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99.奈落


 その後、サクラとダイアは連れ立って歩くことになった。

 いくら人気アイドルと言えども帽子にサングラスにマスクという組み合わせは逆に目立つのではないかと言ってみると、これくらい極端にしないとすぐにバレるとのこと。

 確かに一般人とは一線を画すオーラを纏っていることはサクラにも肌で感じるものがあった。


「つまりメンバーの方々とファミレスで待ち合わせしたけど、迷っちゃった……ってことですよね」


「うん、だからこれも何かの縁だと思って案内してくれたら嬉しい。お礼はさせてもらうからさ」


「それは全然構いませんけど……そのメンバーの方に連絡して迎えに来てもらうとかはダメなんですか?」


「ぜっっっったいダメ。そんなこと頼んだらあいつらまた『方向音痴(笑)ざっこ(笑)』とか『義務教育からやり直してみては?』とかバカにするんだから。ライン越えだっての」


「ええ……な、仲悪いんですか?」


「違うよ、舐められてるだけ。これでもリーダーなのにな、あ、不仲とかネットに書かないでね」 


 書きません書きません、と慌てて手を振る。

 不思議な関係だ。少なくともステージ上で見る限りは並大抵の息の合い方では無かった。

 

「そういう気の置けないやりとり、ちょっと憧れちゃいます」 


「あー、あんた……サクラだっけ、見るからに優しくて人が良い感じだもんね。こうして得体の知れない自称アイドルにも親切にしてくれるしさ」


「優しいだなんて……そんな。無いですよ、ほんとに」


 …………本当に優しい人は、大切な友達にあんなことはしないだろうから。

 

 少し俯いたサクラの横顔を、ダイアは横目で覗き見る。


「私らはさ、なんか特定の事務所に所属してるってわけじゃなくてネットで活動し始めたらいつの間にか人気が出てたって感じなんだよ」


「それはすごいですね……!」


「ああいや自慢したいわけじゃなくて。もともとはネット配信が中心でね、バズるために色んな企画をやってみたんだけど、その中でも悩み相談みたいなのが結構人気でさ。リスナーからお悩みを募って私たちが答えるみたいな感じの」


 ネット配信。

 あまり見たことは無いが、カナ先輩が良くやっているようなやつかな、とサクラは適当に想像する。

 しかしどうしていきなりそんな話をしたのだろう、と疑問に思っていると、ダイアはにかっと人好きのする笑顔を向けてくる。


「だから、サクラも悩みがあるなら話してみない? わりと評判良かったんだよ。私らのお悩み相談」 


「え…………」


「出会った時からすっごい辛そうな顔してるんだもん、気になるよ。最初は私のせいかなって思ったんだけど違うみたいだし」


 初対面の人にもそう見えてしまうほど酷い顔をしていたのか。

 いや、それも当然かもしれない。それくらいの経験はしたのだから。

 

 しかし、好意とはいえこんな身の上を話していいものだろうか。

 ハルやココにだって打ち明けることを拒んだのに――そう考えつつも、サクラの心の壁は取り去られつつあった。

 近い相手にだから言えないことだってある。逆に言えば、離れた相手――例えば今日会ったばかりのアイドル相手なら、そのハードルは低くなる。

 

「ほら、言っちゃいなよ。月並みだけど吐き出すだけでもだいぶ気はまぎれると思うからさ」


「……結構重いかもですよ」


「どんとこい。ファンの人生背負うくらいの覚悟がないと悩み相談なんてやってられないんだから」


「あははっ、やっぱりダイアちゃんってすごいアイドルなんですね」


 空を見上げる。

 雲一つない快晴だ。遮るものの無い陽射しが降り注ぎ、サクラの足元に影を落とす。

 こうして胸襟を開くのは、ダイアが不思議と受け入れてくれるような気がしたからか。

 それとも、出会ったばかりの相手に打ち明けねばならないほどに心が疲れてしまっていたのか。

 たぶん両方だ、とサクラは自覚する。


「……友達が、遠くに行っちゃって」 


「それは――――……そう、か」 


 その言葉の意味を計りかねたダイアはサクラの横顔を見て、全てを理解したようだった。

 取り返しのつかないことが起きたのだ、と。


「あたしが悪かったんです。あたしがもっと強ければその子の近くに居られたのに、その子を守ることができたのに……どうしても力が足りなくて、見てることしかできませんでした」


「……うん」


「あたしはそれが辛くて、塞ぎ込んじゃったんです。それだけじゃなくて、あたしを心配して様子を見に来てくれた他の友達を拒絶しちゃって、それもずっと後悔してて……もう奈落の底に落ちたみたいな気分です」


 ああ、こうして思い返して見ればなんて情けない話だろう――こんな話、口にするべきではなかったかもしれない。

 ダイアだって無言になってしまって……と。

 後悔し始めていた時、隣から、すん、と洟をすする音が聞こえた。


「ぐすっ」 


「えっ」


「いや、泣いてない。泣いてないからこっち向くなよ」


 顔を背けたダイアは懐からティッシュを取り出し、マスクをずらして鼻をかむ。

 ぢーん、とおよそアイドルが街中で出していいのか不安になる効果音がして、ようやく収まった。


「……はあ。いや、泣いてないから」


「は、はい」


「それさ、どれくらい前の話?」


 ものすごく鼻声だったが、とりあえずそこには言及しないでおく。


「だいたい10日前くらいです」


「マジか、つい最近じゃん……!」


 ダイアは目を丸くして驚いている。

 サクラも、こうしてはっきりと数字にして自分で驚いた。まだそれくらいしか経っていないのだと。

 

「……まあ、細かい事情も、あんたがどんな人かも私はよく知らない。『気にしない方がいい』とか『あんたは悪くない』とか『早く忘れた方がいい』とか……そういう軽いことも言えない。私に言えるのは、そうやってつらかったことをちゃんと話せるのは向き合おうとしてる証拠だってことだよ」


 その言葉に、サクラは少し目を見開いた。

 同時に視界も広がった気がした。


「向き合おうと……してるんでしょうか」


「うん。それにさっき奈落に落ちた……って言ってたよね。確かにサクラが今いるのは暗くて深い穴の底かもしれない。だけど、奈落って落ちるだけのものじゃないんだよ」


「え?」


 ダイアは胸を張って、輝くような笑顔を浮かべる。


「私らの立ってるような舞台にも奈落って穴がある。だけどそれは何かを落とすためにあるんじゃなくて、役者が煌めくステージに上がるためのものなんだ」


「ステージに……上がる」


「そう。だからこう考えてみなよ。今は確かにどこもかしこも真っ暗かもしれないけど、ここからは昇っていくだけなんだってさ」


 上がるだけ。

 ダイアの言う通り、これ以上落ちることは無いような気がする。

 

 ……いや。

 そんなことにはもうさせない。


 振り返るのは停滞だ。

 前を見なければ向き合うことはできない。


「……そうですよね。前に進みたいなら顔を上げるべきなんですよね」

 

「そーだよ! 私もさー、ダンスレッスンの時とかコーチに下向くな顔上げろって言われまくってうるさいったら」


 あはは、と笑い声が重なる。

 こうしてまともに笑うのは随分と久しぶりのような気がした。

 やっぱりすごいアイドルなんだなと再確認する。

 さっきのライブや配信で、サクラのようにたくさんの人の心を救ってきたのだ。


 もしかしたら、サクラにも――そういった未来があったのかもしれない。

 あの時、テレビで見たのがキリエの試合ではなく、ダイアたちのライブだったなら。


「……ふふ。これでもさっきのゲリラライブ見て少しは元気出たんですよ?」


「えーマジ!? 見てくれたんだ……! 嬉しいよ、ありがとう」


「いえいえ……あっ、あそこですよ、ファミレス」


 サクラの指差す先には大衆向けのファミリーレストラン。

 人気アイドルでもああいった身近な店で待ち合わせするんだなと、意外に思った。


「良かった、やっと着けた……サクラのおかげだ。本当にありがとう! そうだ、何かお礼を……」


「大丈夫です。あたし、ちょっと用事が出来ちゃったので」


 澄んだ声色に、懐を探っていたダイアが顔を上げると――目の前にあったのは、サクラの真っすぐな眼差しだった。

 ああ、この子はこんな顔をしていたのか……と。

 しばし言葉を失うほどに精悍な顔つきだった。


「……そっか。応援してるよ。次会ったら絶対お礼するからね」


「あははっ、アイドルさんに応援されるなんて変な感じです。それじゃあ行って来ますね」


 手を振って別れる。

 走り出す。

 もう振り返らない。


(…………ハルちゃん) 


 今はただその少女のことだけを想う。


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