料理は鉄鍋、こけしは震える
幸の薄いモンスターの同情ばかりもしていられない。戦闘開始である。強い敵には先制攻撃。これ鉄則。
「うりゃあ!」
カン!
裂帛の気合いを込めてナマケモノの剣を振り下ろす。だが、ヒポポタマスはいとも簡単にフライパンで受け止めた。
ムム、いい音立てるな。さてはそのフライパン、南部鉄器か。並の剣では歯が立たぬ。金属素材は多々あれど、料理には結局、鉄が一番なのだ。
「一昨日来んしゃい!」
いつも言葉と状況が微妙にずれている鉄子だが、気合い十分。しかし、思い切り打ち下ろした竹竿の一撃も、コン!と軽く受け止められた。
「まだまだよ!」
鉄子は怯まず、連続攻撃を繰り出す。上段、中段、袈裟、裏袈裟。だが突いても払っても切り上げても、全てコンッ、コンッ、コココンッ!と、余裕を持って受け止められてしまった。
なんというフライパン捌き。しかも彼女は、それを子供を負んぶしたまま行なっているのだ。
くっ!強いな。しまった、位置取りが悪いぜ。
出口に通じる方を背にして戦うべきだったけど、逆になっている。貧乏神となんやかんややっていたものだから、貧乏クジを引いてしまったようだ。これでは彼女を倒すしか生き延びる道はない。
僕も鉄子に加勢をして、オ、レ!と、マタドール先生直伝、オレ流をお見舞いする。しかし腰の入った一撃も、またしてもカン!と受け止められた。
コココッココン!カン!コココッココ!カン!コン、ココッ!カン!
鉄子の素早い竹竿さばきに、僕の重いナマケモノ剣法。
ヒポポタマスは汗一つかかずに、小手先を動かすだけで全ての攻撃を受け止めた。まるでドミニカンのショートストップ並みのハンドリングと腕力である。
受け止めながら、モンスターはゆっくりと前に出て来る。攻撃しているようで、僕らはジリジリと後退させられていた。
くそ、これじゃ益々出口から遠ざかってしまうぞ!
「ハァ、ハァ。やるわね、このカバ」
鉄子も息が上がってきた。パワーが違い過ぎる。攻撃しているこっちが疲れる。ヤバい、何か方法はないか。
必死に打開策を見出そうとしていると、ガチャッと、右の扉が中から押されて開いた。
扉?しまった。いつの間にか隣の部屋の扉の向こうにまで押されてしまっていたのか!
中から出てきたのは、ヒポポタマスと同じような、ヒポポタマス。今度のは縦縞のパジャマを着て、サンタクロースみたいなナイトキャップを被っている。お昼寝中でした?
フワああぁっと、大きく欠伸をして、眠そうに目を擦った。カンカンやってたから起こしちゃったのか。
「あおえうあ!いおい!あうあお!」
エプロンのヒポポタマスが、パジャマに対して何やら喚き立てた。
「うあ?えいう、あおいおえああ」
と、パジャマは間延びした声でのんびりと返事をする。今度の言語は母音だけか。
「あお!うおあ!えいあ!」
「うぃい。え、おぉあえぁ」
おそらくエプロンが何か不満を漏らしているのだが、パジャマがそれを宥めているような。ヒステリックなエプロンと、レイジーなパジャマと。二人は夫婦なんだろうか?
ヒポポタマスたちは、しばらくあいうえおで会話をしていたが、やがて話が終わったのか、エプロンの方が、用が済んだとばかりに急に帰っていった。
「おあ!おあ!いあうあ!」
と最後に言って、バタンとドアを閉じて部屋に消えた。
あ、あれ?帰っちゃったの?僕ら助かったのかな?
パジャマの方は、よかろう、よかろう、というように、僕らに向かって手をヒラヒラさせながら、通路を横断していった。
そして向かいの部屋の扉の前まで来ると、おもむろに大きく開け放った。自分は大きな欠伸をしながら元の部屋まで戻り、バタンと扉を閉めて中に入った。そのままウンともスンとも言わない。
「な、なんだ?カバたち、帰ったのか?」
敵がいなくなれば、ネズミが出てくる。
チリチリチリチリ、チリチリチリチリ。
チリチリチリチリ、チリチリチリチリ。
しかしまだ安全ではないようだ。何やら今度は怪しい音が。今扉が開いた、左手の部屋の中からする。
チリチリチリチリ、ヴィーン、ンン、ン。
ヴィリ、ビリ、ヴィヴィヴィヴィヴィ。ビビビビビビビ…。
部屋の中を覗くと、暗闇でチリチリと青白い光が走るのが見えた。ネズミ君がランプの光を当てると、そこには異様な光景が。
「何よ、これ」
鉄子も呆気に取られて、ポカンと口を開けてそれを眺めた。
部屋いっぱいに、膝丈ぐらいの何かがぎっしりと詰まっていた。一見するとボウリングのピンみたいだが、それよりも寸胴で、キノコみたいな球形の頭が付いていた。顔は無表情な細い目におちょぼ口。江戸時代の子供みたいな髪型である。これは、こけしか?
こけしはチリチリと青白い光を放って、放電していた。それが、ワラワラと出てきたかと思うと、見る見るうちに通路を埋め尽くしてしまった。足がないように見えるけど、ブルブル震えることによって動けるようだ。
「わっ、わっ!エレキコケシだ、こいつら」
で、電動、いや、エレキコケシだって?姿形は所謂こけしだ。東北地方の民芸品の、こけしだ。少し大きめだけど、まさしくこけしだ。それに電気を通すと動き出すのだろうか。
「気を付けろよ!こいつらスケアクロウと違って、生き物だ。倒すのは簡単じゃねえ!」
スケアクロウというのは、案山子のゴーレムだ。先週、ダンジョンの南東エリアを攻略しているときに出会ったモンスターだけど、案山子は元々戦闘用に作られてるわけじゃないから、倒すのは簡単だった。
こっちは生き物か。そうは言っても、僕は舐めてかかっていた。こけしが強いはずはない。
テニスラケットで低めの球をすくい上げるようにして、剣をスイングした。その結果。
「アギャパーーー!!!」
ビリビリと強い電気ショックが全身を駆け抜ける。伝統と革新が入り混じったような悲鳴を上げて、僕は床に倒れ臥すこととなった。
「きゃあ!」
「ゆ、勇者!大丈夫か!?」
「勇者さん!?コノォ、コケシ野郎!!」
鉄子が竹竿をブンッ、ブンッと振り回して、次から次へとエレキコケシをなぎ倒しまくる。
カンッと、木と木がぶつかる乾いた音がして、ボウリングのピンのように飛ばされたコケシは、ドミノ倒しで連鎖的に他のコケシを倒した。だが、すぐに起き上がって、ブルブル震えながらまたこっちに向かってくる。
「くぅ〜、不覚!」
「おい勇者、大丈夫かよ」
僕の指先はまだビリビリしていた。なんてこったい、このナマケモノの剣は切れ味が悪い割に導電性に優れている!