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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第二部

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81/206

憧れは通俗的で、勇者は魔王

「闇野さん、魔王に会いたいの?」

 と、人にこんなことを言うとは決して思いもよらなかった異常な台詞。それが異常な状況から抜け出したくて、こんなことを口にしている。

「うん」

「倒すため、ではなさそうだね」

 闇野さんは、また斧を振るって倒木を割ると、新しい焚き木を火にくべた。まだしばらくは火の勢いがありそうだ。

「私ね、魔王の末裔なの」

「……」

 絶句を言い表わす言葉が日本語にあれば良かったと思うのは、こういうときだろうか。

「私ね、この世界にうまく適応出来なくて。ずっと、人と違う自分を感じてきたんだ」

 それが、魔王の血が流れているせいだとでも???

「学校にもうまく馴染めなくて。なんでだろうって疑問に思って、自分のルーツを探ってみたら、異世界に行き着いたのね」

「それは、家系図か何か?」

「血を読んだのよ」

「血?」

「どんなに普通の人間のフリしてたって、誤魔化せないの。血を見れば、書いてあるから」

「君の血に、魔王の末裔であることを示す、印か何かがあったのかな」

「うん」

 まさか肯定されるとは思わなかったが。

「ど、どういう?」

「言えないよ、それは」

 だろうねえ。

「でも、無学君にだったら言えるかも」

「え、どうして」

「だって、無学君、魔王に似てるから」

 意外な展開になってきた。

 君は魔王に似ている。そうですか。自己紹介のときに新たな項目が出来た。似ている有名人は、魔王です。

「でも、言えない。まだ言えない。たとえ無学君が魔王であっても、まだ言えない」

 若干15歳の少年には、まだまだ自分に対して未開拓な部分があると思う。でも、いくら掘り下げたって魔王は出てこないだろう。

「いつか言えるといいな。私の魔王を見つけたときに」

 私の魔王、か。単純な言葉だが、いくら考えても意味が分からない。

「見つかるといいね」

 僕は何を言っているんだろう?

「うん」

 話題を変えよう。話題を。15か16の少年少女が深夜に口にするには、あまりにも不適切だ。

「僕も中学校までは苦労したなあ」

「無学君もやっぱり、現実世界に適応できなくて、異世界に行きたかったの?」

「そうだね」

「私たちって、似てるね」

 その質問にうまく答えるだけの経験値を、僕は持ち合わせていなかった。何も言えずに黙っていると、彼女の方から話し始めた。

「私ね、ずっと異世界に行きたかった。異世界に行って、こんなくだらない世界は捨ててしまいたかった」

「僕もそんなこと思ってた」

 これは、本心。

「でしょう?この世界には、どうして守らなくてはいけないのかよく分からないルールとか、古臭い慣習とか、しがらみとかがいっぱいあって。そういうゴミみたいなものが溢れているこの世界なんか、壊してしまいたいと思ったの」

「ん、うん?」

 過激だな。僕はひたすら逃避に向かったけど。破壊衝動というのは、コミットしたい願望の裏返しではないのか。

 まあ、分からなくはない。ゴミみたいなものかどうかは知らない。そういうものだって、何かしら存在理由があるのだとは思う。

 でも、それは子供にとっては、いつも圧迫するものとして感ぜられる。

 中にはうまくやっているようなのもいるみたいだけど。と、僕は玉音銀次郎を思い浮かべた。

 大人になるというのは、そういうことなのかもしれない。鎖のように巻き付いて、自分を雁字搦めにしているものとうまく折り合いをつけていくことなのかも。

 きっと歳を重ねると、段々と対応の仕方が分かってくる。でも子供の時分は、そういったものに対抗する手段を持たないし、逃げ場もなくて押し潰されてしまう。

 だから、何もかもなくなってしまえばいいと、短絡的な発想になる。好きか嫌いか。友達か死刑か。友達でなければ死刑。子供は極論から極論へと揺れ動く。ボキャブラリーが圧倒的に不足しているんだ。その中間の言語を獲得するには、まだまだ勉強が足らない。

 きっとどこかに抜け道のようなものがある。うまくやれるための抜け道が。それはみんな分かってる。その抜け道を見つけたものは、したり顔でこう言う。

「本当に頭のいい人って、学校の勉強が出来る人のことじゃないんだよね」

 と、闇野さんは僕の頭にあったこととは違うことを言った。

 そっちか。君も、そっちか。

 よく聞く言葉だけど、聞くたびにこう思う。そもそも頭は良くなくてはいけないのだろうか?

「学校なんて、くだらないことばかりだよ。社会に出てから何の役に立つのか分からないこと勉強させられて。一日六時間も机の前に座らされて、苦痛を受けさせられている」

 そうかな?

 僕は学校生活の中で、座学の時間が一番楽だったけど。黙って座ってれば誰にも何も言われないし。

 その時間だけは、友達がいなくても許される。そういうの、聖域って言わないかな?

 それよりホームルームの時間とか、体育の授業でチームスポーツをやるときとか、そっちが苦痛だったなぁ。

 文化祭に体育祭。学校なんて勉強だけ教えてくれればいいのに、何のためにあんなものがあるんだろ。

「ホント、何のためにあるんだろうね、勉強なんて」

 この世に子供たちが勉強しなくてもいい状況が二つあると思う。一つは民主的でない、偏った思想のグループが政権を握っている状況。そしてもう一つは、つい最近まで日本にもあったもの。つまりは戦時中だ。

 戦争が終わり、民主的な時代がやってくれば、官僚制度と教育制度が整えられる。それは支配のための方便と言ってしまえばそうだが、平和な時代を維持するためには必要なものではないのか。だとしたら、何のためにって、僕らは世界平和のために勉強しているんじゃないだろうか。

 勉強する内容が問題だという批判もあるけど、そう言っている人たちは、勉強した内容をちゃんと覚えているんだろうか。テストが終わった次の日には、学習内容が全て頭から抜け落ちてしまっている同級生を数多く見てきた。それに、そもそも義務教育なんて、全部単なる基本常識的なことなんじゃないのかな。そこにケチを付けるのは違う気がする。

「古文漢文とか、もう使わない言葉なんか習ってどうするんだろ」

 歴史書を読むためじゃないの?正しい歴史を読めなかったら、歴史修正主義者にいいように歴史を書き換えられてしまうからじゃない?

「数学なんか、社会に出てから使わないよね」

 そうかな?巨大なビルを建てたり、飛行機を飛ばしたり、ロケットを飛ばしたりといったことが、義務教育の数学程度で可能だとは思わないけど。

 僕が飛行機に乗ることはないだろうけど、社会という抽象的な実体を構築して、それを運営していくためには、抽象概念を使って計算をする必要があるんじゃないかな。

 僕はズズッとお茶を啜った。お茶はだいぶ冷めていた。

 彼女の意見にいちいち反論は出来るけど、こういう人には何を言っても無駄なんだろうな。

 クラスメイトにも、良くいたっけ。こういう人。

「必要のないことばかり勉強させられて、その上、抜き打ちテストとかあったら、ホント最悪」

 抜き打ちテスト、かあ。

「あれ、何のためにあるんだろうね」

 彼女の言うことを無視しようかとも思ったけど、思わず口をついて出てしまった。

「でしょ?そう思うでしょ?事前に範囲を教えてくれないなんて、卑怯だよ」

 え?

 範囲なんて、それまで授業で扱ったところに決まってるじゃないか。改めて教える必要ある?

 教科書が50頁までしか進んでないのに、70頁の内容が出たりなんかしない。抜き打ちでも、なんでもないと思うんだが。

「定期テストじゃ、毎回ランキング付けられるし。あんなの人格を否定してるとしか思えない」

 そこまで大袈裟じゃないと思うけど?順位なんて、気にして見たことなかったな。正直、何位でもいい。予想通りの順位にしかならないし。自分の学力なんだから、テストの結果なんて、受ける前から大体分かる。

「テストが終わると、あー、解放されたぁって、なるのよね。自由を感じるの。それで、ああ、こういう世界に行きたいなって。異世界への憧れが強くなっていったの」

「そうなんだ」

 僕は逆だった。テストが終われば、また通常の生活が始まる。給食の時間とか、家庭科の実習とか。そういう、友達がいない惨めさを思い知らされるようなことが始まる。それこそ人格の否定ではなかろうか。ずっとテストが続けばいいと思ってた。

 テストなんて、普通に授業を聞いていれば、出そうなところは先生の話の中にヒントがある。それに、教科書にもわざわざご丁寧に太字で書いてある。当然そこが出る。教科書は4月の最初に配られるし、教科書にないことはテストには出ない。初めに答えを教えてもらってるようなものじゃない?何をそんなに困ることがあるのだろう。

 僕はすっかり冷たくなったお茶を飲み干した。

 闇野さんって、特殊な人かと思ったけど、結構通俗的だな。駿野君と五十歩百歩じゃないか。

「ねえ、そういうこと、思わない?」

 う。

 出来れば聞かないでほしかったけど。でも、適当に話を合わせるより、本当のこと言った方がいいよな。誤解されたまま関心を持たれても困るし。

「あんまりそういう風には思わないな。何を勉強しても、どんな経験をしても、要は自分次第じゃないのかな。それを役立たせるっていうのは」

 自分の意見は伝えること。でも相手を傷付けずにうまく言うこと。

 とはいえ、僕のコミュニケーションスキルのレベルは高くない。うまく言おうとして、言わなくてもいいことまで言ってしまったのかもしれない。

「やっぱり、無学君って、魔王に似てるな」

 彼女の黒い瞳は、探していたものを見つけた、といった風に輝いていた。


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