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美女は傷を癒し、勇者は嫉妬する

 よし、明日から真面目に授業を受けて、早く回復魔法を覚えよう。

 誰かが負傷するたびに戻ってたんじゃ、ダンジョンの探索が進まない。

 このパーティだと、魔法が使えるのは僕だけなんだから、僕がしっかりしなきゃ。

 あんなに嫌だった勇者という名前。でも今は、勇者であることが、みんなの役に立つことだ。

 自分が勇者であるという自覚を新たにして、その夜は眠りについた。

 しかし。

 翌朝、僕は右肩の激痛によって叩き起こされたのだ。

 あ、痛、いててててて。

 無理して重いナマケモノの剣を振るったせいである。

 くう〜、情け無い。

 これは授業の前に保健室に行かなくては。

 行ってみると、そこには見たことあるような面々が。

「毎年、この時期になると、勇者科の新入生で保健室が溢れかえるのよね〜」

 白衣に赤い十字架マークのナース帽を被ったデュナン杏里あんり先生は、溜息をついた。

 スイス人の血を引く金髪ハーフの肉感的な美女で、まだ回復魔法が覚束ない新入生たちの天使である。

 生徒たちの中には、先生の治療を受けたいがために、わざわざ回復魔法が使えないパーティを組む不届き者もいると聞く。

 しかし、そういう輩には鍼治療と称して毒針を打つという技も合わせ持つ、デンジャラスな天使エンジェルだ。

 僕が保健室に入っていったときには、同じ勇者科一年生の浅野匠あさのたくみ君と吉良義央きらよしお君が、揃って治療を受けていた。

 彼等は意気投合し、ダブル勇者のパーティを組んだという。意外な組み合わせだな。

 浅野君の側が戦士と僧侶。吉良君の側が盗賊と魔法使いを引き連れて合流したという、バランスのいい六人パーティだ。

 やっぱり勇者のいるところ、戦士僧侶魔法使いが集まりがちなのである。ウチみたいに幻獣使いがいるのは、なかなか珍しい。

「あ〜、肩痛い。先生、どうにかしてよ、もう!あのオヤジ、限度ってもんを知らないんだから。何コレ?勇者ばっかり、ウケるんだけど」

 あのオヤジというのはマタドール先生のことだろうか。

「まだまだ序の口よ。あの先生、教え始めたら止まらないのよね」

「うげ〜。サイアク。勇者になんかなるんじゃなかった」

 よく通る声でかしましく入ってきたのは、女性勇者の板東組代ばんどうくむよさんである。

 小柄だがパワフルな、よく喋る子で、治療を待っている間に捕まってしまい、聞いてもいないのに色々と話を聞かされた。

 彼女は女子生徒ばかりの五人パーティを組んだらしい。メンバーは勇者の他に、踊り子が二人と吟遊詩人が二人だという。バンドじゃないんだから。

 ちなみに踊り子科のバッジはバレリーナ。初期装備はバレエシューズである。どうやって戦うんだろう。蹴るのか?吟遊詩人科のバッジはハープ、初期装備はタンバリンだ。これは叩くのか?いい音はしそうだが、あまり痛そうではない。

 次は僕が話す番かと思って、自分のパーティはこうなんだ、という話をしたけど、板東さんは手鏡を取り出して、髪の毛を指でクルクルとやっていた。

 そう。僕の話には興味がないわけね。


 治療も無事に済んで、勇者科の教室に入る。

 独出進ひとりですすむ君がもう既に席に着いていた。

「おはよう、独出君。君は肩は大丈夫なの?」

 相変わらずの角刈り(一度角刈りにしたら、しばらく角刈り意外のヘアスタイルは不可能なのだから当たり前だ)、ゲジゲジ眉毛に、意志の強そうな四角い顔。

「僕は実家に代々伝わる秘伝の膏薬を持っているからね」

 え、ホント?ちょっとそれ僕にも使わせてちょうだい、なんて軽く言えない迫力が独出君にはあった。

 彼には彼の世界がある。他人には決して踏み込ませない、ハードボイルドな領域が。

 今日もニコリともせずに淡々とドラゴンを倒し、夜は地元青森の海で獲れたホヤをつまみに、二級酒をあおるのだ。まだ未成年だけど。一つ確かなことは、青森に銘酒は多けれど、この場合、絶対に二級酒でなくてはいけないのだ。いや、未成年だけど。

 安酒が頑なな心を程よくほぐした頃、彼は懐から一通の手紙を取り出す。郷里に残してきた、年の離れた妹からのものだ。覚えたての拙い字で書かれたその手紙を読むときだけ、彼の唇にほんの僅かな笑みが浮かぶ。そうか。あいつも小学校に上がったか。今度の休みには、新しい人形でも買うてってやるべさ。いや、妹がいるかどうか知らないけど。

 そういや、彼はどんなパーティを組んだんだろう?

「それに、あのくらいで肩を痛めていたら、異世界じゃ戦えないからね」

 バスで会ったときも思ったが、さりげなくマウントを取ってくるな。

「ブエノスディアス、おはようアミーゴス。今朝はフリオサムイデス」

 授業開始のチャイムが鳴って、マタドール先生が入ってきた。寒いと言いながら既に半袖のTシャツ一枚である。この人も異世界の住人なんじゃないだろうか。

 あれ?玉音銀次郎はいないのか?あいつ、授業二日目にしてもうサボりかよ。学園長の記録を抜くとか大言吐いてたクセして。

 早く回復魔法を覚えたかったが、その日の授業は異世界生物学、異世界倫理学、異世界経済学、異世界コミュニケーション学の四限だった。

 連日のブルペン入りで肩を苛められるよりはマシか。

 異世界生物学は、モンスターの生態等を学ぶ学問だ。最初の項目は、昨日戦ったガーゴイルについてだった。盗賊科ではこれを昨日やったのだろうか?擬態するから注意とあるけど、ウチの盗賊は真面目に勉強していなかったようだ。

 異世界倫理学では、異世界に行ったときのルールやマナーを学ぶ。異世界のものは現実世界に持ち帰ってはならないとある。あれ?この学園はそういうもので運営されているのではなかったか?

 異世界経済学は昨日ネズミ君が言っていたようなことだった。

 異世界コミュニケーション学では、パーティメンバー同士の人間関係の築き方や、異世界で住民から情報を集めるときの方法などを学べるようである。

 マタドール先生は今日も熱心な指導をされ、終了時刻を大幅に過ぎて授業が終わった。


 急いでノブさんの酒場に行ってみると、もう既にネズミ君と妙子が来ていた。

 昼飯はこっそりと一番安い小麦粉団子にしようと思ったのだけど。みんながいるともっといいもの食べろと言われそうだし。かと言って、ちんぶり商店でパンを買って一人で部屋で食べてると、なんで学食に来ないんだと言われそうな気もする。

 東京を一歩外に出ると、複雑な社会が広がっている。

「よう、勇者。一緒に昼飯食おうぜ」

 テーブルの上には、明らかに僕の分まであるな、というサンドウィッチの山が。

「う、うん。ありがと」

 サンドウィッチの気分ではなかったのだが、断るのも悪い。

「金は心配するなよ。どうせ宝箱の金貨から出てんだから」

 それならばと、遠慮なく頂くことにする。しかし今の言葉から察するに、ゴールドの管理は無投票でネズミ君に決まったらしい。

「勇者さん、これネズミさんに買ってもらったんです」

 妙子の細い指には、先っぽが光るペンが握られていた。

「暗いダンジョンの中でも使えるようにっていう、専用のペンなんですって」

 と、得意気にチカチカ光らせた。

 要するに単なるボールペンなのだが、中にボタン電池が入っていて、スイッチを押すと豆電球が光るようになっている。

 異世界には電池はないと思うが、そこはまあアレである。勇者が使う不思議な力として処理されるのだろう。

「これでもうマッピングはバッチリですよ」

「良かったね、妙子さん」

 とは言ったものの、なんだか心にわだかまりのようなものがある。

 あれ?何だろう、この気持ち。嫉妬してる?まさかね。冒険必需品を買っただけだ。別に妙子がいくら美少女でも、そんなんとかはない。

 そこに丼を二つ持った鉄子がやってきた。

「あ、なぁ〜んだ。勇者さん、サンドウィッチ食べてるの。半分あげようかと思ってたけど、その必要はなさそうね。じゃ、全部食べちゃおう」

 中身はうどんとそばである。昨晩の食べっぷりからすれば、軽く鉄子の胃袋に収まりそうだ。

「わざとらしいな」

 ネズミ君がヒヒヒと笑う。

 鉄子だって、ネズミ君が僕の分まで買ってたことは知っていただろうけど、うどんもそばも両方きつねだという事実が推理を難しくする。

 ダブル麺類もなかなかお目にかかるものではない。

 それにしても、みんなに気を使わせてしまっているようだな。

 ネズミ君と妙子は仕送りがあるかもしれないが、鉄子も僕と同じで、収入源はダンジョンの宝箱だけだと思われる。

 適当にとっとと異世界に行って、なんて考えてたけど、まずはダンジョンの攻略をしっかりしないとな。

 昼食を済ませて、さて、ダンジョンに行くか、と腰を上げたとき、緊急の館内放送が流れた。

 今学園にいる生徒は、速やかに毒沼どくぬま講堂に集合だという。

 なんだろう。

 僕らは顔を見合わせて、一様に首を捻った。


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