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積み上げた過去は虚しく、鼠は行進する

 筏の後方には、一応櫂のようなものが付いていた。みんな乗り込んでから岸を蹴飛ばすと、筏はすいーっと水面を滑っていった。

「よし、大物を釣ってやるぜ」

 意欲満々のネズミ君に対して、女性陣はシラッとしていた。

「まったく、お前らそれでも冒険者か?好奇心はどこに行ったんだよ、好奇心は。好奇心は冒険の基本だぜ」

 ちゃぽんと糸を垂らす。竹竿に糸を付けただけの、原始的な釣り竿だ。

「どうやって釣るのよ、それで」

 鉄子が冷たい目をして言った。

「これだから山育ちはいけねえや。俺たち静岡県民は富士山をリスペクトしつつも、太平洋の荒波とともに生きてきたんだぜ。魚釣りぐらいミルクを飲むより先に覚えらあ」

「へえ、流石ね。だからエサ無しでも釣れるのね」

「あ」

 好奇心とおっちょこちょいは紙一重である。さっきの会話を聞いていなかったのだろうか。

「ふん!いい勉強になったろ。異世界じゃ、ダンジョンに入るのにミミズを忘れるなってことだ!」

 ネズミ君の屁理屈が始まった。

「あ!」

「なんだよ、勇者」

「もしかして、さっきのイナゴ」

 アレは魚釣りの為のエサだったのか。相変わらず親切設計だか意地悪設計だか分からないダンジョンである。

 それはそうと、僕はブレザーを脱いで、シャツを腕まくりした。ランプの明かりで照らし、水面にじっと目を凝らす。黒いものが、数匹泳いでいるのが見えた。

「どうしたよ、勇者」

 ふっふふ。驚くだろうな。

「エイッ」

 バシャッと、おもむろに手を水の中に突っ込んだ。

「ほら、見てよ」

 僕は得意げにみんなに魚を見せた。多摩川でサバイバル能力を磨いてきた僕は、釣り竿なんか使わずとも素手で魚が獲れるのだ。

「わっ、わわわ、わわっ!」

 流石のネズミ君も驚きを禁じ得ない。どうだ、見たか。

「そんな気持ち悪いもん、見せんなよ!」

 手の中でピチピチ跳ねる魚は、人の顔をしていた。

 フーッと、野生に戻りかけたゲンちゃんを豊満な胸に抱き寄せ、その口に妙子はねこでんねんを無理矢理詰め込んだ。

 口に入り切らなかったねこでんねんがバラバラと水面に落ちて、人面魚たちがそれを取り合う。

「いつまで持ってんだよ。早くあっちにやってくれ」

 僕の人生、過去15年間で大切に育ててきた秘技は、虚しさと悲しさと気持ち悪さの中にその一生を終えた。

 かくいう僕もいつまでも手に持っていても気持ち悪い。ほら、あっちにお行き、と水に放すと、そいつは元気良くねこでんねん争奪戦に加わった。

 一つ分かったことがある。人面魚の顔には、それぞれ個性がある。今の奴は、中学一年で同級だった何某という男に似ていた。マット運動が得意なだけが取り柄の、パッとしない男子だった。決してイケメンとは言えない顔の男ではあったが、彼が気持ち悪いと人に言われたことはなかったと思う。

 釣りの可能性が早々と消滅した我々は、その後粛々と水路を行く。その結果分かったことは、人面魚だけでなく、この水路はちんぶり商店で売っているものの養殖場になっているようだということだった。

 商店で見た小っちゃな鹿が、筏にこぼれたねこでんねんを目当てに這い上がってきた。これは水生動物だったのか。

 ヒョイとつまんで水中に戻すと、犬かき(鹿かき?)で、必死に追いかけてきた。

「きゃ、かわいい〜」

 お嬢様もこれは気に入ったようで、ポチャポチャとねこでんねんを水中に投下してやっていた。

 売ってるのを見たときは、気持ち悪いとか言っていたのに。

 まあ、かわいい子がかわいいと言うならかわいいのだ。かわいいの定義はかわいい子が決めるのだ。かわいいは正義なのだ。

 筏は西にしばらく進むと、壁に突き当たり、少し北上して、今度は東へと進路を変えた。またしばらく進んで突き当たり、今度は少し南下して、北側から元の岸辺に戻った。

 全体で言うとここのエリアは、東西8ブロック、南北3ブロックの長方形である。内側はずっと壁が続いていたため、僕らが通った道のりは、ちょうどカタカナのロの字の線の部分に当たる。

 一周何分だか知らないが、無事筏クルーズは終わった。

 アトラクションとしては物足りないが、いやいや、僕らはテーマパークに来ているわけではない。ここはモンスターの胃袋を養う養殖場なのだ。僕らは彼らが生活している場所にお邪魔しているのだから。

 水路エリアを出て元の通路に戻ると、蒟蒻のにおいはなくなっていた。ちょっと戻って見に行ってみたが、壁モンスターも独出ひとりで君もいなかった。独出君、勝てたのかな?

「ま、あいつはあいつのペースでやってんだろ。俺たちは俺たちの冒険を続けようぜ。さあ、あと一つのお宝を見つけるぞ!」

 僕たちの目的は宝探しではない。ダンジョンはあくまで異世界を救うための腕試しをするところであるが、ネズミ君の言うことにも一理はある。生活苦が原因で異世界に行けなかった勇者など、どんな冒険譚にも残ることはない。

 さっき二枚の扉を発見した、通路の一番北へ。そのうちの西側の扉を開けた。

 ここは幅1ブロックの通路が真っ直ぐに続いていた。粛粛として7ブロック分歩いたところで終わり、扉があった。開けてみると。

「あれ?反対側に出ただけか?」

 先頭の盗賊は肩透かしを食らったようになった。ここは真っ直ぐなだけの通路なのだろうか?扉を出た先は南だけ開いていて、右手(北)には、また扉があった。

 おや、左右対称なのか?

「妙子さん、ちょっとマップ見せてくれる?」

 あるアイデアが浮かんで、しげしげとマッピングノートを見つめる。

 ふむふむ。これでこのダンジョン地下一階南東エリアのほとんどを探索し終えた。あと残っているのは、今いる場所と、ワープゾーン出口とちんぶり商店を結ぶ通路に挟まれた、南北3ブロック幅の部分。そこはまだ長方形の形にぽっかりと空いている。

 探索し終えたのは三つのエリア。南から、田の字、ロの形の水路、そして今通って来た、一本の横棒だ。あとまだ通ってない部分もあるが、ただ通路が通じているだけではなかろうか。

 ということは。

「宝箱があるのは、おそらくここ」

 僕は、ワープ出口と商店を繋ぐ通路の東から5ブロック目、向かい合わせに扉があるところの、一つ南を指差した。

「なんで分かるんだよ」

「漢字を間違えなければ」

「漢字?」

 僕らは右手(北)の扉を開けた。

 2ブロック続いて行き止まり、右(東)に折れていた。1ブロック幅の通路を進み、予想通りのところに、北に行ける扉があった。

「反対側は左右対象になっていて、さっき見えていた扉に出る。あとは柱だと思うよ」

 進入出来ない場所はダンジョンの構造上、柱になっている部分である。水路の真ん中、横棒一本道の北側、これらは柱だ。《《不要な部分》》だからだ。

「最初は田んぼの田の字の形になっていた。その北側の水路は、カタカナのロの字、というより、漢字の口だ。その北側は真っ直ぐの通路、即ち、漢数字の一。ということならば、今僕らがいる通路はウ冠の形だ」

 そのウ冠の頂点に相当する部屋の前に僕らはいた。三つ目のお宝を置くなら、ここしかない。

「富士山の富、かよ。くっだらねー!」

 盗賊は大袈裟に嫌な顔をした。

 もうちょい感心してあげようよ。ダンジョンの設計者にも、きっとそれなりの苦労はあるのだから。ジョークのつもりだったのかもしれないし、単にネタ切れだったのかもしれない。あるいは下層までこういうのが続いているのかも。目に見える部分だけに脊髄反射するのではなく、その裏側を感じ取る想像力と共感力が大事なんだ。

 扉を開けると、予想通りに宝箱が。部屋の真ん中にどでーんと置いてあった。今度のはでかい。小型の衣装ケースぐらいある。で、やっぱり床が赤い。

「ウッホッホ、ウキャー!勇者ちゃん、天才!」

 人は喜ぶと何をしでかすか分からない。猿より学習能力の劣るネズミ君は、ヒョイッと宝箱を持ち上げて頭上に掲げた。

 でも、耳を澄ましてみたが、ドスドスいう音は聞こえてこなかった。ということは独出君が倒したのかな?

 なにはともあれ、探索の目的は果たされた。

 その部屋の北側の扉を開けて、僕らはワープ出口と商店を繋ぐ通路に出た。ここは僕と妙子がワープで飛ばされて、豆電球と鏡を頼りに進んだときに見つけたけど、スルーした扉だ。この間確認したように、ここの反対側にも扉があるけど、こっちはまた後日ということにして、その日はちんぶり商店を経由して学園に戻った。

 盗賊は上機嫌で、鼻歌を歌いながら元気良く行進していった。

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