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知識は追い抜かれ、謎は深まる

「な、なんでえ!これっぽっちかよ!」

 ノブさんの酒場という名前の学生食堂である。

 夕食にはまだ少し時間があったので、一旦、自室に戻って武器を置いてからやって来た。

 そろそろ日が山の端にかかり、課外活動を終えた生徒たちで賑わう時間である。

 決まりではないが、自然とパーティごとに縄張りのようなものがある。僕らが初めて会ったテーブルが僕らの場所だ。そこで、今日の戦利品を改めていた。

 鍵開けの出来ない盗賊は、いつものように秘密兵器のノコギリでギーコギーコと宝箱を切り開け、中身を取り出して嘆息をついた。

 何事かと、他の生徒たちが興味深そうに覗き込んでは、クスクスと含み笑いを残して去っていく。中には、「あいつノコギリで切ってるぜ」と、こちらに聞こえよがしに言う者もある。

 が、人生の途中で羞恥心というものをどこかに忘れてきた盗賊には、滝壺でカゲロウの羽ばたきを聞くが如しである。そもそも羞恥心など、持って生まれてこなかったのかもしれない。

 スケルトンの部屋から頂戴してきた宝箱には、たった三枚の異世界ゴールドコインしか入っていなかった。日本円にして三千円。箱の豪華さと中身は比例しないのだろうか?これなら箱の方がずっと高そうである。

「アイヤー、大胆なことするアルな〜」

 通りすがりに声を掛けてきたのは、同じ勇者科一年のクラスメイト、王援歌おうえんかさんである。中国からの留学生で、戦闘は苦手だけど応援が得意という、タヌキ顔が可愛らしい背の低い女の子だ。小学生みたいな見た目とは裏腹に、なかなか小悪魔的な魅力があり、パーティに上級生の男子を三人も従えている。王さんたちもこれから食事かな?

勿体もたい無いアルな〜。これ、軽井沢彫りアルヨ」

「軽井沢彫り?」

「普通に買たら10万円以上するアルヨ。文化的価値が高いアル」

 僕は生じたばかりの雑な切り口を虚しく眺めた。ついでにヴァンダリズムを犯した盗賊も。

「な、なんだよ。箱があったって飯は食えないら」

「これ、スケルトンの部屋にあたやつアルな」

「うん。意外と入ってないんだね。あのスケルトン、お金持ちかと思った」

結構けこう入てたアルヨな?」

「ゾンビやガーゴイルと同じで、3ゴールドだったよ」

 と言うと、王さんは驚きの表情を見せた。

「オタクもあんまり期待するなよ。地下一階の宝箱なんてそんなものさ。きっと3ゴールドで統一されてんだろ」

 と、附属出身が偉ぶって言う。

「宝箱の中身は一定いていじゃないアルヨ。多かたり少なかたりするアル。そうでなきゃ、多いところに生徒が殺到さとうするアル」

「そうなの?」

「でも、スケルトンの宝箱だたら、普通50ゴールドくらいは入てるアル」

「え、そんなに?」

「ゾンビやガーゴイルも、20ゴールドは入てるアルヨ。無学君たち、よぽどツイてないアルな」

 僕らは一様に顔を見合わせた。心当たり、ある。

「じゃ、ワタシはもう行くアル。注文したちらし寿司が冷めるアル」

 王さんはごった返す学生たちの中に消えていった。

「あの貧乏神、憑いてきてないかしら」

 鉄子がキョロキョロと辺りを見回したが、それらしき男はどこにもいなかった。

 それはそうと、空きっ腹を満たすことにする。それぞれに食券を買い、料理を持ってきて席につく。

 ネズミ君はいつものように謎のハンバーグ唐揚げ定食である。謎というのは、僕にとってはということだが、いつ見ても、どうして一つの鉄板にハンバーグと唐揚げを一緒にしなくてはいけないのか理解に苦しむ。

 鉄子は牛丼と豚丼の二品を頼んでいた。食べ盛りなのは分かるが、なぜその二品なのかは謎である。

 妙子はホワイトソースのオムライスというお洒落なメニューだった。彼女が注文するものはいつもお洒落だが、美少女のイメージを崩さないように人前だけでそうしているのか、医者の家ではそういうものばかり食べているのか、これまた謎である。

 僕は唐揚げうどんにした。うどんに唐揚げを乗せるのは馴染みがないが、静岡ではそれが普通なのか、はたまた僕が世間知らずなだけなのか、やはり謎は深い。

 世界の七不思議が何であるかは知らないが、その内の一つは料理で間違いない。

 ゲンちゃんはテーブルの下でねこでんねんを齧っていた。猫は気楽でいい。

 話題は早速あのことになる。

「ネズミ君は知らないの?その、マルクス寺院のこと」

「う〜ん、マルクス寺院かあ。さっきからなんか引っかかってんだけどなぁ。何だったかなぁ」

 附属中学出身の彼は知識が豊富なことがウリだったが、入学後二週間で留学生に抜かれてしまっている。あまり期待出来ないかもしれない。

「地下六階のザビエル大聖堂とか言ってたね」

「ああ、ダンジョン地下六階にあるっていう学園の施設さ。学園長が尊敬するザビエルを祀っていてな。学園のパンフレットにも出てるぜ」

 そうだったのか。パンフレットなんかあることすら知らなかった。学園長の富士見不死男ふじみふじお先生はザビエルのそっくりさんである。

「じゃあ、マルクス寺院もパンフレットに載ってる?」

「わ、私、パンフレット持ってます」

 妙子が大きなトートバックをゴソゴソやって、中からヨレヨレになった薄い冊子を取り出した。

 頭を寄せ合ってそれを覗き込む僕たち。何でこんなもの持ち歩いてたんだろう。七不思議の二番目は女性のバッグだ。

「多分これは、ザビエルを祀っているという祭壇だな」

 そこにある写真を見ながらネズミ君が説明してくれたが、僕たちの知りたい情報はなかった。

「マルクス寺院のことはどこにも触れてないね」

「学園非公認の互助会って言ってたよな。だからじゃないか?そもそも学園は知ってんのかな」

「でもそこに事務局を置いているって。ここは学園の重要施設なんだよね?」

「学園のスタッフが常駐しているわけじゃないだろうし」

 僕とネズミ君がああだこうだ言っていると、鉄子が割って入ってきた。

「ややこしいわね。そこの会員になるとなんて言ってたかしら」

「協力的なモンスターからは戦闘しなくても宝箱が貰えるんだって。どうやらあのヒポポタマスは協力的みたいだね。モンスターにとっても生徒たちと戦わずに済むし、宝箱は勝手に復活するから、あげちゃっても平気なのかな」

「戦闘がないのは寂しいわねぇ」

 鉄子にとっては戦闘こそ青春なのだ。

「でもスケルトンは非協力的みたいだったね。それと貧乏神も」

 小さな宝箱を必死で取り返そうとする貧乏神の姿を思い出した。どうせほとんど入ってないだろうけど、彼にとってお金を人に渡すのは死ぬ程嫌なんだろうな。

「あの人はマルクス寺院の幹部とかそういう人なんだろうか」

「三年生かしら?もっと上のようにも見えたわね」

「何科かも気になるしな」

 ご飯とハンバーグを食べ終えたネズミ君は顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた。大きな唐揚げがまだ丸々残っている。おかずはハンバーグだけで十分なんだから、そりゃあそうなる。

「スケルトンをバラバラにしたようなのは、僧侶なら使える。けど、エレキコケシを倒した魔法が分からんな」

 僕はあの人のバッジを見落としてしまった。強烈な印象を残す人だった。お洒落な七三、学園の制服、キリリとしているが、爬虫類を思わせるような顔。鮮明に覚えているが、どうしてもバッジだけは思い出せない。

 いや、待てよ。もしかして。

「バッジは付けてなかったんじゃないのかな」

「いちいち取り外したりするか?面倒臭い」

「何のためにそんなことするのか意味がないわね」

「も、もしかして、最初から持ってなかったんじゃないですかね」

 それまで黙っていた妙子が口を開いた。幻獣は既にお腹いっぱいになり、彼女の膝の上で目をトロンとさせていた。

「こ、この学園の人じゃないとか」

 ネズミ君は神妙な顔で唐揚げを箸で突き刺し、じぃっと眺めてから、大きな口を開けて一口で食べた。僕ならあれでご飯三杯はいけるなぁ。

 ファア〜、とゲンちゃんの欠伸が出た。そろそろ今日はお開きにするか。

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