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日本人は気を遣い、首筋は熱い

「や、やっぱり、この学園の人じゃないんですかねぇ」

 妙子はいつの間にかお腹いっぱいになったていたのか、とっくの昔にサンドウィッチを運ぶ手が止まっていた。そういや今日は彼女が食べたのを見た記憶もないが、女の子というのは一体いつご飯を食べているのだろう?

「だとしたら、何者なのよ」

 オカルト系の予感に、鉄子が眉をひそめる。

「い、異世界人とか」

 異世界人、という言葉が耳に入ってきて、ドキッとさせられる。さっき僕も同じことを考えていた。

「やだぁ、妙ちゃん。そういうこと言わないでよ」

 ブルブルと鉄子は両腕をさする仕草をした。

「ま、同じ学園にいるんだから、どっかでまた会うかも知れん。会わなくても、マルクス寺院ってのに行けば分かることだしな」

「別に関わらなくたっていいんでしょ?あたし、ややこしいのは嫌いだわ。あ〜、ややこし過ぎてお腹空いちゃった。追加でアンチョビうぐいすターキートースト頼んでこよっと」

 鉄子は席を立って、ややこしい食券を買いに行った。サンドウィッチはまだ残っているけど。

「関わらなくてもいいっちゃいいけど。な〜んか気になるんだよな。ま、今度親父にも聞いてみるか」

 と言って、ネズミ君はコップの水をぐいと飲み干した。サンドウィッチは残っているけど、もう食べないのだろうか。彼のご両親はファンタジア学園のOBである。

 僕は残りのサンドウィッチを全て平らげた。

 どういう思惑だったんだろう。日本人的な遠慮の精神なのか、遠回しに僕に食べさせるつもりだったのか。

 鉄子が帰ってきてから、今後の探索の方針を決めた。

 マルクス寺院については不明な点も多々あるが、当面の僕たちの冒険には直接関係がない。

 モンスター長屋の探索は継続することとし、まだ開けていない残りの部屋を、順番に開けていくことに決まった。

 鉄子はヒポポタマスを倒せなかったのが相当悔しかったようで、彼女との再戦を熱望したが、今すぐもう一度戦ってもおそらく返り討ちに遭うだろうということで、先に他の部屋を開けることにした。別のモンスターと戦って腕を磨いてから再挑戦しようという腹積もりである。

 だが別の敵がヒポポタマスよりも強かったり、エレキコケシのように厄介な相手だったりする可能性もある。

 そこでスケルトンの向かいの部屋から開けることにして、もし勝てないようだったら、すぐにスケルトンの部屋に逃げ込もうという作戦を立てた。

 そういやそろそろ大型連休も近付いている。

 世間ではゴールデンウィークだが、学園は四月第四週が終わった後の調整日から五月第一週が終わるまでが休みになる。先生たちや学園のスタッフだって、世間が休みのときに働くのは辛かろう。彼らにだって、それぞれに生活があり、ワークライフバランスがある。

 四月中にモンスター長屋の探索が完了するといいね、なんてことを言い合って、その日はお開きとなった。


 次の日から、僕らは作戦の実行に取り掛かった。ザビエル暦四月第三週三日目である。

 先ずはスケルトンの向かいの部屋から襲撃開始である。

 ここにいたのは異世界では最もポピュラーなモンスター、と僕が勘違いしてしまった生物だった。

「ざけんじゃないわよ、このタコ!」

 いつものように意味不明な啖呵を切って、威勢良く飛び込んでいった鉄子のあとに続いた僕の首筋に、冷んやりとしたものが落ちてきたのだ。

 その日の午前中、異世界生物学で学習した内容が僕の脳細胞の中を駆け巡った。


 学生諸君の中には、ゲームや小説によって異世界の知識を得ている者もいるかもしれない。時にそれは実際の異世界を攻略する強力なよすがとなってくれるだろう。

 しかし、中には現実が空想と大きく異なっていることもある。その代表格が、冒険者なら一度はダンジョンで出会ったことのあるという、スライムだ。

 通常ゲームでは最弱の部類に属するこのモンスターは、実際に戦うとなると非常に手強い相手である。

 彼らはダンジョンの壁や天井に貼り付き、冒険者が通るのをじっと待ち構えている。そうして何も知らずに通り過ぎようとした者の首筋目掛けて落ちてくるのだ。

 その体から放出される消化液は何でも溶かし、憐れな犠牲者を自らの一部にしてしまう。

 不定形なアメーバ状、液体とも固体ともつかぬ粘液性の体は、剣や槍による物理攻撃を受け付けない。

 有効なのは、火属性の魔法による攻撃か、あるいは松明などの火で燃やしてやるとよい。

 それらの手段を持ち合わせていないのならば、決して戦おうとしないこと。もし君がこれからの人生をスライムの一部として過ごすつもりであるなら別であるが。


 なんて教科書に書いてあったものだから、すわ、スライムか、とパニックに陥ってしまった。

「あ、わわわわわわ!た、助けて!!」

「うざいわね、このタコ!」

 前方では鉄子が既に戦闘に入っていた。

 何匹ものスライムが竹竿に巻き付いている。彼女の肩にも頭にも、ベットリと貼り付いていた。

 遅かったか!あれでは助からない。

「ネ、ネズミ君!スライム取って!ひいぃ!」

「落ち着け勇者!蛸だ、蛸!」

 ネズミ君にまで鉄子の口調が移っている。

「い、痛てててて!あ、アチッ!」

 ベリッという音がして、首筋に火傷するような痛みが走った。クソッ、スライムに噛み付かれたか。

 すぐにスライム化が始まるに違いない。嗚呼、僕はこんなところで一生スライムとして生きて行かねばならないのか。

「ダアー!離れろ、この蛸!」

 なぜかネズミ君は蛸と格闘していた。手に巻き付いたそれをブンブンと振り落そうとしている。

「勇者、魔法でこいつを焼いてくれ!」

 魔法か。そういや、僕には火の玉魔法があった。蛸は魔法で焼いてしまえば…、うん?蛸?

 あ、そういや、首回りが軽いな。ネズミ君、スライムを剥がすのに成功したのか?そのスライムは今どこに。あれ?ネズミ君はスライムを触っても平気だったのかな?

「勇者、早くしてくれ!」

「あ、うん」

 何にせよ、魔法で攻撃することだ。僕はフラメンコポーズを取ると、恥ずかしい呪文を唱えた。

「熱いハートの目を覚ます、火傷するよな一目惚れ。砂漠の海の熱帯夜、堕ちた太陽燃え上がれ。フエゴ!フエゴ!バモスフエゴ!出でよ、火の玉!」

 左の手の平の上5cmのところに、野球ボール大の火の玉がボウッと出現した。

 ネズミ君は手に巻き付いた蛸を炎に近付ける。

 すぐに、ジュウウッと縮んで、足が丸まってコロンと取れた。床には真っ赤になった蛸が転がっていた。

 茹で蛸?いや、焼き蛸か。

「勘違いするな、スライムじゃない。こいつは陸蛸りくだこっていって、蛸のモンスターだ」

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