田舎者は都会的で、勇者は挙動不審
長い休みである。みんなそれぞれに予定があるのだろう。普通だったら、ここに行く、あれをする、などという話になるのだろうが、そうならないのは、僕に気を使ってくれたからに違いない。
ネズミ君は今まで獲得したお金を、全部僕に預けてくれた。連休中は学園を離れる生徒が多いとはいえ、ちんぶり商店は時短営業している。3ゴールドずつだったが、モンスター長屋の探索で5箱開けている。節約すれば、なんとかなるだろう。
ひとまずの打ち上げということで、僕らは別れた。
さて、何をしよう。学園の機能もほとんど停止するし、特にやることがない。図書館から借りてきた冒険小説を読んだり、散歩をしたりと、その程度だ。本当はこういう休みを使って授業の予習でもしとけばいいのだろうけど、なんだかやる気が起きない。高校に入ってからちょっと勉強はサボり気味だな。
野営の準備と言っても、僕は幼少の頃より無理矢理多摩川の河川敷で、毛布一枚で寝かされてきた。取り立てて必要なものも思い浮かばない。部屋にある毛布を持っていけばいいだろう。
食料はちんぶり商店で水とパンの耳を買って持っていけばいい。カバンはリュックサックがあるといいのだけれど、買うと高いし、使い古した中学校の学生カバンでしょうがないか。
5月とはいえ、樹海の夜は冷えるかもしれない。一応、ウールのセーターを持っていこう。準備なんてこのくらいだ。
あと、そろそろ髪を切るか。今まで自分で切っていたダンダラ頭が、歪に伸びてきた。学園に床屋はないから、これだけは街に出なくてはならない。
床屋って、いくらかかるんだろ。ちんぶり商店で異世界ゴールドを使って、お釣りのチャリ銭を貯めていこう。
連休はなんだかんだで過ぎていった。最初のうちは退屈だったが、半分も過ぎると、時間の経つのが早く感じた。
勿体無いような有難いような、複雑な気分である。
一度だけ、髪を切りに街に出た。学園のバスに乗って、富士駅で下りる。田舎街を歩く若者たちは、何故かみんな僕よりも都会的に見えた。僕が東京に生まれたことは、何か意味があったのだろうか。
もっと田舎に生まれればよかったかとも思うが、それはそれで、湿度の高い人間関係に窒息していたかもしれない。
富士駅前の地図を見て、床屋の位置を確認する。しばらく歩いて、髭剃りクリームのにおいがする薄暗い店に入った。
それにしても、髪を切るのも緊張するものだ。案内されるままに椅子に座ったが、なんと注文していいのか分からず、妙な沈黙を招いてしまった。
乾いて張り付いた喉でようやく出た言葉は、「髪を切ってください」だった。切らないという選択肢は床屋にあるのだろうか?
気を利かしてくれた床屋のおじさんが、いいようにしてくれた。
似合っているのか、はたまた何というヘアスタイルなのか、それすら分からない僕は、引き攣った笑顔で料金を払うと、ギクシャクとした動きで床屋を後にした。
脇の下には、びっしょりと汗をかいていた。
宝箱一つ分以上の料金を、小銭ばかりで払っていった挙動不審の高校生を、善良なる富士市民は何と思ったであろう。
帰り道、僕はたった今支払ったばかりの金額の、約三分の一の値段のチェーン店を見つける。
僕はまだ貨幣経済に慣れていない。