恋に恋して、幻想は醒める
「そ、そう?どの辺が?」
自分で聞いといてなんとも間抜けな質問である。
問一。勇者と魔王の共通点を30文字以内で述べよ。
「独立独歩なところかな。自分の道を貫くためなら、相手を敵に回しても構わないって感じ」
大幅に文字数オーバーしてる。減点だ。
「独出君じゃないの?それを言うなら」
闇野さんは、口に出してはいけないことを聞かれてしまった、というように苦笑いした。
「独出君。彼は、アレじゃない」
「アレって、何?」
「ちょっと、女子から見て魅力にかけるというか」
略して女子力にかける。っていうんじゃないね。その反対。男性フェロモンが自己完結してるとでも言おうか。
やだなあ。女子って残酷だよな。
「僕だってそうだよ」
そそ。僕だって女子にモテる方じゃない。
「そんなことないよ。無学君は、魔王タイプだよ」
タイプ診断。Aになったあなたは、魔王タイプです。魔王タイプのあなたは、自分の生き方を貫いて、同じ世界に住む人を恐怖のどん底に陥れます。
「パーティにも、かわいい女の子連れてるし」
妙子のことか。彼女の愛はゲンちゃんに一心に注がれている。
「ねえ、どっちがいい人なの?」
「え?どっちって」
「だから、眼鏡の子かセーラー服の子か」
「どっちもそんなんじゃないよ」
闇野さんの目がキラキラしてきた。どっかでこういう目は見たことがある。そうだ。クラスの片隅に集まって、恋バナに夢中になっている女子中学生だ。
「そう?あの二人、無学君といい感じじゃない?」
「き、気のせいだよ」
「そっか。良かった」
よ、良かった!?
こ、これはもしや、もしやするというアレか?アレなのか?
「私、無学君のこと、気になってたんだ」
「闇野さんはどんなパーティ組んでるの?」
僕は無理矢理話題を変えた。まだ、この手の攻撃に耐え切れるほどの耐久力を身につけていないのだ。
「ウチのパーティはね」
と、闇野さんは話し始めた。その声の調子は、平常のようでもあり、不満を隠しているようでもあり。
「僧侶の女の子が一人。その子は小学校からの親友の子」
なんだ、地元に友達いるんじゃん。
「へえ、二人だけで冒険してるの」
「勇者科の三年生に先輩がいて。今はその人のパーティに入れてもらってる」
地元に先輩もいるのね。しっかり現実世界に適応していらっしゃる。しかし、同じ地域から三人もこの学園に入っているのか。相模原では、現実逃避が盛んらしい。
えっ、ってことは。
「闇野さん、もう異世界行った?」
「うん」
「じゃあ、魔王にも会った?」
「うん」
会ってたの?え、会ってたんだ!?
「どうだった?」
「なんか、思ってたのと違ってた。先輩が近くの村で貰った巻物に書いてある呪文唱えたら、弱くなっちゃって」
魔王に会って、幻想から醒める少女。
「そうなんだ」
「あれはきっと、私の魔王じゃなかったんだと思うな」
魔王はきっと誰のものでもない。それは解釈の問題なんだ。
「会えるといいね。君の魔王に」
今日はなんて夜だろう。人生でこんなことを言うとは思わなかった台詞を連発している。
「うん。紅茶、おいしかった?」
「ありがとう。温まったよ」
焚き火が熾火になってきた。ほぼ完全な暗闇の中、そこだけが赤黒く光っている。まるで闇に潜んで獲物を狙う蛇の舌のように。
「そろそろ寝なきゃ」
明日の朝も早い。朝食を食べたら、すぐに撤収する予定だ。入れ替わりで戦士科と武闘家科の生徒たちがやってくるのだ。
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
ふう。やっと解放された。ほっとするような、名残惜しいような。
「無学君、優しいから。気を付けないと、変なものもやってくるよ」
か。
なんかもう、変なものと正常なものとの区別が付かない。
星明かりを頼りに、慎重に駿野君のテントまで戻る。
あれ?ファスナーが閉まってるな。僕、出るとき閉めていったっけ?
ジーッと開けると、案の定、人型の物体が寝袋に入って、スヤスヤと寝息を立てていた。
僕はそっと毛布を引き出すと、中の人を起こさないようにファスナーを下ろした。
駿野君のテントは広いから、二人が寝れないことはないけど。
満天の星空の下、僕は毛布にくるまり横になった。
あー、落ち着く。最初からこうしとけば良かったんだよなあ。
翌日、ザビエル暦五月第二週二日目の朝。
僕は小鳥が活動を始める音で目を覚ますつもりが、けたたましい電子音で目を覚ますことになった。
駿野君のテント内から聞こえてきた、目覚まし時計である。自然はどこに行ったんだ、自然は。
「やあ、おはよう。なんだ、そこにいたのか。自然派の君には、テントはあまりお気に召さなかったかな」
駿野君は爽やかに言い切ると、ガリガリとコーヒーミルのハンドルを回し始めた。
「昨日は君、お楽しみだったじゃないか」
「そ、そういうことじゃないよ」
見てたのかよ。いやらしいな。
「邪魔しちゃいけないと思ってね。僕はテントに引っ込んじゃった」
アハハハハ、と駿野君は高らかに笑った。多分この人、笑えば全てを誤魔化せると思っている。
「さて、昨日仕込んでおいた生地がいい感じに発酵しているぞ。自然の力に万歳だよ」
と、チーズやらなんやらを乗せて、ホットサンドメーカーで焼き始めた。火種はもちろんガスバーナーである。
僕はいそいそとパンの耳を食べる。あー、いいね、この味気なさ。いつもの味、いつもの味。落ち着くなあ。
「無学君、コーヒー飲まない?」
と、そこに闇野さんがやってきた。とすると、昨晩のは夢ではなかったのだ。
「行ってきたまえ。僕のことなんて気にせずに」
駿野君がわざとらしく寛大さを示す。こういうのも捻くれたマウントの取り方だろうか。
闇野さんのテントまで行く途中、さりげなく独出進君の方を見たら、相変わらずの無愛想で乾パンを齧っていた。昨晩、女子高生の無邪気な侮辱発言があったことは秘密だ。
「はい、コーヒー。熱いから、気を付けてね」
「あ、ありがとう」
闇野さんが入れてくれた、熱いコーヒーを啜る。
「おいしい」
思わず本音が出た。水以外のものを、パンの耳と一緒に口にしたことがなかったから。
「インスタントコーヒーだから、駿野君のよりは劣ると思うけど」
「そんなことないよ」
昨晩のことを、どう解釈していいのか、僕はうまく整理出来ていなかった。
闇野さんに気に入られたような気もするし、彼女を少し失望させたような気もする。
でも、どうすればいいのだ?君は魔王の子孫に間違いない、とでも言うべきだったのだろうか。それとも、もっとはっきりと、寝惚けたことを言っているんじゃない、現実はそんなに甘くはないと、言ってやれば良かったのだろうか?あるいは、僕が君の魔王になるよ…、無理だ。異常が強すぎる。
「無学君、ジャム付けない?」
「あ、ありがとう」
闇野さんがブルーベリージャムをくれた。うう、甘い。甘くておいしい。ジャムを付けたパンの耳は、こんなにもおいしかったのか。勇者の胃袋を掴むのは簡単である。
正直、闇野さんに対する印象は良くなかったのだが、彼女がかわいい女の子であることも、事実。
駿野君は自然を愛し、文明に頼る。闇野さんは現実を否定し、幻想に失望する。勇者は初めての恋の予感に期待しつつも苦悩する。
矛盾しているから人間なのさ、と、受け入れることが悟りなのだろうか。我がパーティにだって、猫を幻獣と言い張る人物がいる。




