悲鳴はこだまし、女子高生は錯乱する
「きゃあああ!」
三秒に一回は誰かの悲鳴が聞こえる街、ダンジョン。今度は妙子が、ネズミ君のそれよりは相当かわいい声で叫んだ。
変な趣味に浸っている場合ではない。
彼女は観葉植物の後ろに隠れていたのだが、やはり見つかってしまって、ガーゴイルの突進を受けたのであった。
間一髪、避けようとしたところを、例のアナグラムのトートバックが引っ掛かって、鉢植えを倒してしまう。
「ひゃあ!ご、ごめんなさいですぅ!」
さっきから僕達は人のものを壊してばかりいる。
しかし、それが幸いしたのか、はたまた今のは妙子を誘い出すための単なる威嚇攻撃だったのか。ガーゴイルは彼女の上方の壁を蹴って、部屋の反対側まで飛んだ。
だがそこで態勢を整え、再び妙子に襲いかかろうとする。
しまった。今度は無防備だ。
「きゃああ!!」
やばい、と思った瞬間、ガーゴイルは空中で急に方向転換をして、トコトコとイノセントに床を這っていた灰色の毛玉に向かって急降下を開始した。
ゲ、ゲンちゃん!
さっきの衝撃で妙子の腕の中から降りてしまったのか。
ガーゴイルはゲンちゃんの首根っこを片足でヒョイと掴むと、いいもの見つけた!といった顔でペロリと舌舐めずりをした。テーブルに伸びていたネズミ君の頭をもう一方の足で踏み切って、天井近くまで舞い上がる。我に返ったネズミ君は慌ててテーブルの下に隠れた。羞恥心無しか。
「きゃあああーーーーーーーーーー!!ゲンちゃーーーーーーーーーーーん!」
耳をつんざくような悲鳴。最愛の人を攫われた妙子は、かわいい顔をクチャクチャにして、絶望の深淵に落ちた人類の悲しみを炸裂させた。嗚呼、ムンクがこれを見たら、どんな名画が生まれることだろう!
それでも少しかわいく見えるのは、美少女の特権だろうか。
「ああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
いかん。目が完全に逝ってしまっている。錯乱状態だ。
「ちょっとアンタ!降りてきんしゃい!」
鉄子も竹竿ではたき落とそうとするが、天井は15mも先にある。ダンジョンの空はガーゴイルのものだ。
その羽の生えた悪魔は、予期せぬ三時のおやつをどこで味わおうかと、思案気な顔で優雅に飛び回っている。
僕も転がっていたティーカップをぶん投げてみたが、それはヒョロヒョロと舞い上がり、的に擦りもせずに力なく落ちた。三つ目のティーカップが壊れた。
うう。最早肩が限界。今シーズンは絶望的だ。
「んもう!許せないですぅ!よくも私のゲンちゃんをぉぉぉーーー!!」
何かに取り憑かれたような妙子がテーブルの上によじ登る。それでも手が届かないと見るや、椅子を持ち上げてテーブルに置き、その上に立った。
あ、危ない!
椅子の上からエイ!とジャンプすると、相手を舐めて低空飛行をしていたガーゴイルに抱きついた。
そのまま慣性で少し進んだが、妙子の重みでバランスを崩したガーゴイルの動きが止まった。
彼女の右手は相手の首の後ろにガッチリ回され、左手は脇から差し込んで肩をロックしている。そしてそのままの態勢で落下を開始した。妙子は背中を下にして、ガーゴイルは顔面を下に向けて。
ドーーーン!
「はうあ!」
鈍い音がして、二人と一匹(一人と二匹と言うべきか?)は床に激突した。
「妙子さん!」
「妙ちゃん、大丈夫!?」
慌てて駆け寄ったが、鉄子の方が先だった。妙子は背中を床に強く打ち付けたみたいで、息が出来ずにいる。
その横でゲンちゃんがニーニー鳴いていた。
ガーゴイルは固い石の床の上で伸びている。
「良かったよ。落ちたのが絨毯で。それに頭は打っていない。この子ったら、うまく受け身を取ったわね」
鉄子が介抱しながら言った。僕にはそこまで見えなかったが、状況から察するに、妙子はフッカフカの絨毯の上に、ガーゴイルは石の床の上に落ちたみたいだった。ゲンちゃんも無事のようである。流石に猫。
「まだ生きてるぞ!勇者、とどめを刺せ!」
テーブルの下からネズミ君が鋭い叫び声を上げる。台詞は勇ましいが格好は情け無い。
「よし!」
ピクピクと動き始めたガーゴイルの頭上に、ナマケモノの剣を掲げた。ちゃんと左手を添えて、照準を合わせる。
すうーっと大きく息を吸い込み、止めた。
「たあっ!」
裂帛の気合いとともに振り下ろした剣は、ゴンっと鈍い音を立てて敵の後頭部に当たった。
うう、ごめん。
鈍器のようなもので殺害されたガーゴイルは、それきり動かなくなった。
部屋には死体と、荒らされた跡が。