ガガンボは踊り、不良少女は母性がある
「イヒョーゥ!やったなぁ!」
戦闘中、奇声を上げ続けていたネズミ君が、嬌声にも似た叫びを上げて、テーブルの下から踊り出てきた。
ヒョロっとした手足で歓喜の舞を踊る彼の姿は、ガガンボが羽ばたいているようにも見える。
「あんたは何もしてないじゃないの」
案の定、鉄子に睨まれたが、ネズミ君はどこ吹く風だ。
「俺は盗賊の仕事をちゃんとやってんだよ!」
ピューっと壁際まで飛んでいったかと思うと、ソファーの後ろからラグビーボール大くらいの小さな箱を取り出した。
「へっへっ、こいつこんなところにお宝隠してやがったんだぜ」
宝箱というやつか。
「すぐに開けてもいいけど、ま、持って帰ろうや。妙子を保健室に連れてかないとな」
「そうだね」
保健室には回復魔法を使える先生がいる。僕はネズミ君がちゃんとパーティの仲間のことを考えてくれていたのだと思うと、少しホッとした。
妙子は呼吸が出来るようになってはいたが、まだゼエゼエと荒い息だ。でも怪我はないようだし、眼鏡も無事で良かった。
後でネズミ君に教えてもらったが、この眼鏡は本物の鼈甲眼鏡らしい。よく分からないけど、高いということか。
「妙ちゃん、負ぶってってあげるからもうちょっと辛抱するのよ。勇者さん、荷物お願いね」
「う、うん」
「ほら、ゲンちゃんも行くよ。付いといで」
鉄子が妙子を負んぶして、僕が二人の装備を運ぶことに。モノグラムの大きなトートバックを肩に掛け、竹竿を小脇に抱える。
妙子のバッグは意外と重い。何が入っているのだろう?
気にならないでもないが、鉄子がせっかく信用して、ネズミ君ではなく僕を指名してくれたのを無駄にしたくはない。なるべく見ないようにして歩く。
「よし、寄り道せずに帰るぞ。勇者、しんがり頼むな」
「う、うん」
ネズミ君を先頭に、女性陣を挟んで僕が最後尾を務める。ゲンちゃんはすっかり鉄子に懐いたようで、チャッチャと爪を鳴らして付いていった。
なんだかなあ。
僕が何もしないうちに、とっとと段取りが決まってしまったぞ。
僕が勇者なんだから、パーティのリーダーは僕だよなぁ。
結局、仕切っているのはネズミ君だし、鉄子もツッパっているようで、面倒見が良さそうだな。
いかんいかん。ここでも遅れを取っちゃってる。
明日からの授業、真面目に頑張ろう。早く回復魔法も覚えて、誰かが怪我をしても治してあげられるようになろう。
マップを確認するまでもない一本道を逆に歩いて、出口に到着した。
改めて、外の空気は爽やかだ。ダンジョンにどれだけいたのか分からないけど、四月初めの太陽はだいぶ西に傾いていた。
腕時計なんて持ってないから、今が何時か分からないや。ネズミ君なら持ってるかな。いや、そのくらいみんな持ってるか。
数え上げれば、劣等感はキリがない。
何はともあれ、初めての戦闘は終わった。止めを刺したのは僕だけど、偶然出た妙子の飛び付き式コンプリートショット(技の名前は後で鉄子に教えてもらった)がなければ、どうなっていたことか。
「そんじゃ、一旦ここで解散な。一息ついたら、ノブさんの酒場で会おうや。こいつの中身をご開帳といこうぜ」
そう言うと、ネズミ君はまた奇声を上げながら、スキップするようにしてピューっと駆けていった。
あんな小さな宝箱一つであそこまで興奮できるとは、盗賊の鏡と言えるのか言えないのか。
「あーあ、子供ね、アイツ。あたしはこの子を保健室に連れて行くから、勇者さんは先に学食行っててちょうだい。ほら、ゲンちゃん、行くわよ!ご飯はもうちょっと我慢しなさい」
「ミヤァン!」
ゲンちゃんもトコトコ後を付いていく。彼もご主人様のことが心配なのだろう。
ふう。
僕も学食に行こうっと。他にやることもないし、荷物は預かったままだし。
なんか緊張の糸が切れて、どっと疲れが出た。
それにしても。
あ〜、肩が痛い。