表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/206

自然は遠くて、勇者は煩悶す

「僕はねえ、自然の中に身を置くのが大好きなんだ」

 宿営地までの道すがら、僕は駿野伏男はやのふせお君と並んで歩いた。

「文明の中で生活して、文明に囲まれていると、本来の自分を見失ってしまうような気がしてね。時々こうやって、身一つで自然の中に溶け込む。そうすると、失われた自分の一部を取り戻すというか、大袈裟だけど、母親の胎内にいたときのことを思い出せるような気がするよ」

 もし仮に母親の胎内にいるときに意識があったなら、僕はきっとあの世に戻っただろう。こんなに苦しみを背負うと知っていたら、産まれてはこない。

 駿野君と話しているうちに、彼は京都の出身だということが分かった。街中の観光客が多い地域に実家があって、その反動なのか、自然に対する憧れが強いという。

 幼少の頃は、気が付いたら大文字山に登っているような子供(どんな子供だ?)だったそうで、中学生になってからは、週末に関西のキャンプ場を一人で回る生活をしていたそう。

 異世界を目指したのは、最早現実世界にはなくなった、手付かずの大自然を堪能したいから、ということだった。

「琵琶湖の周りをロードバイクで一周したときは楽しかったなあ。テントと寝袋を荷台にくっ付けてさ。同じように自転車で日本一周してる大学生の人たちに出会って、朝までキャンプファイヤーをして騒いだっけ」

 ふうん。傍迷惑な。

 ロードバイクか。金持ちの道楽だな。

「君、大荷物だね」

「大荷物?今日は少なめにしておいたよ。一応、学校の授業だしね。レジャーに行くわけじゃないから。薪ストーブとハンモックは持ってこなかった」

 ストーブとハンモックが同じ文章の中に出てくるとは思わなかった。一体どこの国の人だ?

「それに、最近のテントは丈夫で防水性も高い上に、コンパクトにまとめられて、嵩張らないんだ。このザック、いいだろ?軽いし、無骨な風合がたまらないよね。サイドポーチがクーラーボックスになってるから、生ものを入れても安心だしさ」

「な、生もの?」

「ナイフで肉を切って、焼く。そんな単純なことでも、自然の中で食べると普段の何倍も美味しく感じるものなんだ。まさに自然が調味料を加えてくれるって感じだよね。タレはレモンとニンニク醤油だけど、今日は大根とおろし金も用意してきた。甘エビの刺身はコチュジャンと和えて、卵黄を落としてユッケにすると美味いんだぜ」

「甘エビ?ご、豪華過ぎない?」

「夜だけさ。明日の朝はコーヒー豆を挽いて、夜のうちに仕込んでおいたパンでピザトーストを作るだけの予定にしてる」

 豆を、挽く?パンを、何だって?ピザトースト?

「やだなあ。なんて顔をするんだい?そりゃちょっと僕の料理の腕には余るけど、多少焦げたって、それもまたいいものさ」

 この人は一体何を言っているんだろう?

「君が気にするのも無理はないか。食事って、キャンプにおける最大の楽しみだからね。しかも焚き火で調理するんだから、思わず身悶えしてしまうよ。無学君は、何を作るつもりなんだい?」

「何って、パンの耳を食べるだけだけど」

 そう言うと、駿野君は実に驚いたような顔を見せた。

「本当に?それだけ!?」

「う、うん」

「本当!?」

 あ、あのね。そんなに食い付いてこないでくれる?ここで貧乏を蒸し返されるのも嫌なんだけど。

「本当だよ。パンの耳と水だけだ」

「テントは!?」

「毛布だけ持ってきた」

 駿野君は驚きの表情から、キラキラした少年の顔になった。

「やあ、君、最高だよ!僕は嬉しいなあ。君みたいな、自然の素晴らしさを語り合える仲間に出会って」

 いや、一人で感激しないでくれる?今までの会話で、僕は君との距離を感じっぱなしなんだけど。それこそ琵琶湖一周分くらいある。

「いやあ、今日はなんていい日なんだ」

 そう言って、彼はポケットから銀色のハーモニカを取り出した。

「キャンプに必要なのは、大袈裟な荷物じゃなくて、気の置けない友人とたった一つの曲だけさ」

 ファーファ、ファー、ファーファファ、ファー。ファーファー。

 ファーファ、ファファー。ファーファファ、ファーファファファー。

 富士の樹海に、陽気で切ないメロディが響いた。世の中にこれほど悲しい音があるだろうか?


 やがて宿営地に着いた。先に到着していた玉音銀次郎が、寒頼楓さむらいかえで先生と何やら雑談していた。目立つ生徒と先生の談笑はよくあることだが、先生が美人なだけに、何だか腹が立つ。

 マタドール先生の姿は見えないが、どこに行ったのだろう。

 駿野君を始め、他の生徒たちは、それぞれに場所を決めて、早速テント設営を開始した。慣れていない生徒が多いようで、自分のを素早く張り終えた駿野君が、順番に手伝ってやっていた。

「駿野君、シェイシェイアル。助かたアル」

 小学生女子に人気のキャラクターをあしらった、パステルカラーのテントは王援歌おうえんかさんである。彼女も、こういうことは苦手らしい。ま、彼女のパーティにはウィリアム照夫てるおさんという、レンジャー科の人がいるから、自分でやらねばならないことはないだろうけど。

「駿野君、手伝ってくれてウケる」

 てっぺんから髑髏が睥睨する、黒の三角テントは、板東組代ばんどうくむよさんだ。一応、これで感謝の意を表しているようである。

 僕の前の席の、闇野やみのあかりさんも手伝ってもらっていた。まるで濡れたカラスの羽のような、漆黒のドームテントが完成していた。

 うーむ、なんだかなあ。なんかムズムズするな。

 別に気があるとかじゃないけど、もし自分が彼だったらっていうことを考えてしまう。

 僕も彼のような人生を送っていたら、こういうときに女子生徒と交流出来たんだろうか。

 うえ、なんか、まるで賀茂野さんみたいだな。あんまり悶々とし過ぎると、ダンジョンに引きこもってしまうぞ。

 僕が若き勇者の悩みに苛まれているうちに、全員のテントが張られ終わった。結局、駿野君は、ほぼ全ての生徒の設営を手伝ってやった。

 独出進ひとりですすむ君だけは、自力でテントを張り終えた。そのときまだ張れていない生徒が大勢残っていたが、彼は誰かを手伝ってやることはなかった。大した男だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ