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74.まえにならえ


 次の日の朝。

 始業前のサクラの席はクラスメイト達に囲まれていた。


「昨日の生、見たよ!」

「いきなりだったからびっくりしたー」

「ほんとに空木さんと試合するの?」


 口々に投げられる言葉にサクラは苦笑いする。

 やはりというか、生配信の話題性はなかなかのものだったようだ。それを狙ったのだから当然ではあるのだが。


 ひとまず同級生たちは割と好意的に受け止めてくれたらしい。

 彼女たちのほとんどはEランク……大会の参加資格を持たず、公式戦でエリとぶつかることがないから他人事として捉えやすいというのは理由のひとつだろう。


「ほんとに勝てんのー?」


「あ、ミズキちゃん」 


 いつの間にか青葉ミズキが近くにいた。

 切れ長の目を細めて真意の読めない笑みを浮かべているが、彼女の性格上嫌味ではなく発破をかける意味合いが強いのだろう。

 そのことを知っているサクラは頷き、


「はい、きっと勝ちます!」


「いいね。期待してる」

  

 じゃーね、と手をひらひら振って去る背中を見ていると、その横……アンジュと目が合った。

 と思ったらすぐに逸らされた。

 なんで、とがっくりしそうになると、教室のドアが静かに開かれ――同時に喧騒がぱったり止む。


「あ、エリちゃん!」


 教室に入ってきたエリはぐるりと見渡すと、銀色の長髪をさらさらと揺らしながらサクラに近寄ってくる。

 クラスメイトの視線が集まる中、エリはサクラを正面から見つめていた。


「……ねえ。あなた、いつもあんなことしてるの」


「あんなことって言うのは昨日の生放送ですか? あはは、実は初めてで――――」


「そうじゃなくて。……SNSで結構叩かれてるって聞いた。幸いうちのクラスの人たちは……好意的みたいだけど」


 エリの言う通り、現在サクラの行動についてネットを中心に議論が紛糾している。

 エリを庇う是非。そもそもエリに勝てるのかという疑念。それ以外にも、これは炎上マーケティングの一種なのではないか、サクラとエリが共謀しているのではないかという邪推まで、大衆の見方は様々だ。


「そうやって自分を犠牲にして助けられたって……私は……嬉しくなんてない」 

 

「ちょっと空木、天澄さんはあなたのために、」


 声を上げたクラスメイトのひとりをサクラは手で制する。

 自己犠牲。きっと今までのサクラなら、それを良しとしていた。

 自分などどうだっていい。どうなろうと構わない。それで誰かが救えるなら、安いと。

 

 だが今はその考えが少しずつ変化してきている。

 行き過ぎた自己犠牲が傷つけるのは自分だけでは済まないのだと、十二分に理解している。


「あたしがやりたいからやるんです。エリちゃんのためだなんて言いませんよ」


 そう言ってサクラは柔らかな笑顔を浮かべた。

 エリは、どうしてか見ていられなくなって目を逸らす。

 変な子だ。出会った時からその印象は変わらない。


 だが、本当は信用に値する相手だと知っている。

 あの夜が嫌と言うほど思い知らせてくれた。

 だが、


「……こんな方法、効果があるかわからない。それに……あなたじゃ私には……」


「それ以上は無し! ですよ、エリちゃん。そうですね、正直言っちゃうとこれ以外の方法がバカなあたしには思いつかなかったんです。あと……」


「なに?」


「いつかエリちゃんにはリベンジしないとって思ってたので」 


 ごくり、と生唾を飲み込む。

 この現状からエリを助ける。そして自分の望みも果たす。

 エリにはわからない。こんなことを、当たり前のような顔をして為そうとする少女が、いったい何を考えているのか。




 * * *




「お。炎上ちゃんが来た」


「や、やめてくださいよお」


 昼休み、生徒会室を訪れたサクラを迎えたのは幼く愛らしい顔立ちにニヤニヤ笑みを浮かべる花鶏カナ。

 さらにそんなカナをジト目で見つめる銀鏡(しろみ)アリスと、いつも通りクールにPCのキーボードを叩く黄泉川ココの三人だった。


「まーまー炎上なんて通過儀礼みたいなもんだから。そんなに珍しくないし気にするもんじゃないって」


「それはカナだけでしょ……私は炎上なんてしたことない」


「あんたは態度が悪いって割と叩かれてるでしょーがっ! ……ま、人気になればなるほどアンチも湧くから、そういうもんよ」


「先輩たちも、その、あんち? がいるんですか?」


「カナちゃん様はいっぱいいる!」


「なんでカナは自慢げなのさ。銀鏡にもいるらしいけど、よく知らない」


 むしろ誇るように胸を張るカナと無関心に目を細めるアリス。

 対称的な二人だったが、何となくこの人たちは特殊なタイプだろうな――とサクラは感じた。

 カナは興味なさげなココへと目を向けると、


「ココ先輩は少ないわよー? ほら、才色兼備の擬人化みたいな人だから」


「……お高く止まってるとか、そういうことを言われたりするけれどね」


 ココは特に気にした様子も無い。

 本当に気にしていないかどうかはわからないが。


「そうなんですか……黄泉川先輩、すっごく優しいのに……」


「そうだねえ。銀鏡が生徒会入ったときも結構気を遣ってくれたし」


「カナだって色々仕事教えてもらったし!」


「……………………それよりも」


 話を逸らしたぞ、とこの部屋の全員が思った。

 

「天澄さんが昼休みにここへ来るなんて珍しいわね。どうしたの?」


 PCの画面から顔を上げたココが尋ねると、サクラはバツの悪そうな顔をした。


「あー……えっと、先輩方に頼みごとがありまして……そう言えば最近キリエさんを見ませんね」


「忙しいからね、あの人は」


 サクラはしばらくキリエと会っていない。

 たまに学内で見かけることはあっても、教室移動の途中だったりして声をかける機会を逃していた。

 最強の選手(キューズ)、”キング”の称号を持つキリエは各メディアに引っ張りだこで、それ以外の仕事も含めれば学校に来られないことも多い。

 生徒がキューズとしての仕事・公式試合等々の事情で授業に出席できない場合、公欠扱いになり欠席にはならない。キリエはそのおかげで留年せずに済んでいるのだろう。


「それで? どんな頼みがあるのかしら」


「……この中で格闘戦が一番上手なのって――――」


 言い終わる前に三人の指が一人を指した。

 アリスとカナがココを指し、ココも自身に指を向ける。


「……ま、私よね」


「やっぱりですか」


 実のところ、ココであることは察していた。

 サクラが謎のダンジョン――錯羅回廊(さくらかいろう)で謎の人物に殺されかけた際に助けてくれたのがココだったのだが、その時目の当たりにした彼女の戦い方は驚嘆に値するものだった。


 ココの思念のクオリアは、サクラの雷のクオリアと違い直接的に攻撃に使えるものではない。精神攻撃は可能だが、学園都市ナンバー2のココが戦うような相手はことごとくそういった攻撃への耐性が分厚いので読心くらいが精いっぱいだ。

 ならば何が彼女がナンバー2足らしめているのかと言うと、単純なフィジカルである。

 ココの鍛え上げられたクオリアから成る極限の域に達した肉体強化は、素手で巨大建造物をも瓦礫の山にできる。

 思念のクオリアによる読心と、卓越した身体能力。それに加えて磨き抜かれた体術が彼女の武器だ。


「今度エリちゃんと戦うことになったんですけど、あの子ってこちらのクオリアを消してくるじゃないですか。そうなった場合身一つで戦う必要があるので、良ければいろいろと教えてくれたらなーと」


「いいわ。見ましょう」


「あっ、でもココ先輩がお忙しいのはわかってるので――え?」


「だから見てあげる、と言ったのだけど。今日からでいいわよね?」


「は、はい……」


 というわけで。

 学園都市ナンバー2のスパルタ特訓を受けられることになったのだった。


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