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鼠は蛇に睨まれ、苦沙味は止まらない

「きゃあ!スケさん!!」

「うわ!」

「嘘!?」

「あ、あぴゃひゃ!ぅひぃえ!」

 僕らは一様に驚いたが、一番意味不明な雄叫びを上げたのはネズミ君である。情け無い叫び声コンテストで彼に敵う者はいない。

 しかし、その方がかえって現実性リアリティがあるとも言える。急な叫びというのは、もっと原始的プリミティブなものなのだ。ギョエーも、ドヒャーも、ぷふい、も社会化ソフィスティケイトされ、言語化バーバリゼイションされてしまったあとの表現なのだ。

「おや?これは驚きましたね。中に誰かいるようです」

 そう言って、謎の人物が部屋の中に向かって手をかざすと、光が入ってきた。パアッと人工的な明るさに包まれる。

「君たち新入生ですね。モンスターは僕が退治しましたから、ご安心ください。この様子だと、出口を塞がれて閉じ込められていたようですね」

 バリケード越しに見るその人物は、どうやらファンタジア学園の制服を着ているようだった。僕らを新入生と呼ぶところから見ると、上級生か?

「あ、ああ、あ。い、いや、助かったぜ。あ、た、助かりました。でも、スケルトンまで倒す必要はなかったっす。あいつ、オトモダチ・モンスターだったんで。俺たち、エレキコケシから逃げてて、それでバリケードしてたんす」

 落ち着きを取り戻したネズミ君が、相手を見ながら言葉を選ぶ。ぎこちないが、一応、敬語を使うということは、彼もまた、この人のことを上級生だと見なしたのか。でもそれなら、どうしてこの人は僕らに敬語を使うのだろう。

「ほう、そうですか。それはそれは。そういうことでしたら、このバリケードを退けてもらえませんかね」

「お、おお。あ、はい」

 たまたま通りがかった上級生が助けてくれたと考えていいのかな?オトモダチ・モンスターだと知らずにスケルトンを倒してしまったということで。

 僕らはソファーをどかして、入り口を開けた。

 いつも肉体労働しないのに、小市民的性格のネズミ君はまるで蛇に睨まれた蛙のように従順になり、テキパキと率先して手伝ってくれた。

 単に上級生というだけでなく、なんだかこの人、有無を言わせぬ威圧的なオーラがある。

 さっきのスケルトンを倒した魔法を見ても分かるように、相当手練れの冒険者であることは明らかなのだが、それ以上に、得体の知れない不気味さというか、なんか、人間離れした冷たさというか、逆らえない雰囲気があった。

 バリケードが全部取り除かれると、謎の人物の全貌が明らかになった。着ているものはやはり学園の制服だ。僕やネズミ君が着ているのに比べれば、相当くたびれてはいたが、同じブルーのブレザーにグレーのグレンチェックのスラックスだ。

 くっきりとした逆ハの字型の眉毛に強い目力、キリリとした端正な顔立ち。両サイドを刈り上げた短めの髪を七三に分けていた。俳優でもやれそうなマスクだが、やはり冷たいと言うか、目が鋭くて、まるで爬虫類のような印象を受ける。

「君たち、怪我はありませんでしたか」

 丁寧だけど、その声色には、裏で何か企んでいるかのような含みがあった。

 男はゆっくりと部屋の中を見回しながら、入ってきた。いや、見回されたのは、部屋ではなく、僕たちか。

「一年生パーティですか。君がリーダーかな」

 と、その人はネズミ君を見て行った。

「いえ、勇者はコイツっす」

 案の定、状況がややこしそうなときだけ、僕がリーダーになる。ネズミ君は、火のついたダイナマイトを持っていたら、迷わず隣にいる僕に渡しそうなタイプだ。

「ほう、勇者ですか」

 男は値踏みするように僕の全身を見回した。

 う。なんか、背筋がゾクッとする。寒気を感じ、「へっくし!」と、クシャミをした。僕ではない。男が、である。

「助けて頂いてありがとうございました。さっき盗賊が言ったように、エレキコケシに困っていたんです。上級生の方が来てくださらなかったら、夜まで出られないところでした」

「うむ。へっくし!失礼。新入生があまり無理をしないようにしなさい。地下一階と言えど、モンスターは手強いのですから」

「ええ。ヒポポタマスにも手こずりました」

「あれと戦いましたか。倒せなかったでしょう」

「ええ」

「さっき行ったら、ピンピンしていましたからね」

 そうなのか。どうやら僕らがスケルトンの部屋にこもっている間に、この人が倒したようだな。しかし、なんでまたそんな強い人が地下一階なんかをうろついているのか。

「あ、あのカバ倒してくれたんすか。と、当然、宝箱も取っちゃいましたよね?へへへ」

 と、僕が聞きたかったことではないけれど、聞きにくいことをネズミ君が口走ってくれた。

 すると男は、ネズミ君を見て、アハハ、と笑って、クシャミも一つした。

「僕は倒していませんから、もう一度戦いたかったら、また行ってごらんなさい。でも宝箱は期待しても無駄です。僕が頂いてしまいましたから」

「え、そうなんすか。宝箱だけ。そんなこと出来るんすね」

 ネズミ君が言うと、男はニヤリと笑った。

 いや、もしかして爽やかに笑ったつもりだったのかもしれない。でも僕には、蛇が獲物を見つけて舌舐めずりしたような、そんな笑い顔に見えた。

「君たちも出来ますよ。マルクス寺院の会員になれば」

「マルクス寺院?っすか?」

「まだ聞いたことありませんか。学園生活には先立つものが必要でしょう、へっくし!でもいちいちモンスターを倒していては、へっくし!大変ですよね。学生の目的はあくまで異世界に行くことです。こんなダンジョンなんかで、へっくし、へっくし!足止めを食っていては、へっくし!生活費ばかりがかかってしまいます。失礼」

 話の途中で男はポケットからハンカチを取り出して、ズズズッと鼻をかんだ。帰国子女か?普通そこはティッシュだろう。花粉症の季節だけど、ダンジョン内まで花粉が飛んでくるのかな。

「マルクス寺院というのは、いわば学生たちの自主的な互助会です。学園非公認ではありますが、地下六階のザビエル大聖堂に事務所を置いています。モンスターにとっても、へっくし!毎回学生と戦うというのは、へっくし!負担になるわけで、へっくし!失礼。協力を頂いているモンスターなら、へっくし!宝箱さえ頂ければ、へっくし!失礼、なんだ、この部屋は」

 あれあれ。かわいそうに。もう鼻水グジュグジュ、涙も滲んで、目が真っ赤だ。僕は花粉症ないから分からないけど、敏感な人は敏感なんだよね。

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