美少女は悲しく、勇者たちは閉じ込められている
バリッ、ボリッ、バリッ、ボリッ…。
バリッ、ボリッ、バリッ、ボリッ…。
「す、凄いですねぇ!そ、尊敬しちゃいますよぉ」
悲しい美少女が接待に駆り出されている。
男女同権とは言うものの、そこに生物学的な違いがあり、男から女への恋愛感情がある限り、役割の違いというものがある。
仮にこの世からセックス(生物学的性別)が消滅しても、ジェンダー(社会的性別)は残るだろう。
男女同権と言うなら、ウグイス男子が野太い声で「四番サード長嶋」とコールしたって構わない。ラウンドボーイがブーメランパンツでリングを回ったって構わない。F1のレースにハイレグのレースキングがいたって構わない。それこそジェンダーが消滅した社会だが、そんな社会は来ないのだ。社会からジェンダーがなくなることはない。それが真実だ。
とりわけ美少女であればあるほど、宿命的にジェンダーを引き受けねばならない。
「す、凄ーい、おじいちゃん!あ、おじいちゃんじゃないかな?おじさん?もしかしてお兄さん?年齢不詳ですよねぇ。いくつかなー、なんて。わ、私には無理ですよぉ。ほんっと、綺麗な歯ですよねぇ。歯磨き粉何使ってるんですか!?」
ここは銀座でも六本木でもない。ダンジョンの中である。
状況を説明すると、僕らは富士山の麓にある、私立ファンタジア学園のダンジョン地下一階、モンスター長屋と呼ばれるエリアの一角にいる。
僕は無学勇者。東京は大田区の出身。私立ファンタジア学園勇者科の一年生である。勇者は本名である。どうしてそんな名前かというと、そこには聞くも涙、語るも涙の悲しい物語があるのだが、それはこの物語の第1部を参照して頂くことにして、この私立ファンタジア学園というのは、世界で唯一、異世界を救う冒険者を養成する為の全寮制の高校である。
しかし、腕が未熟なまま異世界に行ったところで、大魔王に返り討ちに合うことは目に見えているため、学園の生徒たちは、まず学園の裏庭にある、地下六階建てのダンジョンを攻略してからでないと、異世界には行けない仕組みになっている。
このダンジョンでは、魔法によって異世界と同じ物理法則が働いている。だからスマホのような文明の利器は使えない。その代わり、魔法を覚えた生徒ならば、先生の監督なしに魔法を使うことができるのだ。
僕も火の玉を出現させる魔法を使うことが出来る。それを飛ばすことは出来ないが。
僕はこの4月に学園に入学したばかりである。といっても、今もまだ4月である。入学式の日から、たったの二週間しか経っていない。今日は三週目の初めの日。ザビエル暦四月第三週一日目だ。
ザビエル暦というのは、学園が運営のために便宜的に使っているカレンダーのことだ。一月は四週間+調整日。一週は活動日五日+休養日二日に分けられる。年の表示はなく、四週間が終わった後、休日を設けて太陽暦とのずれを調整する。曜日の観念はなく、日付はザビエル暦何月第何週何日目と表記する。
中には一人で冒険をする強者もいるが、大抵の生徒はパーティを組み、ダンジョンの攻略に勤しむ。僕も早速パーティを組んで、着々とダンジョンの攻略を進めてきた。
これまでに地下一階の南東エリア全てと、西側の殆どのエリアの攻略を終えた。地下一階であと残っているのは、ダンジョン北東の、賀茂野さんという伝説の引きこもり生徒が居住していた部屋の南側のエリア、北西にある大広間の南西に少し残されたエリア、そして今僕らがいる、モンスター長屋と呼ばれる、ダンジョン南西の北側エリアである。
ちなみにこのダンジョンは、15m四方を1ブロックとして、東西南北に21ブロックずつ、全体で一辺315mの正方形に造られている。天井の高さは5mである。
地下一階南西エリアの一番南は、入り口と地下四階まで一気に行けるエレベーターへとを繋ぐ通路が、東西に走っている。その北側は最終的にゾンビの部屋へと続く、ジグザグの回廊だ。その北にはトイレとスポーツジムがある。ジム南側の通路を真っ直ぐ西に行けば、突き当たりの扉を開けて、出たところの北の扉が、ちんぶり商店ダンジョン支店の四つあるうちの南西の扉である。ちんぶり商店というのは、学園の購買部のことだ。その支店がダンジョン地下一階中央付近に鎮座している。主にそこに居住するモンスター用として。
そうなのだ。このダンジョンにはトイレにジム、そしてスーパーマーケットまであるのだ(他に小麦畑や釣り堀兼養殖場もある)。
ダンジョンに潜むモンスターたちは、学園の先生たちが異世界から召喚してきて、そこに住まわせているものだ。それ故に彼らの生活を支える施設がどうしても必要になる。従ってダンジョンにスーパーマーケットがあるのは道理である。
そのちんぶり商店の南西扉に入らず、通路を道なりに南に3ブロック分行き、西に曲がると、モンスター長屋と呼ばれる場所に出る。
その名の通り、モンスターが集合して居住している長屋で、真ん中の通路を挟んで、北と南にそれぞれ五部屋ずつ玄室が並んでいる。
全ての扉を開ければ、計10回の戦闘が必要になるという超危険エリアであるが、まだ地下一階ということでそれほどモンスターも強くなく、僕らのような新入生ばかりの駆け出しパーティにとっては、格好の腕試しの場所である。
その一室に、僕らはいた。状況を正しく表現するならば、閉じ込められている。
「フーッ。諦めの悪い奴らだなー」
扉の前で向こう側の様子を探っている、手足の長いヒョロっとした少年は、僕のパーティのメンバーの一人、盗賊科一年のネズミ君である。
本名は盗見栄一郎というのだが、顔がネズミに似ているため、ネズミ君と呼んでいる。
一見、やさぐれてはいるが、こう見えて附属中学の出身、地元静岡のお茶農家の跡取り息子である。
その証拠に、坊っちゃん刈りのようなサラサラの茶髪は、ツーブロックが入っていたりして凝っているし、履いているスニーカーも綺麗である。
高校から盗賊を始めた奴と違って、盗賊のスキルは身についているという話だったが、今のところ鍵開けに成功した試しがない。
ダンジョンで見つけた宝箱は、エコバッグに入れて持ち帰るのである。今日も、さっきゲットした宝箱を一つ、既にエコバッグに入れている。
盗賊科の初期装備は十徳ナイフだが、附属出身の彼は洗礼の短刀という、アンデッドモンスターに強い聖なる武器を持っている。が、その白刃が煌めくことはない。パーティでランプを持っているのは彼だけなので、戦闘では照明係として後方から照らす役割なのだ。
要するに、盗賊のスキルもなければ戦闘でも役に立たないのであるが、附属出身ということで他のメンバーよりも知識があるため、実質的なパーティのリーダーである。
「いかんせん、多勢に無勢よね」
玄室内にあったソファーを、扉の前にバリケードのようにして積み上げていたセーラー服の少女が、やれやれといったように床にへたり込んだ。
私立ファンタジア学園の制服は、男子生徒は青のブレザーに紺のレジメンタルタイ。ミディアムグレーのグレンチェックのスラックスには、上着と同色の青い糸が織り込まれている。
女子生徒は、えんじのブレザーに緑のリボン、ミディアムグレーのタータンチェックのスカート。やはりこちらも上着と同色の糸が織り込まれていて、統一感がある。
それに各々の専攻を識別できるようなバッジを胸に付ける。例えば、僕は勇者科の盾のバッジ、ネズミ君は盗賊科の手袋のバッジというように。
この少女が付けているのは戦士科の棍棒のバッジなのだが、着ているのは紺のセーラー服に赤いリボン。しかも床を擦るようなロングスカートである。まるで昭和の世界から抜け出してきたかのような女番長だ。長い黒髪にソバージュをかけている。
彼女は破壊鉄子という。自称福岡の田舎の出身だが、話を綜合してみると、どうやら県境を越えて佐賀までいっているらしい。
女子プロレスラーを目指していたが、アイドルのような子がチヤホヤされる今の女子プロレス界の現状よりは、異世界で一旗上げようと、この学園に入ってきた。とはいえ、彼女自身、美人と言って差し支えない。
表向きの理由はそういうことだが、母子家庭だということも関係しているようである。私立ファンタジア学園の経営は、異世界からぶんどってきた黄金や父兄からの寄付金によって成り立っており、学費が無料なのだ。一応、異世界のものは現実世界に持ってきてはいけないことになっているのだが、この点は不明である。
パーティの中で最も好戦的な人物であり、戦闘では戦士科の初期装備の竹竿を振り回して戦う。威力はそれほどでもないが、振る度に青竹のいい香りがして癒される。
一見、乱暴者のようだが、結構面倒見が良くて母性がある。弱点はオバケだ。