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盗賊は困り、剣は意外と高い

 ノブさんの酒場に着くと、昨日僕らが出会ったテーブルでネズミ君が待っていた。

 どうやら学食のテーブルには、パーティごとに縄張りみたいなものがあるらしい。その辺りはネズミ君がうまくやってくれているようだった。

 宝箱を目の前にして、うーん、と難しい顔で腕を組んでいる。

 宝箱の隣には、先程扉を開けるのに失敗した合鍵の束が。

「待っててくれたんだ」

 そうじゃないことは状況から明らかなのだが、一応、人を疑うにも順序というものがあって。

「いや、さっきから試してるんだけどなあ」

 案の定、一人で先に開けるつもりだったらしい。

「半分試し終えたところなんだけど、今んとこ正解が見当たらないんだよな」

 僕が見ている前で、残り半分の合鍵も順番に試していく。

 しばらくガチャガチャとやっていたが、宝箱が開くより先に合鍵が尽きた。

「あのさあ、勇者」

 下を向いたまま、ボソッと言う。

「これは、俺とお前だけの秘密なんだが」

 命懸けの冒険を共にしたとはいえ、出会って二日で秘密を共有するのは不安しかない。

「俺さあ、附属出身だら?あんまり真面目に勉強しなくても、進学できちゃったんだよな」

「要するに、開けられないということだね。扉も宝箱も」

 ……。高校から盗賊を始めた奴と違ってスキルは身に付いているんじゃなかったのか。

「秘密って言ったろ、秘密!勇者、ちょっと宝箱見といてくれよ」

 ネズミ君はガバッと立ち上がった。

「どこ行くの?」

「ちょっと秘密兵器借りてくる!」

 そう言ってネズミ君は脱兎の如く駆けていった。

 秘密の多い奴だ。あんまり多いと背中を預けられないぜ。

「勇者さん」

 ネズミ君にとっては不幸なことに、彼が戻るよりも先に鉄子たちがやってきた。

 妙子もゲンちゃんを抱いている。顔色は良さそうだ。

「もう大丈夫なの?」

「はい。ピンピンしてます。保健室の先生って凄いんですよ。手をかざしてムニャムニャってやったら、あっという間に治っちゃいました」

 それは良かった。僕も肩の痛みを治療してもらおうか。

「それより勇者さん一人だけかしら?ネズミ君はどこに行ったのやら」

 鉄子はテーブルに置かれたままの宝箱と合鍵の束を訝しげに見つめたが、半分くらいは状況を理解したようである。

「別に壊して開けたっていいわよね」

「もうちょっと待ってみよう。彼にも秘密兵器があるようだから」

 そこにネズミ君が戻ってきた。

「な、なんだよ、お前ら。妙子、もう体はいいのか。もうちょっとゆっくりしてたっていいんだぞ」

 持っていたものを後ろ手に隠す。

「保健室の先生に回復魔法をかけてもらいましたから、もうバッチリです。ネズミさんが宝箱を開けるところを見たくて急いで来ちゃいました」

 不良がその不器用な魂をハードロックに乗せて叫ばなくても、時に純真さはナイフとなる。

 鉄子はというと、笑いを堪えていた。

 仏頂面のネズミ君が、仕方なしに後ろ手に隠し持っていたものを出した。

 それはノコギリであった。

「素晴らしい秘密兵器ね」

「うるせえ!猿も木から落ちるって言うだろ!」

 それは登ってから言う台詞だ。

 ネズミ君は椅子の座面の端に宝箱を置いて、足をかけて臆面もなくギーコギーコとやり始めた。

 音に気付いた生徒たちが、何事かと眺めては通り過ぎ、クスクスと含み笑いを残しては去っていく。

「ぬおおおお!あと、ちょっと!」

 しかしギーコギーコに熱中している彼の耳には、周りの雑音など聞こえていないようである。猿のように顔を真っ赤にして、一心不乱にノコギリを引く。

 彼ならボス猿になれるかもしれない。いや、ボスネズミか。

 そのうちやっと切れた端が床に落ちて、パカンと音を立てた。

「よっしゃあ、ご開帳だぜ」

 高々と宝箱を掲げ、切り口を下に向ける。

 白い目で見守っていた鉄子と妙子も、息を飲んで注目した。

 カラン、カラン、カラン。

 落ちてきたのは、たった三枚の金貨だった。

「なんでえ。たった3ゴールドか」

 ネズミ君が宝箱を振ってみても、それきり紙切れ一枚落ちてこなかった。

「あ〜。あんだけ苦労して3ゴールドかよ」

 苦労したのは君じゃない気もするけど、盗賊は頭を抱えて落ち込んでしまった。

 でも女性陣は別だった。

「見せて、見せて!」

「わ、私も見たいですぅ」

 初めて見る金貨が珍しいらしく、目を輝かせて、何度もひっくり返して、食い入るように金貨を見つめた。

 僕も一枚を手に取って、しげしげと眺めてみた。色は金色。大きさは五百円玉ぐらいか?

 表面おもてめんには、学園のドラゴンの紋章、裏面には富士山の浮き彫りと、西暦の製造年月日。それと円周に沿ってschool of fantasiaという銘が入っていた。なかなか立派なものだと感心していたが、専門家の見解は違っていた。

「あのなあ、お前ら。興奮してるとこ悪いけど、そいつがどんだけの価値かわかってるのか?」

 そう言われても、授業は始まったばかりだ。異世界経済学の教科書には、まだ折り目は付いていない。

「これって本物の金じゃないのかしら?見たところメッキじゃなさそうだし」

 鉄子が片目を瞑って望遠鏡を覗くように金貨を覗き込む。そんなことしたって富士山の山小屋は見えないと思うが。

「本物は本物だよ。でもそれは異世界ゴールドって言って、まあ、本物の金ではあるけど、異世界だけで通用する金さ。だから現実世界じゃ価値はゼロなの」

「なんだ、ガッカリね」

「でも現実世界では価値がないけど、もちろんこの学園の中だったら普通のお金として使うことができる。異世界ゴールド一枚は千円札一枚と同じさ」

「じゃあ、三千円儲かったってことね」

「ここの食堂や購買部では、日本のお金も異世界ゴールドも同じように使える。ただし相互に換金することは出来ないし、武器や防具は異世界ゴールドでないと買えないようになっている。外部への流出を防ぐためにな」

「じゃあ、これは武器を買うために使った方がいいわね。ね、勇者さん、あたし、槍かなんか欲しい」

「早まるなよ。ついでだから俺がこの学園の貨幣価値を教えてやるよ。鉄子が持ってるその竹竿な、そいつは10ゴールドする」

「え!?10ゴールドったら、一万円もするの!?これが?」

 高いなぁ。誰が買うんだろ。

「勇者が持っているナマケモノの剣はな、150ゴールドだ」

「ひゃ、150ゴールドったら、じゅ、じゅ、15万円!?これ、そんなに高いの!?」

 重くて使いにくいと思ってたけど、大事に使おう。

「ちなみに一番安い槍でも800ゴールドな」

 800ゴールド。80万円。実家の物置小屋がいくつ買えるんだろう。

「う〜。しばらくは竹竿生活なのね」

 まあ、香りはいいけど。

「じゃあさ、これ、パーッと使っちゃいましょうよ。ここの食堂でも使えるんでしょ」

「そうだな。武器はそのうちってことさ。千里の道も一歩から、千里ニュータウンへの道も新御堂筋からだぜ。腹も減ったし、なんか食おうや」

 僕らは学食の券売機の方へと向かった。

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