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75.マンツーマン


「それでは特訓を始めましょうか」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 最条トレーニングルーム地下の一室。白い床や壁に囲まれたこの場所に、サクラとココの二人は体操服に着替えて集まっていた。

 かなり広く教室4つぶんはありそうだ。

 ココが受付で渡されたタブレット端末を操作すると、何もない床に突然巨大なパラボラアンテナのような装置が出現した。


「わわっ、なんですかこれ」


「これは電気を吸収して測定する装置。今からこれにありったけの雷を注ぎ込んでもらうわ」


「えーっと……体術の訓練だったのでは?」


「話は全部出し切ってからよ」


 とにかくやってみろということらしい。

 サクラは素直に頷くとパラボラへ手を向けクオリアを発動させてみた。


「はああっ!」


 光と音が炸裂する。

 身体に溜まったエネルギーを根こそぎ吐き出すかのようなイメージを浮かべ、手のひらから膨大な雷が放出されていく。

 そんな様を、ココは真剣なまなざしで見つめていた。

 

(……やっぱり出力はかなりのものね。威力だけなら三年生にも引けを取らない……いいえ、この子以上の威力を出せる人はそうそういないでしょう)


 努力や経験を積んでいけば、サクラはまだまだ伸びる。 

 そしてそんな積み重ねを厭わない直向きさが彼女にはある。

 きっとそれは、強力なクオリアなどよりもよっぽど得難い才能だろう。


「はあ……はあ……あのーっ! そ……そろそろ辛くなってきたんですけどー!」


「まだ駄目。肺の中の空気を全部吐き出す感じでやってみて」


「わ、わかりました……!」


 びびびび、と湧き出る稲妻。

 今のアドバイスがイメージの後押しになったのか、さらに放出量が上昇する。

 そこから数分ほど様子を見ると、だんだんと出力が弱まり、完全に止まった。

 全力で放出し続けてこれだけの時間持つとなると、とてつもない持続力だ。サクラの雷のクオリアは系統としては攻撃が得意なエレメント系に属するものだが、ここまでスタミナがあれば通常の試合で息切れすることはまずないだろう。


「ひー……はあ、はあ……!」


「お疲れ様。それじゃあ今から組手を始めます」


「ええ!? あたしもうヘロヘロで……」


「あなたは今、クオリアをほとんど使い切ったことで肉体強化も極限まで弱まってる状態。つまり……」


「……! そっか、エリちゃんにクオリアを消された時と同じなんですね!」


 エリの消滅のクオリアは、一時的に相手のクオリアを無効化する。

 それはサクラの雷のような固有の能力だけでなく、クオリア所持者に作用している肉体強化でさえも打ち消してしまう。

 これによって圧倒的なアドバンテージを得て、一方的にフィジカル差ですり潰すのがエリの基本戦法。

 

 つまりココの課した訓練は、相手の”消滅”を食らうことを前提とし、その状態での立ち回りを強化する目的だ。


「そういうこと。今の感覚を身体で覚えなさい――さあ、いくわよ」


「ばっちこいです!」


 そうして始まった格闘戦。

 身体は重く、普段とは比べ物にならないほどに動かない。

 クオリアを使っただけなので筋肉疲労があるわけではなく、肉体強化が切れかけになったことによるギャップが原因だ。

 つまりサクラは今、普通の人間と変わらない。この学園都市に来る前と同じ感覚だ。


「気を抜かない。アクションのたびに神経の一本一本まで意識を行き渡らせて」 

  

「は、はい!」


 ココの拳が肩を打つ。

 とてつもなく痛い――が、以前ココが見せたビルをも素手で砕くパワーを見ていると、これでもかと手加減してくれているのだろう。

 彼女が本気で殴ればおそらくアーマーの上から肩の骨が砕けていた。

 

 素早い打撃の乱舞をしのいでいくサクラだったが、やはり追いつかない。

 反撃などもってのほか。それでも何とか食らいついていく。

 頭は回らないし、くらくらするが――それが逆に思考をクリアにしてくれる。

 

(あたしは恵まれてる)


 ココにわざわざマンツーマンで稽古をつけてもらい、他の先輩たちだって応援してくれる。

 こんなチャンスを活かさなくてどうするのか――そう考えるだけで、身体の奥底から力が湧いてくる。

 絶対に勝ちたい。二週間後の試合に向けて、サクラは心持ちを新たにするのだった。




 * * *



 

 数時間後。


「ひぃう……」


 そこには潰れたカエルのように横たわるサクラの姿があった。

 あれからしばらく組手を続けては休憩し、またクオリアを吐き出し、組手を始める。

 そんなことを何度も繰り返した結果、サクラは全てを絞り出したボロ雑巾と化していた。


「ご、ごめんなさい。ついやりすぎたかも……大丈夫?」


「へいきで~す……」


 顔を覗き込んでくるココに、ふらふらと手を振って応えるサクラ。

 普段は先輩相手にこのような振る舞いはしないのだが、さすがに今は身体が動かない。

 ココも本当ならもっと早く切り上げてしまうつもりだったのだが、サクラの予想以上のタフネスが彼女の見積もりを誤らせた。  

 

(とんでもないスタミナだわ。クオリアも、身体も――いや、体力に関しては根性で補ってるというのが大きそうだけど)


 この分なら、エリに対して有効な戦法も見えてくる。

 とにかく今後の目途が立ってよかった……とこっそり胸をなでおろしつつ、バッグから取り出した缶のスポーツドリンクをサクラに差し出してやる。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございま――えっ?」


 サクラが手を伸ばした瞬間、ココの手の内から缶がするりと抜け出して、サクラの手へと引き寄せられるようにして収まった。


「これは……」


「わわっ、と」


 驚いて取り落としそうになったのを何とか抑えるものの、試しに手を開いても缶が滑り落ちない。

 サクラの手にぴったりとくっついている。


「クオリアをたくさん使った後とかによくこうなるんです」


「磁力ね。大量の雷を放出したから静電気みたいになってるんでしょう」


「なるほど……でもちょっと不便ですね」


 いただきます、と言ってからスポドリを飲む。

 乾いた喉に染みわたり、体力が少し戻ったような気がした。


「そうでもないわ。あなたは雷が使えるんだから、上手く応用すれば磁力も操れるようになると思うわよ」  


「あはは、まだ先の話かもですけどね」


「――――あら、もうこんな時間。早く片付けて帰りましょう」


 時刻は九時半を回っていた。

 そろそろ帰り支度をしなければセンターの閉館時間に間に合わない。

 部屋の端に寄せた鞄からスマホを取り出し、最寄り駅の乗車時間を検索する。


「そうですね。えっと……あれっ」  


「どうしたの?」


「電車がしばらく運行停止らしいです……」


 サクラの表示した路線検索のサイトに、最条学園最寄り駅が車両の不具合で運行停止したとのニュースが流れている。

 こうなると駅は使えない。


「うーん……歩いて帰らないとですね……」


 普段よりきつい訓練で体力は底を尽きかけているのだが、こればかりは仕方ない。

 たまには歩くのも悪くないかもしれない、と精いっぱいポジティブに考えていると。


「じゃあ……私の家に泊まる? ここから歩いてすぐだから」


「えっ、黄泉川先輩のおうちですか?」


「そう。今日は疲れたでしょうし……もちろんあなたが良ければ、だけど」


 そんな申し出に、サクラはわずかに躊躇う。

 先輩の家に泊まるなんて初めての経験だ。いいのだろうか――と思いつつ、この人の場合はきっと純粋な善意で言ってくれてるのだろうとも思う。

 入学当初から何かと気にかけてくれた人だから。


「なら、お邪魔させてもらってもいいですか」


「……ええ。じゃあ行きましょうか」


 トレーニングルームを出るココに続く。

 何か、不思議な高揚を感じるサクラだった。


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