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人生は楽しむもので、鼠は罠にかかる

「さあてと、まだ見ぬ航海へと出航しますかね」

 ザビエル暦四月第二週五日目。ダンジョンに入ってすぐの、三つ扉の分岐点に僕らはいた。

「何?それ」

 と聞くと、ネズミ君は出っ歯を伸ばして怪訝そうな顔をした。

「比喩表現だ、比喩表現。比喩表現に対して馬鹿正直な質問を返してくるんじゃないら。俺はなるべくダンジョンを楽しもうとしてるだけだ。どうもお前はそういうところが足りないよな。人生ってのは楽しむもんだぜ」

 ううむ。そう言われればそうだけど。

 人生の楽しみかぁ。そもそも人生なんて楽しいことがないと思ったから異世界を志望したんだが。

 ふと、楽しかった思い出が何かないかと記憶を探してみたら、多摩川でイナゴ獲りをしたときの記憶があった。あれは簡単に獲れて栄養も豊富だ。でも、生活のためだからレジャーとは言えないよな。

「いざ、Go west!」

 と言って、盗賊は東へと続く扉を開いた。

 流石に、自ら附属だからあまり勉強しなくても進学出来た、と豪語するだけのことはある。

 ネズミ君が上機嫌なのには理由があった。午前中に盗賊科の同級生に聞いてきたらしい。地下一階東側のエリアには、冒険にとても役立つ三つのお宝があると。

 僕は以前、独出進ひとりですすむ君が血塗れで出てきたことが気にかかってたんだけど。凄く強いモンスターがいるんだろうか?でも、板東組代ばんどうくむよさんのパーティは楽しそうに出てきたっけ。

 ガチャリとノブを回して扉を開けると、どうやら通路は三方向に伸びているようだった。どちらでも選べる。絶対的な自由だ。

「どっする?」

「右(南)に行こう」

 絶対的自由を前にして、僕は制限がある方を選んだ。ダンジョンの南辺はガーゴイルの部屋へと続く通路だということは確認済みだから、こちらの方が安心なのだ。でも、安心を選んでしまうところが、人生を楽しめていない証拠かもしれない。

 3ブロック南に移動したところで、角が現れた。ガーゴイルの部屋に続く通路の裏側である。ここから左(東)に曲がり、真っ直ぐ進む。南から数えて二列目。一番東はガーゴイルの部屋だから、最大で東西9ブロックである。

 進むと、右手(南)は当然壁だが、左手(北)もずっと壁が続いていた。つまりは通路である。

「単調ねぇ。ダンジョンの壁に絵でも描いてあればいいのに」

 しんがりを行く鉄子が退屈そうに不平を漏らす。

 どうなんだろう?壁に落書きしたら校則違反になるんだろうか?

 しかし、女子高生がどれだけ不満を漏らそうと、僕らを取り巻く環境は変わらないのだろう。まるで実現見込みのない選挙公約のように、同じ石壁は憂鬱に繰り返されるに違いない。

 だが、そんな僕の目論見は外れた。後2ブロックで通路が行き止まりであろうというところ、つまり7ブロック目と8ブロック目の境が、狭くなっていたのだ。何故か左右から壁が迫り出していて、通れるところが狭まっている。と言うより、元々ここは壁があったのを、真ん中だけ繰り抜いたと言った方が適当な表現だ。

 それでもパーティ4人が余裕で横並びに通れるだけの幅はあったので、僕らは特に気にせずに通り、最終の9ブロック目まで辿り着いた。そこにあったものは、北へと続く扉と、そして。

「おお!お宝ちゃん発見!」

 床の一部分が赤く塗られた上に、今まで見てきたのとは違う、細長い直方体をした宝箱が置いてあった。

 浮かれた盗賊がガガンボのように飛んでいく。

「待ってよ、ネズミ君。怪しくない?罠とかあるんじゃないの?」

 だっていかにもといった感じだし、しかも床が赤いし。だが、時既に遅し。数日前にゴールド小僧の捕獲に失敗して、宝に飢えていた盗賊は、ヒョイと宝箱を持ち上げたあとだった。

「罠?」

 クンクンと宝箱のにおいを嗅ぐネズミ君。犬か。

「宝箱には罠は仕掛けられてなさそうだぜ」

「いや、そっちじゃなくて、床に仕掛けられてないかってことなんだけど」

「これはここに宝箱を置きなさいっていう目印みたいなもんだろ。大丈夫だって。クラスの奴が無事だったんだから。お前、そういうところだぞ。人生は楽しむもんら」

 さっきと同じことを言って、彼は宝箱をエコバッグに入れた。

 確かに僕は人生を楽しめていないだろう。心配性かもしれない。でも、そのクラスの子ってのが、ちゃんと鍵を開けてお宝をゲットしたと考えれば、これは心配ではなく論理的必然性から来る危機管理である。本来宝箱が置いてある場所から移動させると、罠が作動するんじゃないかっていうことなんだけど。

 てなことを考えていると、早速、嫌〜な音が聞こえてきた。

 …スン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン…。

「な、何!?この地響きみたいな音…!」

 鉄子は振り返り、暗闇の向こうを睨んだ。

 音はだんだんと大きくなる。何か、途轍もない重量を持ったものが歩くような音が、僕らがたった今通ったのと同じ通路を通って近付いてくる!?

 ドスン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!!

 音は一段と大きくなって、あるところまで来て止まった。

 みんな息を飲む。危険を察知した妙子がゲンちゃんを抱き上げた。そのあとは何の音もしないが。

「な、なんでぇ。脅かしやがって」

 エコバッグを肩に担いだネズミ君が、ランプを前方に向けて恐る恐る歩いていった。

「何にもないよな?」

 だが突然、彼の足は止まってしまった。

「嘘だろ?」

 ランプの明かりは、壁に跳ね返されて反射していた。

 壁?ここはさっき狭くなっていたところだが。

「ははあ、ここが狭くなっているのはそういうことか。一方通行の壁が閉まるようになってんだ。へっ、チンケな罠なんか仕掛けやがって」

 罠を作動させた張本人は、いとも気楽に言い放ち、僕らを振り返った。

「行こ、行こっ。俺たちゃどうせ先に進むんだ。こんな罠、どうってこたないら」

 嫌な予感がした。

「ネズミ君、後ろ、後ろ!」

「うん?お!?わわっ」

 ネズミ君の両足は宙に浮いていた。その理由はすぐに分かった。壁の前面から生えた短い手が、彼の首根っこを掴んで持ち上げていたからだ。

「おっ、とっ、とっ、とっ!」

 壁は手首のスナップだけで、ネズミ君を放り投げた。盗賊はうまくバランスを取り、転ぶことは免れた。ランプを手に持ちながらこの身軽さは流石である。

「気を付けろ、こいつ、モンスターだ!!」

 なるほど、狭いところに壁が出現したのではなく、壁のようなモンスターがそこに嵌っていたのだ。良く見れば、新しく出現した壁の部分だけ、上方が空いていた。それでも巨体であることには変わらない。目算すれば約2.5mといったところか。下にも少し隙間が見える。二本の短い足が覗いて、巨体を支えていた。

 すると、そいつの顔に相当するところに三箇所切り込みが入ったように開き、両目と大きな口が現れた。

 現れたんだけど。

「なんか、かわいらしいわね」

 鉄子の言う通り、なんかかわいい。

 目はつぶらで真ん丸、口は大きいは大きいんだけど、口角が上がり気味である。エイを裏側から見たら意外とかわいかったみたいな、そんな感じだ。顔の下に、短い手がちょろんと生えているのもかわいらしい。清少納言だったら、きっと枕草子のろうたきものの段に入れているはず。

 こんな手では、頭が痒いときにはどうするんだろう?なんて余計なことを考えていると、ダーッと鉄子が走り寄り、でえいっ、と爽やかな青竹の香りを撒き散らして、竹竿を振り下ろした。

 この女番長スケバンはかわいいものにも容赦がない。

 ガキッと当たって、女戦士は後ろに飛び退った。

 固い!ダメージを受けたのは鉄子の手の方だった。

 壁は余裕綽々といった感じで、あろうことか、カモン、カモンと手招きまでしている。

「くう〜。かわいい顔してやることがアンドレじゃない」

 僕は武闘家科担当のジャイアント汎田ぱんだ先生を思い出したけど。

 馬鹿にされて僕だって黙っているわけにはいかない。よっこらせと、重いナマケモノの剣を抜き、肩に構える。

 マタドール先生直伝、オレ流をお見舞いしてやる。

「とあ!」

 オ・レ!と、腰を効かせて薙ぎ払った。

 ぅーっ!

 なまじ腰を効かせたものだから、そっちにまで衝撃が来た。

 コリャ敵わんと、慌てて距離を取る。

 壁モンスターはノーダメージのようで、フォ、フォ、フォ、と肩を震わせて笑った。

 今度は相手の攻撃である。スゴゴゴゴォ、と、大きく息を吸い込んだ。

「やべえ!コイツ、ブレスを吐くつもりだ!」

 盗賊の切迫した叫びが、ダンジョン内に響き渡った。

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