相性は悪く、緑は眩しい
そんなこんなで大型連休も終わり、ひっそりとしていた学園にも、いつもの賑わいが戻ってきた。
そしてこの人も、真っ黒になって戻ってきた。
「ブエノスディアス、アミーゴス!皆さん、良きフィエスタを過ごされタルデスか?ワタシはブラジルに飛んで、コパカバーナのカリオカーナとピニャコラーダでサンバーナしてましターナ」
今から樹海に行く人史上ナンバーワンのハイテンションな、ダリそっくりの男、マタドール先生である。
アロハシャツから迷彩服に着替えてはいるが、浮ついた気分は隠し切れてなかった。
訓練前の雑談として、ラテンの夜の艶めかしい体験を語ってくれたが、その内容は教育上よろしくないので割愛させていただく。
そしてもう一人。今回は野営実習ということで、サポートしてくれる先生が付く。
「っうー…。ったく、暑苦しいわね」
長い黒髪を一つにまとめた袴姿で、腰に大小の日本刀を差したこの女性は、侍科担任のクール系醤油顔美人、寒頼楓先生である。ラテン系情熱派のマタドール先生とは、相性が悪そうだ。
野営ということで宿泊が伴う。勇者科には女子生徒もいるので、女性の先生が同行するのだ。
「いいこと?あなたたちがこれから行くところは、観光地でもキャンプ場でもない、この世とあの世の境目よ。一歩宿営地を外れれば、成仏出来ずに彷徨う自殺者の霊が見境無く襲ってくるような、そんな異空間よ。リゾート気分でいる者は、今すぐこの場を立ち去りなさい」
生徒たち全員、マタドール先生を見た。先生は立ち去ることはなかったので、まあ、大丈夫だろう。
「それでは、訓練は既に始まってルノデス。ワタシたちは、先に行ってマスチェラーノ」
と言って、先生たちはオフロード車に乗って行ってしまった。車の後部には「命を大切にしましょう」というステッカーが貼ってあったが、ハンドルを握っていたのはマタドール先生だった。
生徒たちは地図を頼りに、徒歩で宿営地を目指すことになる。
なんか怖いことを言って脅されたが、車が入れるところなのだから、そんなに奥地まではいかないだろう。
ファンタジア学園は、手取り足取り至れり尽くせりの学校ではない。野営の装備は、各自で準備である。制服着用で武器を装備するのは普段通りだが、後は各々が必要だと思ったものを持ってきている。そこで何か不都合なことがあったとしても、それは全て自己責任だ。
そういった準備も含めて、後で点数が付けられる。実際異世界に行ったときのことを想定して、誰が一番いい野営をしたのか、先生たちは見ているのだ。
一番の軽装は、間違いなく、僕。
中学校のスクールカバン(ナイロンのボストンバッグのようなもの)に、毛布とパンの耳、水の入ったペットボトル、それにウールのセーターを詰め込んだだけだ。
他の生徒は、たいてい大容量のリュックサックを背負っている。
目下、絶賛仲違い中の、浅野匠君と吉良義央君は、揃って真新しいサンドカーキの、同じ形のリュックを背負っていた。
独出進君も、彼らのものより年季が入ってボロくなっているが、似たような無骨なリュックだ。
王援歌さんは、パステルピンクのリュックにイエローのサファリハット。やはりピンクの水筒をたすきに掛けて、スカートの下は黒いタイツ。足元はベージュの柄靴下にモスグリーンのトレッキングシューズでまとめていた。リュックの上からナマケモノの剣が顔を出しているのを除けば、遠足に行く小学生である。
板東組代さんは、連休中に美容院に行ったのか、無事、ピンクにボンバーなヘアスタイルが復活していた。黒いリュックサックには、鋲と缶バッジがいっぱい付いている。髑髏マークの黒タイツにチェーンの付いた黒いトレッキングシューズ。彼女らしいチョイスだが、それよりも何よりも、ギターケースを抱えているのが目立っている。
それぞれに若干、個性は出るが、基本はリュックである。同じことをしに行くのだから、同じような格好になる。どんなに個性的な人間を気取っていようと、雄大な大自然の前では埋没してしまうのだ。
だが、この男は違っていた。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ。
パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ。
未舗装の道を車輪が噛む音。そして重量のある奇蹄目が立てる足音。
「フハハハハ。君たち、お先に失礼するよ」
ガラガラガラガラっと、白い馬に引かれた豪華な馬車に乗って、後ろから玉音銀次郎がやってきた。
「どうだい?僕のキャンピング馬車は。今時の冒険は、徒歩でテクテクなんて行かずに、馬車で移動する時代なのだよ。ハイヨー、オニオンヴルーテ!風のように駆けて行け!」
ピシッと芦毛の馬に鞭を入れて、騒々しく追い抜いていった。
やれやれ。
「まったく、キャンプというものを分かっちゃいない」
そうそう。キャンプってものは。
「自然の中で自分を見つめなおし、人類と自然との共生に思いを馳せるものであるべきなんだ。あんな風にお金の力で快適性を持ち込んだものは、もうキャンプとは言えないな」
いつの間にか、僕の隣を、ヒョロッと背の高い、良く日に焼けた痩せぎすの、無骨な風貌の男が歩いていた。
アーミーグリーンのブレザーにアーミーグリーンのシャツ。アーミーグリーンのスラックスに、これまたアーミーグリーンのブーツ。
森に入ったら、絶対見失う自信ある。
頭にも、同色の先の尖ったマウンテンハットを被り、背負っているのは、こちらもアーミーグリーンのリュックで、左右にでっかいサイドポーチが付いていた。
結構、荷物が多そうだけど。
それより、誰だ?この人。部外者が混ざってしまったのかと思ったけど、腰に差しているのはナマケモノの剣だし、胸ポケットには、ちゃんと勇者科であることを示す、盾のバッジが付いていた。
「ああ、これ。連休中に仕立てたんだよ。青いブレザーじゃ、いまいち気分出ないからさ。型は一緒だし、ウール100%だから、問題ないだろ?」
そういう問題じゃない気がするが、我がパーティにも制服に関してフリーな人が一人いる。
「君は無学君だったな。軽装だね」
僕に微笑んだその顔を見て、ようやく誰だか思い出した。
そうそう。確か、駿野伏男君と言ったっけか。
本当はレンジャー科に入りたかったんだけど、そちらは落ちて勇者科に入ったという変わり種だ。勇者科の方が偏差値は高いはずなんだけど、なんでだろう。
「外で寝るの慣れてるから。どうせ一泊しかしないし、そんなに必要なものはないと思って」
そう言うと、駿野君は驚いた表情を見せた。
「へえ、君は無骨だなあ。いいねえ、君。そういうの、僕、好きだよ。君とは楽しいキャンプになりそうな気がするなあ」
彼はキラキラと目を子供のように輝かせて、眩しい笑顔を見せた。