紳士は協定し、セーターは暖かい
うわっ。眩し…!
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
少し遅れて、それが光だということに気付く。光は正面、扉の向こうからやってきていた。
すっかり暗闇に慣れた僕らは、急な眩しさにしばらく立ち竦んでしまった。
何だ!?光がある?それも強烈な。ランプの明かりとか、そういう光ではない。もっとこう、電気のような。
「…、う…?そ??」
ようやく目が慣れた僕らが見たものは、驚くべきものだった。思わず隣の妙子の顔を見ると、彼女は正面を向いたまま、ポカーンと口を開けていた。
代わりにゲンちゃんが僕を見上げて、「ミャオ!」と鳴いてくれた。まさに幻獣もびっくりである。
扉の向こうの景色に見覚えがあった。自分の記憶の中で最もそれに近いのは、夏でも涼しく冬でも寒く、もしかしたら試食にありつける場所。そう、スーパーマーケットだった。
何でこんなとこにスーパーが…?
「あっ!そうか。これだよ、ネズミ君が言っていたのは」
僕はゾンビが持っていた買い物袋に、ちんぶり商店と書いてあったのを思い出した。ダンジョンにあるという購買部の支店である。
中は蛍光灯で照らしたような明かりが煌々とついていた。玉音銀次郎のパーティが通ったときのことを思い出す。あのときと同じような明かりだ。ということはこの光は魔法で照らしているのか。
「あ、ゲンちゃん、駄目、駄目」
フロアにゲンちゃんがウロウロと入っていきそうになったため、慌てて妙子が幻獣を抱き上げた。ゾンビが買い物に来るぐらいだから、猫が一匹紛れ込んでいたって差し支えないような気もするのだが。
僕らはペット連れのまま、しばらく夢遊病者のように店内を歩き回った。
「な、なかなか豊富な品揃えですねえ」
「本当だね」
それにダンジョン内と思えないほど新鮮だ。フルーツも野菜も、さっき畑から取ってきたばかりといったようにみずみずしい香りを放っていた。
「この缶詰、高級スーパーでしか見たことないですよ」
他にもスイカの模様のトマトとか、純粋に見たことのない野菜もあった。うわ!カボチャの前を通ったら、口を開けてケタケタと笑った。食べれるのか?これ。
お肉コーナーには、ちょっと不気味なものもあった。笊にミニチュアサイズの鹿が、山盛りになって積まれている。もちろん全て死体である。
「き、気持ち悪いですぅ」
鹿と言えば切り身しか知らない、現代っ子の妙子にとっては衝撃的であっただろう。
他にも胴体が鱗で覆われているイカとか、羽毛の生えた魚とか、いろんな生き物が笊に積まれていた。しかし、値札も商品名が書かれた札もないから、なんていう生き物なのか分からない。みんな異世界で獲れた生物なのだろうか?でも、その中に一つ名前の分かるものがあった。
「これ人面魚だね」
「で、ですね」
「ミャオ〜ン」
それはウルメの丸干しぐらいの大きさだった。頭の模様がなんとなく人の顔に見えるとかじゃなくて、完全な人面である。
ジロジロと見ていると、隣からヒョイと逞しい腕が伸びてきて、人面魚の笊を一つ持っていった。
ギョッとして見ると(洒落ではない)、ごっつい体をした筋骨隆々の人型の生物が、買い物カゴを下げて買い物中だった。
あ、あれ、モンスターだよな?首から下は人間だけど、頭は牛である。もしかしてミノタウルスというやつなのでは?
幸いにもモンスターは買い物に夢中で、僕らに気付かずに行ってしまったけど。
そういや、ゾンビが買い物に来る所だぞ。ひょっとして僕らはモンスターの巣窟に来てしまったのか?
そのとき、急に声を掛けられた。
「アイヤー、無学君アルか」
「うわ!」
な、なんだ!?
「あ、王さん!?」
そこにいたのは、勇者科一年のクラスメイト、中国人留学生の王援歌さんだった。
かわいらしいタヌキ顔、二つに分けた三つ編み、小学生並みの背丈、背中に背負ったナマケモノの剣。こんな子が異世界でどうやって生きていくんだろうと思わせるほど、いじらしオーラを発散している。こんなところで会うとは思わなかったが、紛れもなく王援歌さんである。
「無学君も買い物に来たアルか?」
へ?買い物?見ると、王援歌さんは買い物カゴを下げていた。か、買うのか?ここに売っているものを?という僕の疑問を察したのか、王さんは説明してくれた。
「普通のものも沢山あるアル。ちょと高いアルけど」
は、はあ、そうなんだ。僕の脳裏には王さんが人面魚をバリバリやっているところが浮かびかけていたから。
「あ、王さん、一人?」
「パーティと一緒アルよ。無学君は二人アルか?」
「僕らは仲間とはぐれちゃって。探しているうちに変なところでワープさせられたみたいで」
「ははあ。ジムの北側のワープゾーンアルな」
知ってるんだ。王さんのパーティの方が探索が進んでるのかな?
「それより、ここモンスターいるよ。悠長に買い物してて大丈夫なの?」
「平気アルよ。この中では襲てこないアル。紳士協定アル」
そ、そうなんだ。良かったあ。
「王さん、詳しいね」
「パーティに上級生がいるアルよ」
そう言って王さんはパーティのメンバーに引き合わせてくれた。
一人目は金髪碧眼の西洋人で、凄く背が高い男の人だ。レンジャー科の三年生で、背中にロングボウを背負っている。ちょっと手入れが行き届いてないようなボサボサした長髪だが、優しそうというか、お人好しそうである。もし海外旅行で道に迷ったら、この人に聞くようなタイプだ。彼も留学生なのかな?
「彼、凄いアル。ダンジョンで連続267日生活したことがあるアルよ」
王さんがそういうと、彼は照れ臭そうに頭を掻いた。
彼の名前はウィリアム照夫さんというんだそうだ。両親はスイス人だが、彼は生まれも育ちも日本だそうな。
ちなみにレンジャー科のバッジはウッドチャック、初期装備は石ころ(!)である。
二人目も三年生の男の人で、この人は武闘家科である。背はそれほど高くはないけど、体はガッシリしている。ソフトモヒカンの頭をツンツン立てているが、目がつぶらでかわいらしい。この人も優しそうな人だ。
「彼は運動神経抜群アルけど、何よりハートが強いアル。どんなにダメージ受けても立ち上がるアル」
「いやあ、王さんが応援してくれるからっすよ。キツいけど、あれを聞くと不思議と立ち上がれるんす」
恥ずかしそうにそう言うと、レンジャー科の人もウンウンと大きく頷いた。ちなみに武闘家科のバッジはライオンの顔だ。初期装備は素手である(学園の公式発表によると、初期装備は筋肉ということになっている)。この人も武器は持ってなさそう。名前は館あがるさんというそうだ。
もう一人は羊飼い科のぽっちゃりした一年生の男の子だった。天然の髪油を付けているような超超ナチュラルヘア。色白で、背は低いけれど、体が丸々と太っている。羊飼いというより米農家の箱入り息子といった感じだ。モンスターに襲われたら真っ先に食べられそうなタイプである。女にはモテなさそうだが、すんごく人が良さそう。ブレザーの下には、ウールのセーターを着ていた。太ってるのに、ねぇ、って、こういうのは偏見か。
「彼はパーティの癒し系アル。それと知識が凄いアル」
「ゲームばっかりやってましたから」
謙遜しているようだが、王さんに褒められて、すんごい嬉しそう。隠しても隠し切れない嬉しさがモロストレートに伝わってくる。こういうところが癒し系なのかも。ちなみに羊飼い科は牡羊の顔のバッジで、初期装備は羊追い棒である。彼は熱高清太君という。
「無学君は?はぐれた言たアルな」




