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アニマルは用意が良く、練習は不足している

 突然、空間が回った。

 いや、そんなことはあり得ない。物理法則に反している。空気に質量はあっても、空間そのものが回転することはない。

 そう理性では把握しているが、他に言いようがなかった。

 回転式の床だったとか、そういうことではない。僕の大脳皮質は、体が静止していることをちゃんと認識していた。

 それなのに目の前の景色がグワンと回った。

 景色なんて、暗闇しか見えないのに、回ったということがはっきりと見えた。そうなのだ。光は見えないのに、これは完全に視覚的な体験だった。

 僕は目を回しそうになり、両手を壁にくっ付けて体を支えた。

「あ、勇者さん!待ってください!」

 妙子の細い手がギュッと僕のブレザーの袖を掴んだ。急に彼女の体重が左半身にかかり、僕は慌ててバランスを保った。

「だ、大丈夫?」

 僕は僕で違和感があるのだが、その違和感をどう表現したらいいか分からない。

 妙子はハア、ハアと大きな息をしていた。

「あ…、ごめんなさい。ちょっと目眩がしてしまって。貧血かもしれません」

 そうか。これが目眩というやつか。今まで栄養状態が貧弱な割には目眩も貧血もなかったものだから、何が自分に起きたのか咄嗟に判断出来なかった。

 瞬時に診断が出来るとは、妙子は流石は医者の娘、と言うより、女子だからであろう。アレか。朝礼で貧血起こすタイプか。入学式で学園長に倒されなかっただろうか?

「おかしいね。なんだか僕も貧血起こしたかも。今、目の前がグルグル回ったよ」

 一度、すうーっと大きく深呼吸してみる。肺の中にはダンジョンの黴臭い空気しか入ってこないが、目眩は治まったみたいだ。嗚呼、早く外に出て、富士山の新鮮な空気が吸いたい。

 態勢を立て直して今来た道を戻る。今度もまた妙子に左側の壁を照らしてもらいながら進む。進行方向が逆なので、これでさっきと反対側になる。

 するとすぐにナマケモノの剣が、ガツッと壁にぶつかった。

 あれ!?おかしいな?行き止まり!?

「ゆ、勇者さん!ここ扉があります!」

 豆電球を近づけてみると、正面の壁には扉が付いていた。

 どういうことだろう?さっき通ったばかりなのに。

 扉が開いていたのに気付かずに通ってしまって、そのあとに閉まったとか?でも、当然のことながら扉の幅は石壁よりも遥かに狭い。僕らは壁に沿って移動してきた。どういうことだろう?

 う〜ん。こんなときに明かりがあれば。豆電球の小さな光だけでは状況が掴めない。焦るし不安になる。

 もしこの豆電球の明かりまでなくなってしまったらどうするのだろう、と、ネガティブな方へと考えてしまう。妙子は替えの電池を持っているだろうか?あの大きなトートバックの中には何が入っているのだろう?

 あ!そうだ。

「妙子さん、手鏡持ってない?」

「え!?も、持ってますけど?」

「それで豆電球の光を反射してみてよ」

 そうなのだ。これは盲点だった。女子なら、バックの中に手鏡くらい持っているはず。ましてや妙子の大荷物の中に入っていないはずがない。

 妙子はゴソゴソやって鏡を取り出した。手鏡どころか、なんと折り畳み式の三面鏡であった。

 いいぞ。これなら。

 期待した通り、鏡は豆電球の光を反射して、可視範囲を広げてくれた。調べた結果、僕らは1ブロック四方のマスの中にいることが分かった。

「勇者さん、床に何か模様が描かれています」

 床一面には幾何学模様のような、ナスカの地上絵のような、奇妙な模様が描かれていた。

「あ!」

「どうした?」

「こ、これ、ワープゾーンです!異世界地理学の教科書の真ん中辺りに書いてあるんですけど、亜仁丸あにまる先生がすぐに必要になるかも知れないからって、今日やったばかりなんです!床に特殊な模様が描かれてあって、そこに乗るとどこかに飛ばされちゃうそうです!」

 幻獣使い科の担任は好田亜仁丸すきだあにまる先生という、仙人みたいなおじいさんだ。

 勇者科も異世界地理学は必修だけど、教科書通りに進んでいる。マタドール先生だったら、目先のテストの点よりも本物の冒険力を身に付けなさい、とか言いそうだ。

「ゆ、床の模様からして、ワープゾーンの終点みたいです!」

「ということは、もう一度乗っても戻れないってこと?」

「そ、そうみたいです…」

 どうするのだ?だとしたら、ここがワープゾーンだと分かったところで、どうしようもないではないか。

 今まで豆電球の心許ない明かりの中でも進んで来れたのは、いざとなったら戻れるという安心感があったからだ。それが全然知らない場所にワープさせられたとなると…。

「ミヤァ〜ォ?」

 ゲンちゃんも異変を察知したのか、飼主の足下で不安そうに鳴いた。緑の瞳が、ご主人様どうしたの?と言いたげにこっちを見上げている。

「ゲンちゃん、大丈夫だよ。勇者さんが何とかしてくれるからね。もうちょっとの辛抱だよ」

 妙子が屈み込んで、指でゲンちゃんの耳の付け根を掻いてやった。猫は不安そうに喉をゴロゴロと鳴らした。

 僕に何とかなるのかどうか全く自信がないが、こういうとき、猫でも何でもいてくれるのはありがたい。僕たち二人だけだったら、気が狂いそうになる。自分よりも小さな生き物の世話をすることで、気を強く持てる。

「とにかく、扉を開けよう」

 今は他に選択肢はない。キイイイィ、と音を立てて扉は開いた。鍵がかかってなかったのは、不幸中の幸いか。

「同じように左に沿って進もう」

 横幅が1ブロックであることを確認した後、明かりを左の壁に這わせた。そのことで多少可視範囲が増えるとはいえ、ほとんど真っ暗闇であることは変わりない。

 再び剣で前方を払いながら進んで、ブロックとブロックの境目を確認した。今どちらの方角に向かって進んでいるかは分からないが、ここはおそらく通路だろう。そうあってほしいと、心の中で願っていた。どうか玄室の扉を開けて、モンスターと出会いませんように。

 幸い、道は真っ直ぐに伸びていた。今度は妄想に浸らないように、僕らは声に出して境目を数えていった。すると4ブロック目に扉があった。ひとまずパスして進むと、9ブロック目で行き止まりになり、ここにも扉があった。

 さて、どうするか。どちらかの扉を開けなくてはいけない。僕は最もシンプルな選択をして、今そこにある方を開けることにした。また手探りで4ブロック目まで戻るのが嫌だったのだ。

「よし、ここを開けよう。妙子さん、いいかい?」

「は、はい!」

 妙子が緊張した面持ちでゲンちゃんを抱き上げた。ずっと通路が続くとは考え難い。扉の向こうが玄室であることは十分にあり得る。

 だとしたら、そこにはモンスターがいる。今まで僕らが実際に戦ったのは、ガーゴイルとゾンビだけだ。トイレのゴーストは勝手にどこかに行ってしまった。

 どちらも苦戦したと言っていい。ガーゴイルは勝利と引き換えに妙子が大ダメージを負ってしまったし、ゾンビも鉄子が火の玉を打ってくれなかったらどうだったのだろう。剣だけで勝負していたら、勝てていただろうか。くそー、ちゃんとナマケモノの剣を振れるように練習しておけば良かった。

「明かりは消していこう」

 妙子に豆電球を消すように指示する。なるべく敵に気付かれないように。

 ダンジョンに真の暗闇が訪れ、目に残った残像も全て消えたとき、僕は扉を開けた。

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