痛みは回復して、背中は不健全
先生のお手本の後は、二人ずつペアになって実習である。
この二人ずつペアにというところに、僕は口の中がザラついたような感じがした。
小学校、中学校と、生徒同士でグループを作って何かすることに、ロクな思い出はない。
友達のいない僕はいつも残り物になって、先生の采配によってどこかに無理矢理入れられるのだ。
そして「え〜」とか、「最悪〜」とか、聞こえないつもりで言っているのかどうかは知らないが、当然本人の耳にはバッチリ聞こえている。
20人ほどの勇者科の生徒の数は偶数だから、余る心配はないのだが、グループ分けというだけで、心がアレルギー反応を示してしまう。
どうしよう。一緒にやれそうなのは、独出進君ぐらいか。王援歌さんでもいいけど、女の子相手にあの呪文は恥ずかしい。玉音銀次郎だけとは、絶対にやりたくない。
なんて心配していたのだが、まったくの杞憂に終わった。生徒たちの人間関係など、この人の世界にはまるで存在しないマタドール先生によって、勝手に決められてしまったのだ。
「ハイ、そこのアミーゴとそこのアミーゴ、ペアにナルデス。こっちのアミーゴはあっちのアミーゴとペアルデス」
目下絶賛仲違い中の浅野君と吉良君も、無理矢理ペアらされてしまった。
僕はたまたま隣にいた板東組代さんとペアることになった。
まあ、いいか。板東さんとは少し話したことがあるし。それに、女の子と組めたことは、恥ずかしくはあるのだが、内心嬉しくもあった。このエロ勇者め。
「無学君とだって。ウケる」
初対面だったら傷付きそうな言葉だが、いつもの板東さんのノリである。箸が転がっただけでもウケるお年頃だ。
板東さんは踊り子二人、吟遊詩人二人の、女子生徒ばかりのパーティの女勇者である。パーティ全員ロックバンドのようなヘアスタイルで、彼女の髪型もピンクにボンバーしている。
最初は僕がかけてもらう方になる。跪くと、彼女のデリケートなところが丁度目の前にきてしまうので、頭を垂れて目も閉じる。本心には反しているが、上手に嘘をつけない人間は、異世界でも生き残れない。
「天にまします我らがミアモール。願わくば情熱の口づけを受け取りたまえ。この憐れな仔羊に痺れるような刺激たっぷりの熱い抱擁が在らせられんことを。テアーモ、テアーモ、激愛、降臨!」
彼女が呪文を唱えると、ホンワカとした暖かな光に包まれた。そんなに情熱的な感じではない。
「お、肩がスッキリしてる」
「何それ、ウケる」
呪文は効果を発揮したようで、肩の痛みがすっかり取れた。
今度は僕の番だ。
板東さんはどこか痛いところがあるのだろうか?彼女は運良くレアモンスターのゴールド小僧を倒して、武器をいいものに買い替えている。腰に下げているのは、革製の鞭だ。
「天にまします我らがミアモール。(恥ずかしいから中略)、激愛、降臨!」
板東さんは、キラキラとした光に包まれた。
良かった。成功かな?
「…、あれ?」
「何?無学君、どしたの?何にも変わったような気しないんだけど」
いや、確かに変わった。変わったことは変わったのだ。彼女からは見えていないだろうけど。
と、そこに王さんがひょっこり現れた。
「アイヤー。板東さん、髪の毛ダメージ受けてたアルな〜。良かたアル。無学君の魔法のお陰で、綺麗なキューティクル戻たアル」
王さんはポケットから手鏡を取り出して、板東さんを映した。
「!!!な、何よ、これ!?」
染髪プラスパーマはよっぽど髪にダメージを与えていたのだろう。
板東さん自慢のボンバーピンクは、すっかり生まれたばかりの艶やかな黒髪に戻っていた。
「ちょっとぉぉ!?何してくれるのよぉぉ〜!!」
「あ、が、がが!」
逆上した板東さんは、両手で僕の首を絞めてきた。
「これ、やるのに5時間もかかったのよぉぉ〜〜〜(泣)!!」
「ぐ!だ、だぢげで!」
「アイヤ〜、無学君、また困てるアル〜!困てる人、かわいいアル〜!」
「……!」
薄れゆく意識の中で、闇野あかりさんがこちらを見ているような、そんな気がした。だが、その事実を確認する前に、この世に夜が訪れてしまった。
「なんだよ、勇者。冴えない顔だな。ま、通常運転だけど」
酷い言われようである。午後2時、いつもの待ち合わせ時間に、ダンジョン入り口でネズミ君は待っていた。
「うん、授業が大変だった」
一応、保健室に行ってダメージは回復させたものの、妙な気持ち悪さが残っていた。
「頼むぜ。今日は大事な試合なんだからよ」
その言葉だけ取り出すと、僕らは爽やかな青春の真っ只中にいるように聞こえる。
「うおっしゃあ!気合い入れていくわよ!」
ここでピーッとホイッスルが鳴って試合開始となれば健全なティーネイジャーなのだが。
「て、鉄子さん、今日は怖いですぅ(泣)」
「ミャ〜ン(涙)」
いつものように少し遅れて到着した女性陣に、ネズミ君も伸ばした出っ歯がしまえなくなってしまった。
鉄子はいつものセーラー服姿ではなかった。
紫の派手派手ガウンに、金の刺繍。
胸に巻いているのは、サラシ。
これは、所謂一つの、特攻服というやつか?
何故か背中には、剛鬼幻堕是という刺繍が入っていたが。
不健全。
極まりない。
「な、なんだよ、それ」
「ビッグマッチ限定、特別コスチュームじゃあ!女には、どうしても引けないときがあんのよ!」
ううう。出来れば30mぐらい離れてほしい。
「首洗って待ってなさい、カバ野郎!」
背後に異様な圧を感じながら、僕らはダンジョンへと降りていった。