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勇者は期待され、風は冷たい

 一旦、女性陣と別れて部屋に戻る。ナマケモノの剣を置いてからノブさんの酒場に行こうと寮を出たところで、独出進ひとりですすむ君と会った。

「あ、もう大丈夫なんだ」

 無事、保健室のハーフ美女、デュナン杏里あんり先生に回復魔法をかけてもらって、回復したようである。

 血は拭い去られ、足取りもしゃんとしていた。

 独出君は面倒臭そうに僕を見ると、「急ぐから」とだけ言って、学食とは反対方向に歩き出した。

「あれ?どこ行くの?」

「まだ保健室が閉まるまで時間があるから、もう一度ダンジョンに潜ってくるよ。僕は一人で冒険しているからね。普通の人よりも経験が必要なんだ。みんなみたいに、学食で浮かれてられないから」

「凄いなぁ…」

 凄いというのが、その見上げた根性に対してなのか、毎回さりげなくマウントを取ってくることに対してなのか、よく分からない。だが、この場合の「みんな」という複数形が「僕」という単数形を指すことだけは、火を見るよりも明らかだ。

 複数形=単数形という絶対矛盾的自己同一が起こる日本語というのは、外国人から見たらまさに異世界の言語である。

 ノブさんの酒場に着くと、みんなもう揃っていた。

 スッキリした表情のネズミ君の前には、ピカピカに磨き上げられた宝箱が。どこの部屋から取ってきたものなのか、一目瞭然だ。

「さあてと、全員揃ったところで、ご開帳といきますか!?」

 この子をあやすのには母親の乳房もガラガラもいらない。ただ宝箱さえあれば。

 なんの躊躇もなく、ネズミ君は秘密兵器のノコギリを出してギーコギーコとやり始めた。

 その様子を見た周りの生徒達が、クスクスと含み笑いを残しては立ち去っていく。最早公然の秘密である。

 きっとどこかの大泥棒がやってきて、ネズミ君の盗賊としてのプライドを盗んでいったのだ。

「よっしゃ!キメたぜ!え、なんでぇ。またこれっぽっちかよ」

 カランカランコロンと、出てきたのは、またもや金貨三枚だった。

「あ〜。地下一階の宝箱なんてこんなもんかぁ」

 ネズミ君は大袈裟に頭を抱えたが、少しホッとする自分もいた。

 いきなり何百枚と出てきたらビビってしまう。こういうのを貧乏根性というのだろう。

「どっかで大判小判がザックザクッてわけにはいかないのかしらね」

 鉄子が欲しいという槍は、一番安いものでも金貨800枚だ。まだまだ道は遠い。

 千里の道も一歩からだが、千里ニュータウンへ行くのに明治通りを通っていては、到着がいつになるのか分からない。

 僕は元より、母子家庭の鉄子だって余裕はないはずだ。ある程度のゴールドは飲食代に使う必要がある。

 いい加減なように見えるけど、パーティの会計係のネズミ君はそのことを分かっている。

 早く下層に降りていかないと。

 でも僕の脳裏には、独出君の血塗れの姿がこびり付いていた。

 ダンジョンの奥に行けば行く程、強い敵が出てくるのは間違いない。

 この世で生きるのも辛いが、異世界に行くのも楽じゃないぜ。

「で、でも、勇者さん、凄かったです!私、魔法なんて初めて見ました!」

「ミヤーン!」

 興奮した様子の妙子が、キラキラと鼈甲眼鏡を輝かせる。

 え、そ、そう?

「でも、飛ばせなかったけどね。はは」

 美少女に褒められて、ちょっと照れ臭い。

「いや、驚いたよ。俺も実際の魔法を見たのは初めてだぜ」

「藤川球児も真っ青の火の玉だったわよ!」

 いやあ、照れ臭い。慣れてないな。

「明日授業が終わったら、先生に火の玉の飛ばし方を聞きに行くよ。もっと強い敵も倒せるようにならないと」

「期待してるぜ、勇者」

「勇者さん、期待してます!」

 う、うん。人に期待されるのって、なんだかむず痒いな。今までそういうのなかったから。

 でも、不思議と嬉しい、かな?


 次の日、ザビエル暦四月第一週五日目。座学の授業が終わった後で、職員室のマタドール先生のところへ行った。

 僕は火の玉を出せるようになったところで、授業終了のチャイムが鳴ってしまったんです。だから飛ばし方を教わってないので教えてください。

 と、聞けばいいだろう。義務教育ではないと言っても、授業の内容に関してなら、教師であれば答えてくれるはず。

 何でお前聞いてないんだ〜!とか言われることはあるまい。

 少し心配なのは、僕は今まで学校の先生とうまくやれた試しがないってことだ。

 中学校まで、先生たちは明らかに僕を疎んじていたし、僕もそれを察して、質問には行かないようにしていた。

 でも、マタドール先生は僕のことを勇者の理想形だって言ってくれたし。

 ところが返ってきた答えは、予想の斜め上を行くものだった。

「ええっと。アミーゴは誰でしタルデスかねぇ〜?」

 いや、今先生のクラスにいた者なんですけど…。

 あとでネズミ君に聞いたところ、マタドール先生は人の顔と名前を覚えないらしい。

 それを聞いてホッとしたが、なかなかショックな出来事であった。

 今まで人に信じてもらえないことが悲しいのだと思っていたけど、信じていた人から裏切られる方が悲しいことを知った。

 マタドール先生に悪気はないのだろうけど。


「で、結局、飛ばせないわけか」

 ネズミ君の白い目が痛い。こういうときの彼は、出っ歯がちょこんと顔を出して、実にネズミに似ている。

 四月上旬の午後の風は、まだ冷たい。花冷えの富士おろしが、ダンジョンの前に集合した、僕らの心を冷やしていく。

「あたし今、右でも打てるようにやってるのよ」

「ゲ、ゲンちゃんも、トイレトレーニング頑張ってます!」

「ミャ〜ン」

 信じてもらえないことは悲しい。でも、信じていた人に裏切られるのはもっと悲しい。

 でも、信じてくれた人の期待を裏切るよりはマシだった。

 嗚呼、狼少年よ。君は幸せな方さ。

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