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82.新しくなれ、あたし


 少女の身体が宙を舞う。

 ビルの壁面に激突し、蜘蛛の巣状のヒビを走らせる。


「――――っ、ぁ」


 もう何度あのモンスターの打撃を食らったか。

 いつからか回数を数えるのは諦めてしまった。

 全身が痛みに包まれている。アーマーに軽減されていてこのダメージということは、本来なら何度か死んでいるだろう。


 どれだけ吹っ飛ばされたのか、謎の女性が召喚した黒鉄のモンスターが豆粒ほどのサイズに見える。

 体長は2メートルほどで、全身を真っ黒な金属のような組織に覆われている、人型の魔物。

 あの組織は筋肉のように膨張して力を増幅したり、場合によっては身体から離れて別の生き物のように襲い掛かってくる。


「来た……!」 


 モンスターの黒い液体金属が身体からバラバラに分離したかと思うと無数の弾丸と化して飛来する。

 サクラは全身に雷を流し加速――”纏雷”を発動し、真横に駆け出して回避した。

 空を切り裂く音が連続し、サクラの後ろに次々と着弾する。

 纏雷を発動したサクラの速度は驚異的だ。光を操るキリエや学園都市トップの肉体強化倍率を誇るココなどのトップ選手(キューズ)には及ばないが、少なくとも同学年にサクラ以上の速さで駆ける者は一人としていない。


 だが、この速さで走ってやっとギリギリ躱せるほどの弾速。

 その上、


「なっ!?」


 目の前に巨躯が立ちはだかる。

 モンスターはサクラ以上の速度で回り込んだのだ。

 その右腕が膨張する。またあの拳で殴られれば今度こそアーマーが割れる。


 サクラは驚くべき反応速度で右手の指先に雷を充填する。

 振り下ろされる右腕を無視して、その照準はモンスターの顔面へ。

 どんなモンスターでも直撃すれば風穴を開ける、サクラの伝家の宝刀が発動した。


「雷の矢!」

 

 凄まじい雷が駆ける。 

 一直線にモンスターを目指して――しかし。

 その直前、先ほど射出された弾丸がひとりでに戻ってくる。

 モンスターの眼前で集まり、盾へと姿を変え――雷の矢を完全に防いだ。


「そんな……!?」


 サクラにとって最強の攻撃が阻まれた。

 だがその事実に驚愕する余裕などありはしない。

 今しがたサクラの攻撃を防いだ盾を突き破って、砲丸のごとき拳が直撃した。


 ガラスの割れる音。

 ビルの中に突っ込み、中のデスクを吹っ飛ばしながら、やっと止まる。

 閉じた瞼の上をどろりとした感触が覆った。額から血が流れている。

 

 アーマーはまだブレイクされていない。

 耐久力が本人の精神力、心の強さに比例するのがこのアーマーだ。

 今のサクラはエリを助けるという強い想いの元戦っている。だからいつもより強靭な硬度を誇っている。


 しかし、想いの強さだけではどうにもならないこともよくわかった。

 これだけ完膚なきまでに叩きのめされては認めざるを得ない。


(……………………あたしじゃ、勝てない)


 援軍は無い。

 このポケットにはサクラしか間に合わなかった。


 だからサクラが勝たなければならない。

 それでもあの黒鉄のモンスターは強敵だ。

 ここまで『どうにもならない』と感じた相手は他にいない。


 あのモンスターにはまるで欠点がない。

 単に高いパワーとスピードを備えていることがこれほどの脅威になるとは思わなかった。

 その上知能も高いのか、容赦のない攻めを展開してくる。


「……それでも」


 スクラップと化したデスクの山を押しのけ、額から流れる血を拭い、サクラは立ち上がる。

 身体の痛みも、恐怖も、全て無視する。

 エリを助けるためにはここで倒れるわけにはいかないのだから。

 負けるわけには――いかないのだから。


(あたしじゃ勝てない――――なら、もっと強く)


 強く決心した瞬間、壁面が爆発し、モンスターが飛び込んできた。

 衝撃でわずかに傾ぐビルの中、モンスターは悠然とサクラへ歩いてくる。

 それに対し、サクラはくるりと踵を返して走り出し、窓を突き破って飛び出した。


『クオリアを強くする一番大切な要素は、信じる心』

『クオリアは認識の力。個人の認識によって世界を歪める力なの』


 以前ココに教えられたことが脳裏をよぎる。

 

『自分の可能性を自分で否定しちゃダメ。クオリアは常識に囚われないほうが絶対に強くなるから』

『大切なのはイメージすること。『力をうまく使っている自分』を強くイメージすること』

『――――つまり、自分を信じること。肯定すること。それこそがクオリアを強力にするの』


 当時のサクラにはその言葉の意味が良く理解できなかった。

 自分を信じるということがどうしてもできなかったからだ。

 

 だが今ならわかる。

 クオリアは認識の力。

 ならば『できる』と信じること。

 一歩先の自分を強くイメージすること。

 それが、クオリアの可能性を広げるのだ。


「なろう。――――新しいあたしに」


 新たな力を思考の中で作り上げる。

 サクラの雷のクオリアで、この状況を打開する方法を。

 

 黒鉄のモンスターを倒すには、まずあの機動力に対応できなければならない。

 その上に強靭な黒い液体金属の鎧を打ち崩す何かが必要だ。

 

 ――――あなたは雷が使えるんだから――――

 

 ぱち、と脳内に記憶が横切る。

 これだ。あとは形にするだけ。

 右手にクオリアの力を集め、薄く伸ばしていくようなイメージ。痺れるような感覚を確認し、右手を砕けたデスクの破片に向けると、わずかにサクラのほうへと動いた。


(…………できた)


 理屈は捨て、描いた理想を現実に。

 それを可能にするのがクオリアだ。


 落下するサクラを追い、ビルから飛び降りるモンスター。

 その身体から金属の鎧が剥離すると、長大な槍の姿に変わる。

 槍を掴んだモンスターはその切っ先をサクラへ向け、まるで弓のように振りかぶる。

 眼下の少女に投げつければ串刺しになるだろう。

 

 右腕が膨張する。

 ぐっと引かれた槍が、凄まじい膂力で投擲された。

 恐ろしい速度で直下へ突き進む槍。

 だが。


 槍が直撃する寸前、少女が真横に跳ねた。


「……………………?」 

 

 槍は空を切って大地に突き刺さる。

 状況を理解するのにワンテンポ擁した。

 あの少女は空中では動けなかったはず。

 だというのになぜ――という思考は、


「はあああああっ!」


 真横から飛んできたサクラの飛び蹴りによって中断される。

 空中での直撃により運動エネルギーがまるごと移り、モンスターは砲弾のごとき速度でビルの壁面に叩き込まれる。

 何が起こったのか確かめるため今しがた攻撃を受けた地点を見ると、そこには宙をトントンと跳ねて空中に留まる少女――サクラの姿があった。

 

 新たに発現したのは、磁力。雷から派生させ会得した力。

 足の裏と地面の間に反発する磁力を生じさせ、疑似的に空中を足場にしているのだ。

 

「あたしはこんなところで止まってられないんです」 


 本来なら、高いクオリア操作技術が要求される異能行使。

 だが今のサクラはエリを助けるという強い意志に後押しされている。

 誰かを助けたいという想いはサクラにとって何より強い感情。

 そして強い感情はクオリアの力を限界以上に高める。


 たん、と空を蹴って飛ぶ。

 纏雷で強化された脚力によって、サクラは空中を跳ねまわりモンスターへと肉薄する。


「だから……倒します!」  


 握った拳とともに幾条もの雷の矢を叩き込む。

 落雷のごとき轟音が響き、モンスターの身体が傾ぐ。

 通用した。そのことを確認し、反撃に振り回される丸太のような腕を回避する。

 

(効いてはいる……けど、まだ足りない)


 サクラの放てる単発の威力としては今のが最大。

 それでもあの鎧を破ることはできなかった――ならば。


 左腕に力を込め、磁力を発生させる。

 がくん、とモンスターが体勢を崩す。引き寄せられる力に抗っている。

 サクラの発する磁力に反応しているのは、その全身に纏う黒い鎧。

 少しずつ少しずつ、液体金属のような性質を持つ鎧が剥がされ、サクラの左手に吸着していく。


「ぜんぶ引っぺがしてあげます!」


 一気に鎧が身体を離れ、サクラの左手に球体の形で集まり切った。

 そして剥がされきったモンスターの姿は、まるでマネキンの素体の様相を呈していて、先ほどまでの迫力は感じられない。


 サクラは空いた右手から雷を放出する。

 五指の先端から雷の矢を出し、そのまま固定。

 それはまるで雷の爪だ。


 もはや阻む者は無い。


「あたしはエリちゃんを助けたいんです。だから――邪魔しないでください」

 

 地面を蹴る。

 一気に加速し、棒立ちのモンスターへ向かって雷爪を振り上げた。

 拍子抜けするほどに軽い音がして、ばらばらとモンスターの肢体が分断される。

 そのまま地面に転がると、跡形も無く消え去った。


「勝った……」


 息を吐くと、壮絶な疲労感に思わず膝をつく。

 一度にクオリアを使いすぎた――だがこれで終わりではない。エリを探してこの空間の主から守らなければ、と顔を上げた瞬間。

 

 サクラのいる大地を巨大な影が舐めた。


「…………え?」 


 その視線の先。

 サクラの頭上を直径数十メートルはあろうかという円盤が飛行していた。


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