土産は定番で、毒は回る
「んなもん、貰ってどうすんだよお〜」
ネズミ君は大きくため息をついた。
ノブさんの酒場で、僕らは今日の戦利品を眺めていた。
眺めたってどうなるものでもないが、この手のものは、眺める以外にどうしろと言うのだろう。
ヒポポタマス・パドレがくれたのは、宝箱ではなかった。
何か言いたげな盗賊を猫掴みにして、ヒポポタマス家をそそくさと退出した僕らは、寄り道せずに帰ってきた。
ちんぶり商店の袋に入っていたそれを取り出したところ、出てきたのは、カバの置物であった。
北海道土産に木彫りの熊があるが、あれと同じような木彫りのカバである。四角い台の上に、のほほんとした顔のカバが乗っている。
置物以外に何の役に立ちそうもない、正真正銘のザ・置物であった。
「どうしようか」
「いらんわい。勇者の部屋に飾っとけよ」
やっぱりそうなるよね。この間見つけたセーターなんかも、僕が貰うことになって、部屋に置いてある。貧乏クジに選択の二文字はない。
四月第四週はまだ後三日残っているが、来たる大型連休を前にして、学生食堂はなんとも言えない気怠い雰囲気に満ちていた。僕たちのパーティも、モンスター長屋を攻略するという当面の大目標を達成して、少し力が抜けたようになっていた。
「あ〜あ。かったるいな。今月はもう休みにしようぜ」
と、労働者の味方発言をするネズミ君。
「そうね。一応、目的は達成出来たんだし」
と、我がパーティで最も意欲的な労働者もそれに同意した。鉄子は特攻服から、いつものセーラー服に着替えていた。あれよりはマシだが、これだって正式な制服ではない。僕らのテーブルの側を通る学生が、奇異なものを見る視線を向けては通り過ぎていく。
「ヒポポタマスは、もういいの?」
「あの子の涙を見ちゃったら、もう駄目ね。あの子を一時でも片親にしたくないのよ」
鉄子は母子家庭だ。モンスターは倒されても数時間で復活するとはいえ、子供には辛い数時間であろう。
「じゃあ、今月の冒険はここまでだね」
そう宣言すると、なんか緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せてきた。
「んじゃあ、とっとと飯にしようぜ。め〜し、飯!」
ネズミ君はチョロチョロと券売機の方に走っていった。
で、各自いつものようなメニューを食べて、その日は早めに部屋に戻った。
そしてダラダラと時が過ぎ、今日はザビエル暦四月第四週五日目。四月最終日の授業である。
「ブエノスディアス、アミーゴス!明日から休みだからといって、弛んでいてはいけまアセンシオ」
勇者科一年の教室では、言葉とは裏腹なマタドール先生の姿があった。既にパナマ帽にアロハシャツ、サングラスの出で立ち。下は短パンにサンダルで、教師自ら率先してリゾート気分を演出していた。
授業の方も身が入らず、度々脱線して、異世界での武勇譚を得意気に話していた。いろんな話を聞かされたが、一つ学習出来たことは、異世界にも南国ビーチは数あれど、コパカバーナに勝るものなし、ということだった。
学生の方も集中力を欠いた様子で、破天荒な先生の武勇伝(現実世界の倫理に照らし合わせて鑑みるに、到底記述出来るものではない)に口元を緩ませ、和気藹々とした雰囲気で授業は進んだ。
ただ一人、独出進君だけが、いつもと変わらぬ真剣な眼差しでノートを取っていた。
教育熱心で、いつも大幅に終了時間をオーバーするマタドール先生だが、この日は珍しく早めに終わった。一刻も早くコパカバーナに行きたくてたまらないと見える。
その日の午後は、僕はダラダラと過ごし、夕食時間になってノブさんの酒場に向かった。
どの学生も僕らと同じようなことを考えているみたいで、ダンジョンから帰ってくる学生の姿はほとんど見られなかった。
ただ、保健室の前を通ったとき、血塗れの独出進君に出会った。
「ひ、独出君!どうしたの、その怪訝?」
彼がボロボロになってダンジョンから戻ってくるのはいつものことであるが、勇者は回復魔法を覚えたばかりである。魔法は使わなかったのか?
「ハァ、ハァ。ちょっと、毒を受けちゃってね。毒消しの魔法はまだ習ってないだろ?無学君も気を付けなよ」
「毒!?大丈夫だったの?」
「なに、いつもやってるよ。毒を避けてちゃ、いつまでたっても耐性がつかないからね。こうやって少しずつ慣らしていって、異世界の毒に耐えられるようにしないとね」
毒に強くなるためにわざと毒を受けるとか。なんという見上げた根性だろう。
「ううっ。でも、今日はちょっとやりすぎたかな。ハァ、ハァ。無学君は、今から夕食かい?」
「う、うん。パーティのみんなが待ってるから」
「ハァ、ハァ。君はいいね。僕は一人だから、このくらいで挫けてちゃ、異世界じゃ戦えないからな」
額面通りに受け止めるわけにはいかない、含蓄を含んだお言葉。いつもさりげなくマウントを取ってくる。
「じゃあ」
と言って、フラフラと保健室に入っていった。
「お、お大事に」
独出君も、一緒にどう?なんて言おうかどうか迷ったが、彼には気安く話し掛けてはいけないオーラがあった。
君はいいね、か。
三十一文字に森羅万象を込める日本人である。この短い言葉の中にも、痛烈な毒が含まれている。
「俺、明日の朝一番のバスで帰るわ。勇者以外は、みんな帰るんだろ」
家が一番近いネズミ君は、最先便で帰る予定を立てていた。
ノブさんの酒場のいつものテーブル。僕らは連休前最後の、パーティでの食事を取っていた。さっきの血塗れの同級生のことは、一旦忘れよう。
「そうね。長い休みだし、一度実家に顔出すわ」
鉄子も九州に帰るのか。福岡なのか佐賀なのか知らないけど。
「わ、わたしも、休み中は実家にいるつもりです」
妙子も名古屋の実家に戻るというが、アレはどうするんだろう。
「短足猫はどうすんだ?お前以外、アレルギーだろ?」
「ゲンちゃんは、近くのペットホテルに泊まってもらいます。ね、ゲンちゃん。毎日会いにいくからね。寂しいけど、ちょっとの辛抱だよ」
「ミャ〜オン」
「ペットホテル?贅沢だな」
「そんなことないですよ。一泊たったの五千円で泊まれるんですよ?」
……。
……、高い。
僕は一生泊まること、ないだろうな。
それより、アレルギーといえば、アレである。
「休みの間に親父にマルクス寺院のこと、聞いとくわ。でも、勇者はすぐにキャンプだっけか」
「キャンプというか、野営実習だね」
先週末にお父さんに聞いてみると言っていたネズミ君であるが、彼の父親が忙しくて、聞けなかったそうで。
僕らはマルクス寺院についての新たな情報は、あれから得ていなかったのだ。
王さんも、賀茂野さんに聞いてくれたのだが、賀茂野さんも、先日ネズミ君が話してくれた以上のことは知らなかった。
あの謎の辮髪の男の姿も、あれから見かけていない。
連休明けてすぐ、ザビエル暦五月第二週一日目に、勇者科は野営実習がある。一泊二日だが、富士の樹海で訓練をするのだ。
「あんなの、キャンプと変わらんわい。そん次はどこだっけ?」
「戦士科はその次の日ね。第二週二日目。勇者さんと入れ替わり」
「幻獣使い科は、盗賊科と同じ日、第二週四日目です」
「ってー、ことは、その週はまるまる潰れるな。約二週間後か」
「結構空くね」
入学して約一カ月。怒涛のような日々を過ごしてきたが、ここで小休止といったところか。五月第二週は各科順番に野営実習がある。連休中に各自必要な準備をしておくようにと、マタドール先生からも言われていた。