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90.二番目の意味


 黄泉川ココは学園都市で二番目に強い。

 それは間違いなく覆しようのない事実である。


 だが、彼女をその序列足らしめているのは何なのだろうか。

 思念のクオリアという、精神系最強のクオリアを持っていることだろうか。

 それとも単なる公式戦の勝率からだろうか。


 それらは間違いではないが、正確ではない。


 単純な話だ。

 この学園都市において圧倒的頂点に位置する最条キリエ――彼女以外に負けたことが無い。

 その戦績こそが、ココを永遠の二番手たらしめている。




 * * *




 聖堂の壁が砕ける。

 大量の瓦礫に混じるようにして”サクラ”が転がり出す。


「…………っ!」


 何が起こった?

 何も見えなかった。

 気づけば吹き飛ばされていた。


 攻撃されたらしい胸元が熱を持つ。

 だが、何をされたのかわからない。

 次の攻撃に警戒しつつ立ち上がると同時、聖堂の壁をさらに破壊して、舞い散る粉塵の中をココがゆっくりと歩いてくる。

 屋外に広がるのは無限に続く黄金の空。聖堂はそんな空を飛ぶ巨大な島に建っている。


「あははっ、すごいですね! さすが先輩です!」


 なおも笑う”サクラ”に、ココは怜悧な目を眇める。

 これでも余裕を失わないことに少しだけ苛立ちを覚えた。


「だけど……どういう攻撃にしろ、これさえ当てれば終わりですよね!」


 少女が手を開くと、クオリアを無効化する波動が巻き起こる。

 それは広範囲へと高速で波及する突風だ。

 だが、ココはそれに素早く反応し、足元を思い切り踏みつけた。

 ただの地団太のような動き。しかしそれだけでとてつもない砂塵と石つぶてが舞い上がり――波動を遮る盾となる。


「なっ……!?」


「あなたの波動は風に似ているだけで風じゃない。ものを吹き飛ばしたり障害物を透過したりするような性質は持ってない――わかっていればこうして防ぐことは簡単」


 そして返す刀でココが動く。

 瞬間、またも”サクラ”は吹き飛ばされていた。


 ほとんど身じろぎ程度の動作だったはずだ。

 ココの能力は思念のクオリア。こんな攻撃は不可能のはず。

 本来なら相手の思考に作用して自分から吹っ飛ぶように操ることも可能だろうが、こと”サクラ”が相手であれば、その内に秘める思考の濁流がそれを阻む。


 ならば、と考え、”サクラ”はすぐに答えに至る。


「拳圧、ですね? ただの拳で空気を押し出して攻撃してる――それを支えるのは極限の身体能力ですか……!」


 肯定も否定もしなかった。

 ただココは拳で虚空を叩く。

 今度は回避された。ばち、と空中に残留する雷の尾は、サクラが纏雷を発動し高速で移動した残滓だ。


 それを確認した瞬間、ココは上空へと跳び上がる。

 本物のサクラを凌駕するあの速度を捉えるのは、いくらココでも骨が折れる。

 だが、


「あなたの遊びに付き合ってる暇はない。悪いけど容赦なしで行くわ」


 眼下の”サクラ”が――ほとんど豆粒くらいに見える彼女が立ち止まる。

 おそらくは死角から攻撃しようとしていたのだろうが、こうして上から見下ろしてしまえば意味は無い。

 ココはただ、その手で空を何度も撃ち抜く。


 透明な雨が降った。

 見えない無数の拳圧が降り注いだ。

 どれだけ素早く動けても、絨毯爆撃は回避できない。

 巨大なハンマーに匹敵する衝撃が、少女の立つ大地ごと抉った。


「……ふう」 


 無数のクレーターが生まれた地面に降り立つと、その中心地には”サクラ”が倒れている。

 その顔には、やはり笑みが浮かんでいて、身体中にノイズのようなものが走っていた。

 ”サクラ”は、ため息のような笑い声を零す。


「いやあ……思ってたより強かったですね。完敗です。しかもわりと手加減してましたよね? やっぱり可愛い後輩ちゃんの姿は本気で殴れませんか」


「戯言はいいから出すもの出しなさい」


「怖いですよ……。はい、わかりました。あの子の記憶と……意識を返します」


 仰向けになった”サクラ”は空へ向かって手を伸ばすと、どこからか生じた赤い光の粒子がそこへ集まっていき、なにかを形作っていく。

 生み出されたのは淡く輝く赤い宝石。それは彼女の手から離れ、空中にふわふわと浮かんでいる。


「そうだ、相手してくれたお礼にひとつ言っておきたいことがありまして」


「……なに」


 この上なく怪訝な表情で、ちょっとからかい過ぎたかと苦笑したくなる”サクラ”だったが、それでも聞く姿勢を見せてくれることがココらしいなとも思う。


「ちょっと”あたし”の中で怪しい動きをしてる人がいます。なので、ちょっと心の準備をしておいた方がいいかもですね」


「あなたの中って……もしかして」


「……じゃあ、あたしはこの辺で。また会う時は……うーん、もうないかも?」


 それでは、と別れを告げた瞬間、サクラの身体から虹色の霧がふわりと溶けだした。

 直後、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「あ……あれ……? ここは……」


 きょろきょろとあたりを見回すその様子を見ると、本物の意識が戻って来たらしい。

 いつもの元気がないことを除けば、天澄サクラで間違いないだろう。


「あなたの心の中だそうよ」


「そう、ですか……あの、もしかしてこれがあたしの……?」


 身体を起こしながら、サクラは目の前の赤い宝石を見つめる。

 ルビーのように真っ赤だが、目に痛い光ではなく――どことなく、沈む寸前の夕日を思わせる色合いだった。

 サクラは唇を噛みしめ、胸元で手を握りしめる。まるで失くしたものを手繰り寄せるかのように。


 ココは少しだけ迷って、”サクラ”のことは口にしなかった。

 あれが何なのかココにも詳しいことはわからないし、今のサクラにこれ以上の重石を乗せるのは酷だろうと考えたからだ。


「……あなたには悪いけど、私は見るわ。だから――――」


 そう言って宝石へと伸ばした手が掴まれる。

 弱々しい力だった。それでも、確かな意思が感じられた。

 ココは最初、サクラが止めようとしているのだと思った。

 だが、  


「あたしも……見ます」


「でも、あなた……思い出すだけで、口にしようとするだけで、あんなに苦しそうだったのに」


 呼吸すら満足にできないほどだったのだ。

 だからココは心に潜るという強硬手段に及んだのだから。

 しかしサクラはその瞳に弱々しくも光を宿してココを見据える。


「先輩だけに、背負わせたくないんです」


 だからもう一度、あたしも背負います。

 確かにそう言った。


 ああ、と得心がいく。

 思えばサクラはずっとそうだった。

 他人のことばかり考えて、だからこそ危うい強さを備えていた。

 心を読まなくたってわかる。彼女は今、壊れかけた心を必死に立て直そうとしているのだと。


「私も……」


 ココはようやく理解した。

 なぜ自分がここまで踏み込んだのかを。

 この危うくも真っすぐな後輩を、支えたいと思ったからだ。


「私も、あなただけに背負わせたくない。だから……見ましょう。一緒に」


 サクラはわずかに目を見開くと、こくりと頷いた。

 二人の手がゆっくりと宝石に伸び、そして――触れる。

 瞬間、記憶が溢れた。


 サクラにとっては二度と目にしたくない記憶。

 しかしそれでも、もう一度向き合わなければならない過去だった。


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