盗賊は目を回し、河童は心をなくす
次の日、ザビエル暦四月第二週二日目は休みにした。
なあ〜んかね、疲れちゃったので。
ネズミ君から言い出したんだよね。休みにしようって。肉体的なダメージは、まあ、保健室で治療してもらってるだろうけど、精神的に堪えるところが彼にもあったのだろう。
でも僕も一息入れたい感じだったのでありがたかった。
と言っても、課外活動を自主的に休みにしただけで、授業は普段通りある。
今日は異世界地理学、異世界生物学、異世界古典学、異世界宗教学の四限である。
異世界地理学の教科書をパラパラとめくってみると、真ん中辺りにワープゾーンについての記載があった。でも、マタドール先生は頑なにページ通りに進むつもりらしい。
今日は山について学んだ。それによると、山では歩くスピードが落ちる、ということだ。これ、わざわざ学ぶ必要あるのか?モンスターに遭遇する可能性が高くなる、ともあるけど、それ以前に野生動物と遭遇してしまったときはどう対処したらいいのだろう?
異世界生物学はトイレに棲息する魔物について。うんうん。経験済みだ。全国各地の学校に様々な怪談話が伝わっているのと同じように、異世界にも様々な噂話があるという。この手の話はどこにでもあるものなのだ。恐れるに足らない。実物は無害である。よく理解出来たが、わざわざ高校で学ぶことでもないような気がする。小学生の子供に話してやると喜ぶだろう。
異世界古典学では、『竜納言物語』を読んだ。
僕が受験問題で面喰らったアレだ。高校の授業で学ぶ内容を受験で出すとは、なかなかエリート主義な学校である。アヴィの元にムンファがやって来た目的は夜這いではなかったのね。
異世界宗教学では回復魔法も学べるのだが、教えてもらうのはもう少し先になりそうである。信仰心のない僕でも習得出来るんだろうか?
今日はロンダの浮遊大陸にある六つの宗教について。これも受験で出たやつだな。異世界にそういう名の空飛ぶ大陸があるらしい。大陸とはいっても、フランスぐらいの大きさしかないそうだ。戦乱の絶えない土地だったそうだが、例のフンメルス帝国がラユーキン二世のときに平定したらしい。そりゃそうだ。そんな小さな範囲に宗教が六つもあれば、戦乱は絶えない。
しかし回復魔法の習得もそうだが、ダンジョンですぐに役に立つような知識は今日のところは学ばなかった。これは授業の進度に関係なく予習しといた方が良さそうだな。
あ、そうそう。王さんに聞いたんだけど、例の賀茂野さん。なんと、王さんの必死の応援が実って、ダンジョンの部屋を引き払うことになったんだそうだ。
僧侶科の二年生に復学して、しかも王さんのパーティに加入することになったのである!
やるなぁ、王さん。見た目も体つきも小学生にしか見えないんだけど、どこからその魔力が来るのか。
でも、王さんのパーティのメンバーって、みんな王さんのファンでしょ?他の人とうまくやれるかな?
一日休みを置いて、翌日のザビエル暦四月第二週三日目からは、またダンジョンに潜った。この日は新しいところを探索するのではなく、これまでに通ったところのマップを完成させることに主眼が置かれた。
特にネズミ君と鉄子はワープを経験していない。パーティが分断されていたときの経験を共有する必要がある。
その作業は翌ザビエル暦四月第二週四日目も続いた。妙子はネズミ君からマッピングのレクチャーを受けながらだし、ネズミ君がワープの感覚にハマってしまって、「あともう一回だけやらせてくれ!」と、聞かん気を起こしてしょうがなかったからである。
無論、僕ら三人は目眩がして気持ちが悪かったわけで。結局、怒った鉄子にローリングクレイドルで回されていた。
二日間の探索の結果、ダンジョンの西半分のエリアは大体マッピングすることが出来た。西側で残っているのは、ジクザグ回廊とジム前の通路とに挟まれたエリアと、大広間の南西のエリアだけである。
大広間の奥の扉から旧賀茂野邸へと繋がる通路も探索し終えた。
奥の扉から出ると、そこはダンジョンの西辺だ。通路は北に伸びている。そこの南壁に扉があるが、そこは後回しにすることにして、道なりに北へ進むと5ブロック目でダンジョンの北西の角に着く。ちなみに南西の角はエレベーター、南東の角がガーゴイルの部屋の一つ南のブロックだ。
北西の角からは東へ長い通路が伸びており、途中9ブロック目を南に下りると、大広間の入り口に出る。16ブロック目が賀茂野さんが住んでいた部屋、今となっては旧賀茂野邸だ。旧賀茂野邸を南回りでぐるっと回れば、また北辺に沿ってさらに東へ続いている。
所々、何もないブロックがあるのだけど、そういうところは、ネズミ君によればダンジョンの柱の部分だということである。
ジム前通路から大広間までの道も全貌が判明した。
ジムの扉から4ブロック目が、ネズミ君がゴールド小僧を追いかけて左(北)に曲がったところだが、通路は6ブロック目で行き止まり、そこは南北に扉があって北側の扉はちんぶり商店ダンジョン支店の南西の入り口であった。地下一階フロアのほぼど真ん中に商店はある。南側の扉はまた今度にする。
4ブロック目で左折した場合(ジムの東を北上する通路)は、そのマスを入れて6ブロック北に続いており、そこから逆コの字型に壁を迂回して北に行くと、大広間の入り口。東に行けば道なりに南に折れて、3ブロックでちんぶり商店の北西の入り口に着く。
あ、それから、僕らは下へ降りる階段も発見した。
ジム東の通路の東壁サイドは、僕と妙子が暗闇の中手探りで進んで行ったときに見た通り、南から壁、壁、扉、ワープゾーンへと続く通路の順になっているのだが、ここの扉を開けて5ブロック西に進めば、袋小路に下に下りる階段があったのだ。ちなみにそこから壁を隔てた一つ北のブロックが、ワープゾーンである。
これで地下二階を探索出来ることになったんだけど、その日の夕食時にちょっと会議になった。先に進むか、地下一階のフロアを全部探索するかである。
会議の結果、先に地下一階のコンプリートを目指すことになった。
当面の目標は、ネズミ君が開けられなかったエレベーターの鍵を探すことだ。それはやはり下の階のどこかにある可能性が高いのだけど、すぐに見つかるとは限らない。僕らはまだ駆け出しの駆け出しもいいところなので、地下一階から順番に攻略することにしたのだ。
でも、気分転換に東のエリアを探索することにした。西半分もまだ完成していないけれど、冒険は楽しくやるものである。ジムやトイレやスーパーまであるダンジョンだ。他に何が出てくるのか楽しみである。
というわけで、その次の日からは南東のエリア、つまり、ガーゴイルの部屋に続く通路から、ワープ出口と商店を東西に繋ぐ通路までを探索することに決まった。
あ、そうそう、この通路だけど、僕と妙子が豆電球の明かりを頼りに左壁(南側)に沿って歩いたときに、通路の途中に扉があったんだけど、その向かい側(北側の壁)にも扉があるのを発見した。
それと、二日間で僕らは何度も商店を出たり入ったりしたんだけど、店員のカッパはまるで意に介するでもなく、僕らの存在に気付かないかのように、淡々と人面魚を揚げていた。
彼の心がダンジョンのどこかに落ちていたら、届けてあげよう。