勇者は困っていて、先達に賢者はいない
「なんにせよ、俺、ちょっと調べてみるわ。悪いけど、明日はダンジョンに入るの休みにしてくれ」
と、ネズミ君は言い残して、その日は解散ということになった。
マルクス寺院か。
生徒たちの自主的な互助会。生徒会みたいなものかな?
ザビエル大聖堂、ねぇ。ほんっと、ザビエル好きの学園長だこと。
僕は自室のベッドに寝転びながら、さっき校舎のエントランスから貰ってきた、学園のパンフレットを眺めていた。
さっきも見たけど、祭壇のようなものを写した写真が小さく載っている。接近して撮っているため、その周りの様子は分からない。キャプションには、ダンジョンの地下六階に聖者ザビエルを祀った施設がある、ということだけが小さく書かれてあった。
ふうん、と見落としてしまいそうだが、よく考えたら、どうしてそんなものがダンジョンにあるのか。この学園が宗教団体が運営しているようなものだとすれば、目立つところに教会を作りそうなものだ。でも今まで見たところ、この学園にそれほど宗教色はない。
う〜ん、わからぬ。まだ圧倒的に情報が不足している。とはいえ、謎を解く必要はあるのだろうか?結局のところは、人は人で自分は自分ではないだろうか。学園に事情はあるだろうけど、僕は僕に必要なものだけ利用出来ればいいのではないか。
生徒の中にはマルクス寺院の会員になって、戦闘せずにゴールドを集めている者もいるのだろうけど、僕らは鉄子が希望するように地道に戦っていけばよいのだから。
それに会員になったらなったで、いいことだけとも思えない。おそらく獲得したゴールドの中から、何割かは差し出さなくてはいけないのだろう。うまいばかりの話なんて、この世にも異世界にもないのだ。
そんなことを色々と考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。疲れてたんだろうなぁ。
翌日はザビエル暦四月第三週二日目の朝、いつものように朝食にパンの耳を齧る。購買部で買った安いやつだ。ノブさんの酒場は朝営業もしてるから、希望する生徒は学食でも食べられるけど、僕は朝はいつもパンの耳で済ませている。節約ということもあるが、朝から他人に会う気はしない。大事な朝は引きこもりから始まる。まさに引きこもり健康法だ。
教室に行って王さんに会う。僕は彼女にマルクス寺院のことを聞いてみた。王さんのパーティには上級生の人が多いから、何か知ってることがあるかもしれないと思ったのだ。
「マルクス寺院、アルか?初耳アルな。今、無学君から聞いた限りでは、それはダンジョンでうまくやているようアルな。ワタシ、困てる人見ると応援したくなるけど、うまくやている人には興味ないアル」
ハァ。王さんもなかなか特殊な趣味の持ち主だな。
「困てる人程かわいいアル。でも一応、賀茂野さんに聞いてみるアルよ」
賀茂野さんとは、元伝説の引きこもりと呼ばれていた生徒である。先日、僧侶科の二年生に復帰し、王さんのパーティに加入したが、長いことダンジョンに引きこもっていたお陰で、歳は既に二十歳を超えている。
「うん、ありがとう。賀茂野さんなら何か知ってるかもしれないね」
「無問題アル。無学君はいつも何かしら困てるオーラビシバシ出てるアル。とてもかわいいアル」
は、はぁ。そうなんだ。なんか、照れるような複雑なような、嬉しいような困るような。
喜んでいいんだろうか?人付き合いに免疫がないから、どう反応していいのか混乱する。
そのとき授業開始のチャイムが鳴ったので、うまい具合に状況から逃れることが出来た。そのまままごついていたら、例の加油加油アルをやられていただろう。
急いで席につこうとして、僕の前の席の闇野あかりさんがこちらを見ているのに気付いた。一瞬、目が合ったが、彼女は視線を外してすぐに前を向いた。
何だろう?ま、偶然だろうけど。この子もかわいいけど得体が知れない。
その日は課外活動(ダンジョンの探索のことだ)が休みになり、いいリフレッシュになった。寮に戻る前に購買部に寄って、昼飯のパンを買ってくる。夕食までは部屋でゆっくりしよう。学園生活三週目だが、これで毎週一日ずつ休みがあることになる。毎日潜るより、このくらいが丁度いいかもしれない。
夕方6時近くになって部屋を出た。学生食堂に行くと、みんなはもういつものテーブルに集まっていた。
「遅えよ」
別に集合時間を決めているわけではないのだが、ネズミ君はどんなときもせっかちである。
「ごめんごめん。何か分かったのかな」
「まあ、食いながら話そうぜ」
テーブルの上には、いつかのように大量のサンドウィッチが置いてあった。昼食もパンだったのに、問答無用で夕食もパンになってしまったようだ。まったく、せっかち過ぎる。
「一応、附属の先輩の人に聞いてみたんだけどさ…」
と、躊躇いがちに話を切り出す出っ歯の少年。どうやら芳しくなさそうだな。
「先輩たちの中で知らない人はいなかったぜ。マルクス寺院に関しちゃあな。だがな、みんな一様に言葉を濁すんだよ。お前も地下六階まで行けば分かる、みたいなこと言うんだけどさ」
「学園の施設に事務局があるぐらいだから、生徒たちが知っていてもおかしくはないね」
「その先輩たちは会員なのかしら?マルクス寺院の」
鉄子は今日はホットドッグに小倉トーストという取り合わせである。良くは分からないが、彼女なりの食事に対する哲学があるらしい。
「それが、言わないんだよなぁ」
「どうしてだろう?学園非公認の互助会だから?」
「だとしたって、かわいい後輩には言ったっていいんじゃないか?互助会の仲間を増やす意味でもさ。俺が学園にチクることもあるまいし」
「かわいい後輩ねぇ…」
と、鉄子はネズミに似た顔を見てしみじみと言った。同じテーブルにいても、その声は届いていないみたいだった。きっと盗賊の耳には、自分に都合のいい音しか聞こえないようなフィルターが入っているのだろう。
「な、なんか、互助会というより秘密の組織みたいですね。特別な儀式とかしないと入れなかったりするんでしょうか?」
妙子が鼈甲眼鏡を輝かす。トイレのゴーストといい、彼女はかわいい顔して都市伝説的なものが好きなようだ。
「地下に潜った秘密の組織か。一体、何が目的だろう。生徒会みたいなものかなとも思ったけど。そういや、この学園の生徒会はどうなってるの?」
と、僕はネズミ君に聞いた。
「うんにゃ、ここにそんなものはないぜ。意外と管理がしっかりしてるんだよ、この学園。異世界のものは、下手すると現実世界に大きく影響を及ぼしてしまう可能性があるだろ。ほら、俺たちが異世界に行くのはいいけど、逆は困るよな。異世界人とかモンスターがその辺を歩いてたりしたら大騒ぎだ。だから学生の意見を反映させるってことは、基本的にはしてないのさ」
そう言われればそうだな。
異世界人、か。
何故だか僕の脳裏には、昨日ダンジョンで僕たちを助けてくれた人の顔が浮かんだ。
まさか…、ね。
「で、もう一つの謎なんだけどさ」
もう一つ?何だっけか。
「あの七三の男な、あいつのこと知ってる人はいなかったぜ」
ああ、そうそう。今その人のことを考えてたじゃないか。しかし、本人のいないところじゃ、もうあいつ呼ばわりか。
「僧侶科の先輩も、魔法使い科の先輩も、そんな奴は知らないってさ。ま、知らばっくれてる可能性もなきにしもあらずだが、あの実力だぜ。ちょっとした有名人になっててもおかしくはないよな。授業サボって賢者科の教室も覗いてみたけど、それらしき顔はなかったな」
今の話から分かることは、ネズミ君の先輩に賢い人はいないということである。




