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78.リベンジャーズ・アサルト


 試合開始と同時、全力で床を蹴って前へ。

 前方のエリが平手を前に出したのが見える。


 直後、不可視の波動がサクラを襲った。


「…………っ!」


 身体からクオリアの気配が抜け、脚力が落ちる。

 わかってはいたことだが、見てから対処することはできない。

 あの”波動”は言ってしまえば突風のようなもので、発動したと思った時にはすでに通り過ぎているのだ。

 

 そして。

 クオリアが無効化されれば当然――エリの独壇場である。


「全然変わってない。それで勝つつもり……?」 


 サクラと違い、依然として肉体強化を保つエリが滑るような動きで懐へ入った。

 その手が。速く鋭い蛇のような腕が、サクラを絡めとらんと迫る。

 

(……知ってる)


 あの時は何もわからず組み伏せられた。

 だが今は違う。


 この二週間、誰よりも研鑚を積んできたのは自分だ。

 ずっとエリのことを考えてきた。

 どうすれば勝てるか。どうすれば追いつけるか。どうすれば――捉えられるか。

 そこだけは誰にも負けない。


「――――え」


 呆けたような声はエリからだった。

 伸ばした手が、軽い衝撃と共に跳ね上げられる。

 それはサクラの手の甲によるもの。


 エリの手刀には――いや、エリの体術全般には強力な肉体強化(バフ)が乗っている。

 その速度は人間の域を超え、さらに機械のような正確性も相まって見切るのは至難の業。


 だがサクラは、まるで暖簾でも上げるようにその攻撃を捌く。

 

「確かに速いですね。でも……はい。これなら黄泉川先輩の方が怖かったです!」


 手が跳ね上げられたことでがら空きになる身体。

 そして、サクラから稲妻が走る異音がする。この瞬間クオリアが復活したのだ。

 この時、エリは戦闘において初めての焦りを見せた。

 

「まず……っ!」 


 纏雷。

 身体に雷を流すことで半強制的に筋肉を駆動させる、身体強化技。

 サクラの右腕に稲妻が収束すると一気に加速――その拳がエリのみぞおちを捉えた。


「……かはっ……」 


 鈍い音と共に吹き飛ばされ、床を転がる。

 エリにとっては、記憶にある中で初めてのまともなダメージだった。


 一瞬の静寂の後、客席が湧く。

 そんな中、アリスはぼんやりと口を開いた。


「サクラ、すごいね。あれどうやってるの?」 


「あのねえ……アリス、あなた真面目に見てればわかるでしょうに」


 呆れきった様子のカナ。

 その隣で、この二週間サクラの訓練を見ていたココが静かに語り始める。


「あの空木エリという子が持つ消滅のクオリアには”波動”と”接触”の二種類があるの」


「”波動”はさっき手から出してたやつだよね」


「ええ。手の平から放射状に放たれるあの技は恐ろしい速さで広範囲に届く。でもその代わり効果時間が数秒しかないという欠点があるの」


「”接触”は?」


「相手に触れてる間、永続的にクオリアを無効化するって性質ね。空木エリはその二種類を使い分けてる」 


 つまりエリの戦法をまとめると――試合が始まった瞬間、まず”波動”で確実に相手を無力化。

 そして、相手がクオリアを遣えない数秒の間に素早く近づき拘束。

 相手に触れることでクオリアを完全に沈黙させ、関節技+肉体強化の差で完全に抑え込み、詰ませる……ということになる。

 初戦におけるサクラは自ら関節を外すことで拘束から逃れたものの、そこから逆転することはできなかった。


 単純だが決まりやすく、そして決まれば問答無用に勝負を決する。

 同ランクならやはり対処は難しいし、勝負にならないという批判が出るのも自然なことだったのかもしれない。


「ふーん……要するに、”波動”を受けてからの数秒を凌ぐことができれば何とかなるってことか」 


 ”波動”でクオリアを消せる以上、遠距離技の雷の矢は通用しない。

 しかし纏雷で加速した打撃なら話は別。全身を流れる雷を消しても、拳の勢いまでは――運動エネルギーは打ち消せない。


「それができるように鍛えたわ」


「おお、先輩が珍しくどや顔」


「……やめなさい」


 ココが端的に言うほど楽な道のりではなかった。

 手加減したとは言え、体術面なら学園都市トップのココの猛攻をしのぐ訓練は困難を極め、身体中に青あざを作って保健室に駆け込むことも珍しくは無かった。

 後で治癒して貰えるし、ダメージを緩和するアーマーもある。それでもココの攻撃はとんでもない威力で、正直何度かくじけそうになった。


 それでも最後にはある程度対応できるようになり、そして今。

 サクラはエリに正面から向かっていく。


「――――エリちゃん! やればなんだってできるんです! だからそんな諦めたような顔しないでください!」 

 

「…………っ」 


「辛いかもしれないけど、あたしたちは前を向いて生きるしかないんです。過去はどうやっても変えられないから」 


 記憶がない。生まれも育ちもわからない。

 ”過去がない”という過去。

 それは変えられない。

 サクラが自らの(クオリア)で友達を深く傷つけてしまったのと同じように。


 無かったことにするのではない。過去を置いていくわけではない。

 背負ったまま、前へ進む。


(…………ああ、それはきっと――理想だ)


 想像した。

 空虚な過去を乗り越えて、光の当たる場所で生きる自分を。

 そこにはサクラもいて、こちらに笑いかけてくれている。


「でも……」


 それができるなら。

 できないから。

 こうして。


「私は……弱いから」


「エリちゃん……?」


「わからないよ」


 とん、と微かに床を蹴った音がして――気づけばエリが目の前に。

 どくんと心臓が跳ね上がり、伸びてきた手をとっさに弾く。

 だがその勢いを利用して身体を独楽のように回転させたエリの回し蹴りがサクラの側頭部にクリーンヒットした。


「つ……ぁ……?」


 視界が回る。

 眩暈に意識が揺らされ、その中で目の前に手が突き出されるのが見えた。


「消えて」


 ”波動”。

 正面からまともに喰らったサクラのクオリアが数秒消える。

 そして、この距離なら当然エリの手が確実に届く。


「まず――――」


 白く細い手がサクラの首を掴む。

 ぎりぎりと、小柄な少女とは思えないほどの膂力で締め上げる。

 頭へのダメージと酸欠で朦朧とする意識では、危険な状況に制止しようとする教師の姿も目に入らなかった。


 だが。

 この状況を予想していなかったわけではない。


 ――――おそらく、全てが思い通りに運ぶことは無いでしょう。実戦ならなおさら。


 ココの言葉が頭をよぎる。

 

 ――――だから掴まれた瞬間、反射的に。今から教える技が出せるように身体に教え込むわ。


 サクラの目が、開く。


「…………あああッ!」 


「なに!?」


 首を掴まれたまま、サクラが跳ぶ。

 そのまま両足を自分の首を掴むエリの左腕に絡ませ――――ひと思いに、全力で捩じった。


「うあっ!?」


 捩じられた腕の筋肉に走る激痛に、思わず声を上げて手を離すエリ。

 キューズの纏うアーマーは大抵の攻撃を大幅にカットしてくれるが、それは体表に対しての攻撃……つまり外部からの衝撃に対してのもの。

 内部へのダメージに対してはほぼ無力だ。

 

 そして、解放されたサクラは着地するや否や纏雷を発動させ、全力で上に跳躍した。

 膝をつきつつも見上げるエリの上空には、天井を全力で蹴り、こちらへと急降下してくるサクラの姿が。

 体勢は、飛び蹴り。


 ゼロコンマ秒の間、エリはとっさに手をサクラへと突き出し、消滅の突風を放つ。

 ”波動”。どんな攻撃もこれで無力化してきた。

 だが、同時に気づく。気づいてしまう。

 この攻撃に、すでにクオリアなど関係なくなっていることに。


「――――そうです! エリちゃんのクオリアは……運動エネルギーまでは消せません!」


 ”波動”を貫き、全身に流れる雷が霧散する。

 

 だが。

 流星のごとく飛来するサクラはなおも加速し――渾身のキックを炸裂させた。

 

 衝撃に体育館が震える。

 床に亀裂が走り、攻撃を受けたエリのみならずサクラまでも勢いのまま吹き飛んだ。

 

 静寂が漂う中、パリン、とガラスの割れるような音。

 それは、倒れたエリの方からだった。

 

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