そ、そんなんじゃ、ないです」
「ま、いっか。周りのものをうまく活用するのもサバイバルだしね。その点では合格、かな」
「あー、先生、ここにいたのー?」
朝からよく通る声がやって来た。板東組代さんである。
「見て見て、先生。パンケーキ、うまく焼けたでしょ」
「あら、美味しそうね」
昨日のうちに、すっかり寒頼先生と仲良くなったようだ。近くに腰掛けて、スキレットから直接パンケーキを食べ始める。勢い、先生も腰を下ろすことになった。
「あー、もう先生とお別れかあ。あのオヤジじゃなくて、先生が担任だったら良かったのになぁ〜」
「マタドール先生ぐらいのレジェンドに教えてもらえるなんて、ありがたいことよ。私でも、あの人の剣には敵わないんだから」
「私、剣はもう装備してないよぉ〜」
なんか、賑やかになってきたな。この場にいる男子が僕だけだなんて。
嬉しいような、ちょっとむず痒いような。今までの人生には、なかったシチュエーション。
「ウフフフ。無学君、今朝も困てるアルな。かわいいアル」
そこに王さんまでやってきた。また女子が増えた。
「王さん、それ朝食?」
「中国人=肉まんなんていうステレオタイプは古いアル。ワタシ、朝はシリアルアル」
シリアルアルって。それ、コーンフレークをチョコで固めたお菓子でしょ?
それとマグカップに入っているのは、ココア?
「モテるわねぇ、君は」
先生に揶揄われる。
「ち、違います」
「無学君はいつも何かしら困てるアル」
「ウケる」
「無学君、まだジャムあるよ」
男の人生なんて一晩で変わる?のか?プチハーレム状態じゃないか。なんていうんだ、こういうの。プチーレム?
「アハハハハ。皆さん、あんまり無学君を困らせてはいけませんよ。それよりコーヒーだったら、僕もちょいと自信があるんです。味見してみてはいかがですか?」
空気を読まない高笑い。駿野伏男君がポットを手にやってきた。
露骨に嫌な顔をしたのは、闇野さん。
相性悪いだろうけど、似た者同士な感じがする。
「ワタシ、コーヒー飲めないアル。炭酸ジュースないアルか?」
バッサリ切り捨てられて、駿野君はすごく残念そう。
「ウケる」
「私、いただこうかしら」
こういうとき、先生はありがたい。たとえそれが本心でなかったにしても。
「あら、ホント。そこいらの喫茶店より、美味しいぐらいよ」
「僕は喫茶店激戦区・京都の出身ですから」
「ホントー?じゃあ、私も貰おっかな」
形勢逆転。板東さんも興味を示して、駿野君は得意顔だ。
そこに、バリバリバリバリッと、場違いな音が空気を乱した。
え?バイク!?
突然、オフロードバイクに跨った、フルフェイスヘルメットのライダーが現れた。バイクの荷台には、クーラーボックスが取り付けられている。そこには「オニオン牛乳」と書かれてあった。
僕らがキョトンとしていると、後ろから嫌味な声が聞こえてきた。
「皆さん、朝からカフェインの取り過ぎは健康に毒ですよ。静岡は酪農も盛んなんです。雄大な富士の麓で伸び伸びと育った、健康的な牛のミルクをお飲みください」
お邪魔虫が一匹やってくると、二匹目もやってくる。玉音銀次郎である。空気を読まないことに関しては、こいつも駿野君に引けを取らない。
「どうして僕が皆さんに新鮮な牛乳を提供できるのかですって?それは」
誰もそんなことを聞いてはいないが、玉音はバイクに近付くと、荷台を開けて牛乳瓶を取り出した。瓶のラベルには、玉ねぎを図案化したマークがついている。
「たとえ火の中水の中、樹海であろうと異世界であろうと、毎朝配達遅れずに。契約一秒、配達一生、元気印のオニオンマークでおなじみ、オニオン牛乳でございます」
シーンと、僕らは静まりかえった。まるで牛乳瓶の底に沈められた羊のように。
「配達、ご苦労」
玉音がそう言うと、ライダーは軽い会釈をして、バリバリバリバリッと耳障りな音を響かせて去っていった。
後には、両手に牛乳瓶を持った、ドヤ顔の玉音銀次郎が残った。
「どうです皆さん?樹海まで配達するのは、オニオン牛乳だけですよ?」
オニオン牛乳。
こいつの家で行なっている事業か。
「ねえ、先生!良質なタンパク質にビタミン類。朝の牛乳は、美容と健康にとても良いのですよ!」
点取り虫が、先生に媚びを売りに来たか。キャンプに必要なのは虫除けスプレーだな。
「ワタシ、牛乳嫌いアル」
虫は、王さんにバッサリ切られた。
「な!?オニオン牛乳は、牛乳嫌いのお子さんにも、好評をいただいていますよ?」
「嫌いなものは嫌いアル」
「好き嫌いを言っていると、背が伸びませんよ」
「炭酸ジュースないアルか?」
「君にはカルシウムが必要だと思うが?」
「役に立たないアル」
「なんだと!?配達させといて、その態度はないだろう」
こんなところまで配達させたのは、お前だろう。きっと従業員を馬車馬のように働かせているのだろうな。
「おや!?牛乳ではありませんか。丁度良かった。ワタシとしたことが、コーンフレークを持ってきたのに、牛乳を持ってくるのを忘れてしまっタルデスねぇ〜」
ヒョイと横から、二本とも牛乳を持っていってしまったのは、マタドール先生である。この人の辞書に、空気を読むという文字はない。
「ワタシは、朝食はコーンフレークと決めテルデス。危うく番茶で食べねばならないところデシタス。天の恵みデス」
「先生!オニオン牛乳を持ってきたのは、玉音銀次郎です!クラス委員の、玉音銀次郎です!」
やれやれ。騒がしいことだ。
「さあ、戦士科と武闘家科の生徒たちがやってくることだし、ゆっくりしていられないわ。食べたらテントを片付けて撤収するわよ」
寒頼先生は立ち上がった。その一声で、生徒たちは撤収にかかる。
「闇野さん、色々とありがとう。ごちそうさま」
「せっかく二人切りだったのにね。無学君、いいものも悪いものも引きつけちゃうから」
「そ、そうかな?」
「私が見ていてあげるね」
と、彼女は白い顔に不気味な笑みを浮かべた。