作物は齧られ、騎士は少女の心を傷付ける
「へっ、次行こうぜ、次!今度はブリキのモンスターが出てきたりしてな!」
快勝に気を良くした盗賊は、扉に手をかけて開けた。
珍しいね。自分で開けるんだ。中からモンスター出てきたらどうすんの?
「い、痛て、痛て、てて!」
心配が的中したのか、顔を抑えるネズミ君。
「あ痛っ!」
僕の額にも何かが飛んできた。
石つぶてでも投げられたのか?と、額を抑えると、何やら独特の感触が。
硬いけど、なんか脆い。
ん?見ると、僕が握っていたのは、イナゴだった。イナゴ?
「っ痛った!」
「きゃああ!!」
イナゴは女性陣にも襲いかかった。
扉の向こうに、まるで竜巻のようなイナゴの群れが見えた。中は蛍光灯で照らされたみたいに明るい。
「ネズミ君、閉めて閉めて!」
「おわっぷ!」
バタンと扉を閉め、これ以上のイナゴの侵入を防いだ。
「ひいーーーっ、誰か、取って、取ってくださぁーーい!」
尻餅をついた妙子の胸元に付いているのは、リボンと同系色のイナゴだった。
しょうがないなあ、と、取ってやろうとしたが、僕より先に彼女の最愛の人によって危機は回避された。ゲンちゃんである。
「ひいーーーっ!」
が、卒倒しそうになる飼い主。
「ゲ、ゲンちゃんがイナゴ食べちゃった(涙)」
初めて見る野生の食物連鎖に、お嬢様は顔を青くした。僕もその中にいたってことは内緒にしておこう。
「どうしてイナゴがいるんだろう?」
「分からんが。ちらっと見えた感じでは、大群だったよな」
それに明るかったし。あれはやっぱり魔法の光だよな。植物の栽培でもしてるのか?
「ここと同じサイズの部屋かな?」
「かもな。だとしたら、扉は北側にあるはずだ。中で仕切りがあるとしたら、また別だけど」
僕とネズミ君が攻略の相談をしていると、お嬢様の顔がますます青ざめていった。
「ゆ、勇者さんたち、何考えてるんですかっ。も、戻りましょうよ。あんな中を突っ切っていくのは無理ですよぉ!」
「戻るったってよ、道は塞がれちまってるし。こうやってブレザーを頭に被っていけば平気だって」
妙子はイヤッ、イヤッと頭を振った。ゆるふわパーマの茶髪が揺れ、振り落とされたイナゴが幻獣の胃袋に収まった。
「そうは言ってもお嬢様、俺らに選択肢はなさそうだぜ」
ガサッ、ガサッ、と、さっき倒したばかりのスケアクロウが、動き出そうとしていた。
「こいつらは魔法で操られているだけだからな。復活も早いってわけだ」
折れた竹がくっつき、転がっていた傘が自律した意思を持つ生き物のように動いて、藁の頭に被り直された。
「行くよ。扉を開けたら右側の壁に向かって進む!それで先に行けなければ、そこから左!」
今まで通ったところから、大体の見当を付けることが出来る。さっき外側から見た壁が、今度は内側になる。左(南)はずっと壁だ。正面(西)は最大で4ブロックで壁。先があるとしたら、右(北)だ。
「おうよ!」
ガチャッと盗賊が扉を開けた途端、ブワッとイナゴが押し寄せてきた。腕で顔だけガードして、イナゴの竜巻の中に飛び込む。
いざ、北に向かってダッシュ!
う、走り辛い!
足元は、土だ。しかも柔らかい。おまけに腰の高さまで稲みたいな植物がびっしりと生えていて、行く手を塞いでいる。
「なんで小麦なんか栽培してんだよ!」
ワーンワーンというイナゴの羽音に混ざって、ネズミ君の声が遠くに聞こえた。「ひーん」だか「きゃー」だか、良く分からないお嬢様の悲鳴も。
中は魔法で明るいとはいっても、イナゴの大群で前が見えない。なんとか北壁に到達したが、そこには扉はなかった。
「進路変更!西へ!」
北壁に沿って、今度は一路西を目指す。一面の小麦畑をかき分けて、イナゴの大群の中を、西へ西へ。なんで富士山の麓まで来てこんな経験しなきゃならないんだろう?開拓時代のアメリカだってこんなに惨めではなかったはず。
向こう側の壁が迫って来た頃、ようやくフロンティアが消滅した。
やはりここはさっきと同じ、横に4ブロックの長方形。入り口から一番距離のあるところ、即ち北西の角のブロックの北側に扉が見えた。ネズミ君が扉に手をかけて、ガバッと開ける。
「ぶわっ!」
「ふう〜っ」
「くはぁ!」
「ひぃ〜ん」
「ミャン!」
ふう。ようやく扉の向こうに出ることができた。ブレザーを脱いで、服の隙間に入り込んだイナゴを振り落とす。
「妙子さん、大丈夫?」
「ふひゅう〜ゆるぃ、ほふぅ〜んく」
だめだ。黄泉の国を垣間見てしまった人になっている。人間の心なんてのは、辛いことがあると簡単に壊れるんだ。
一方でゲンちゃんは、ピョンピョコ跳ねるイナゴを捕まえては、ムシャムシャやっていた。ペットショップ出身の幻獣は、野生の力を取り戻したか。
「勇者さん!油断しないで!」
おっと!鉄子の声に、慌てて頭上から落下してきたものを避ける。僕らが黄泉の国から生還した余韻に浸っている間にも、次の戦闘は始まっていた。
ピョーン、ピョーンと、先程と同じ案山子のタッグが、ここにもいた。
「なめんじゃないわよ!」
バフッと、竹竿が犠牲者を捉える。今回も一撃だ。
「とあ!」
僕も、オ、レ!と、もう一体を受け持つ。
この案山子は倒すのは簡単だ。そもそも案山子は戦闘用に作られたものではない。争いを避けるために生み出されたものだ。だがそんな存在が、戦場に駆り出されている。悲しいものだ。これが戦争の実態だ。
一息付いて調べてみると、今僕らがいるところは、さっきと同じ横4ブロックの長方形だった。東壁に扉がある。
ということは、次の部屋も同じ構造かな?
「もっかい、イナゴを突っ切るんじゃないか?」
と、ネズミ君。だよね〜。
案山子、イナゴ、案山子ときたら、次もイナゴと考えるのが普通だ。小麦畑を守ってるのかイナゴを守ってるのかは知らないけど、ここにも案山子がいたということは、そういうことだろう。
きっと出口は一番距離のあるところ、一番奥の北側じゃないかな。このダンジョンの意地悪さを考えれば、最大限にイナゴを味わえるようになっているはず。
問題はウチのお嬢様だけど。
「うっ、ぐすっ、ひくっ、うじゅっ、ふひぃ〜ん」
「ミャ〜ン?」
ゲンちゃんがゴロゴロと喉を鳴らして慰めてくれてるんだけど。彼女はショックだったんだよ。最愛の人が、彼女が大嫌いなものを大好きだったから。
「しょうがないわね」
鉄子がお嬢様を負んぶすることにした。妙子は「らいみょうむれすひょほ〜」とか言っているけど、ちっとも「らいみょうむ」ではない。
仕方なく、エコバッグを妙子の頭に被せて、宝箱はネズミ君が小脇に抱えていくことに。僕は妙子のトートバックと、ゲンちゃんを担当することになった。こんな格好では戦えない。傷病兵が出ると、小隊の戦力は著しく低下するのだ。
「そいじゃ、行くぜ!」
ネズミ君を先頭にして、再びイナゴの大群の中を突っ切っていく。
小麦をかき分け、目指すはカリフォルニア、じゃなくて、今度はニューヨークの辺りか?
「うわっぷ!」
「ふう〜!」
やはり想定した通りの位置にあった扉。出た瞬間、思わず床にへたり込んだ。
「あ〜、ほんっと意地悪なダンジョン!」
鉄子のソバージュに何匹もイナゴが引っ掛かって、前衛的なファッションのようになっている。
女戦士の背から降ろされた妙子は、くったりと床に伸びてしまった。
「ちょっと休憩しよう」
出たところは、東西に伸びる通路といったところか。少し東に移動すると、ランプの光が壁の存在を見せてくれた。計算すれば、ダンジョン東辺のはず。
まだイナゴがピョンピョコ床を跳ねているけど、お嬢様が目を醒ますまでに、彼女の騎士によって綺麗にされているはずだ。