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65.消滅のクオリア


 試合が開始したと同時、サクラの身体が火花を散らした。

 全身から迸った雷が重ねた二本の指の先に宿り、バチバチと異音を鳴らす。

 彼我の距離はおよそ30メートル。この距離なら一方的に撃ち抜ける。


「雷の――――」


 指先を突き付ける。

 渾身の力で雷の矢を放つ。

 その、直前。


「…………」


 ため息をついたようにエリが肩を落とし、開いたその手を前に出す。

 瞬間、そこから生じた不可視の波動がサクラを通り抜けて行った。


「――――矢! ……え?」


 何も起こらない。

 感触としては突風にぶつかったような。それと同時、右手に充填された雷が跡形も無く霧散した。


『おっとどうしたことだーっ! サクラ選手の十八番、雷の矢が影も形も無くなっちゃったぞー!』


 呆然と手を見つめる。

 何が起きた?


(あの子のクオリア……? わかんない、いったいどんな能力であたしの矢が……)


 サクラの知る限り、こんなことが出来るクオリアは無い。

 さっきの風、もしくは見えない壁……いや、波動。

 あの波動が彼女の能力なのか。

 仮にこちらのクオリアによる攻撃を阻止する、そんな能力だとすれば。


「遠距離が駄目なら近距離で!」 


 サクラの全身を雷が駆け巡り、青白く発光する。

 纏雷。電流によって筋肉を駆動させ、身体能力を底上げする技だ。

 地面を蹴り、爆発的に加速。

 矢が効かないなら一気に接近して近接戦闘で倒すしかない。

 だが。


「……無駄」


 二度目の波動。

 今度は全身から雷が消え去り、がくんと体勢が崩れる。


(纏雷が消えて……ううん、これは……!)


 それに気づいたと同時、浮遊感を味わい――一気に床へと倒される。

 ぐい、と右腕を掴まれ、背中へと引っ張られた。


 いつ間にかエリがサクラの背中に乗り、拘束をかけている。

 両足は向こうの足で押さえつけられ、左腕は腰の後ろ。

 完全に動けない。身じろぎすら許されない。

 圧倒的に、冷酷なまでに洗練された技術。

 それは彼女のゴスロリドレスにそぐわない、いつか戦争映画で見た軍隊式格闘術によく似ていた。


「……私のクオリアは『消滅』。その力でもって相手のクオリアを無力化する」


「消滅って……痛っ!」


 右肩が悲鳴を上げる。

 右腕が本来曲がらない方向へとじわじわ倒されていく。


「こうして触れてる限りあなたはクオリアを使えない……もちろん肉体強化も働かない」


 さっき纏雷が解けた瞬間、想定よりも身体が上手く動かなかった。

 それはクオリアが使用者に施す肉体強化までもが無効化されていたからだったのだ。

 

 会場は水を打ったように静まり返っている。

 それも当然かもしれない。彼女らの眼下で行われているのは、ただ片方が片方を完膚なきまでに関節技で無力化しているという図なのだから。

 キューズの試合に求められているのは激しいクオリアのぶつかり合い。

 だがこの状況は何も起こっていないのと同義だった。


 エリは凪いだ表情のまま、その薄い唇をサクラの耳に寄せて囁く。


「……あなたに勝ち目はない。わかるでしょ?」


「そんな……っつ!」


 ぎり、とさらに負担をかけられた右肩が熱を持つ。

 痛みはどんどん増していく。


「……誰だって痛い想いはしたくないはず。降参って言えばすぐに終わる」


「し、ません……! あたしは、みんなのために勝たなきゃいけないんですから……!」


「……そう」 


 その時、床に押し付けられたサクラには見えなかったが――エリの眉がわずかに下げられた。


「じゃあ一本ずつ骨を折っていく。最初は腕。次は足。アーマーがブレイクするか、あなたが降参するまで続ける。いい?」


「……!!」


 無感情な宣告に戦慄する。

 冗談ではない。本気だ。

 このまま口を閉ざしていれば、エリは本当に有言実行するだろうことが直感出来た。


(どうしようどうしようどうしよう、どうしたらこの状況を……最低でもこの拘束を抜け出さないと勝ち目は――――)


 激痛に圧迫される思考を必死に回す。

 この拘束に、こちらが干渉できる余地はない。力ずくも絶対に不可能。

 だったら――そうだ、と思い当たる。

 チャンスは一瞬。心と身体、両方に隙を作る。


「じゃあいくよ……」


 ぐっと右手首を握る手に力がこもる。

 右肩が圧迫される。

 そのまま少しずつ腕が傾いて、


「ああああああああっ!!」


「なっ……」


 ゴギリ、と嫌な音が脳髄にまで響き。

 数瞬の後、不快な感触と――激痛がやってくる。

 だがそれらを歯を食いしばって噛み潰し、サクラはうつぶせの状態から地面を蹴ってエリの手から抜け出した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ――――」


「……まさかそんな手を使ってくるなんて」


 サクラが取った行動は、エリが腕を折る動きに合わせて力任せに身体をねじるというものだった。

 抵抗するのではなく、エリに半ば協力する形で。

 結果、無理やりに肩の関節が外れ――可動域が確保される。

 それと同時、想定外の事態にエリの動きが鈍った瞬間に拘束から抜け出したのだ。


 肩だけではなく、右腕全体が熱と痛みの塊になってしまったかのようだった。

 だが、それらすべてを振り切ってサクラは動き出す。

 頬を伝う汗が真横に流れ、茹だる頭でクオリアを行使する。


(――――使える!)


 無力化されていた雷が再び火花を散らす。

 空中に生み出された雷球は矢となり一直線に発射された。


「……っ!」


 とっさに手を突き出し、先ほどの波動を放とうとするエリ。

 だが、それよりも速く唸りを上げた雷が首元から肩にかけて抉り抜いた。

 凄まじい威力にアーマーにヒビが走る。痛みでコントロールが乱れたからか、直撃はしなかった。 

 

「ならもう一発……!」


「……無駄」


 サクラは二の矢を番える。

 しかし、今度こそ放たれた波動がサクラのクオリアを消し去った。


「……はあっ、く……!」


 もつれる足で距離を取るサクラ。

 同時に、エリは懐へと飛び込んでいる。

 肉体強化の有無は覆せない。


「……沈んで」


 ゴッ、と鈍い音と衝撃が響き。

 サクラの意識は一瞬で暗闇に包まれた。




 * * *




 目を開けると真っ白い天井が見えた。

 蛍光灯の光でぐらつく頭をゆっくり横に倒すと、こちらを見つめるハルの姿があった。


「大丈夫?」


「う……いたた」


「無理しない方がいいよ、治癒はしたけど顎をやられたから脳が揺らされてる」


 めまいの残滓はそのせいか、と中途半端に起こした頭を枕に戻す。

 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。

 リミッターで確認してもいいが、やめた。どちらにせよ結果は変わらない。


「……負けたんですよね、あたし」


「うん……残念だったね」


 大会は――『小滝製薬提供杯』は終了したらしい。

 優勝は、結局空木エリが勝ち取った。 

 長時間眠っていたのだろうかとも思ったが、そうではないらしく。


「あの子……空木さん、全試合を一方的な瞬殺で終わらせたから、すぐに大会が終わっちゃったんだ」


「そう、ですか」 


「サクラちゃんが一番まともな試合になってたよ。……方法はともかくとして」


 じと、とねめつけられ、思わず目を逸らす。

 自分から関節を外すというやり方は、やはりハル的には看過できないものだったらしい。

 「ごめんなさい」と謝ると「いいよ」と返ってきた。


「それにしてもすごいクオリアだね。問答無用で相手のクオリアを無効にするなんて」


 『クオリア使い同士の戦い』という前提を崩し、ワンサイドゲームを作り出す消滅のクオリア。

 勝てる者は現れるのだろうか。もしかしたら、あのキリエでも敵わないのではないか。


 それほどに圧倒的な、ルールや常識すら覆しかねないクオリアだった。

 ただ強いのとは違う。あれはバランスを崩してしまうたぐいのものだ。

 例えるなら、ボクシングに持ち出された拳銃のような代物。

 

 だが、それでも。


「あたし、エリちゃんに勝ちたいです」


「サクラちゃん?」


 強く強く握りしめられたサクラの手。

 悔しい、と思った。敗北それ自体もそうだし、何より応援してくれた人たちに申し訳が立たない。

 

「次は絶対勝ちます。だから……見ててください」


「……ふふ。変わったね、サクラちゃん」


「そ、そうですか?」


「うん。前はそんなこと絶対言わなかったもの」


 くすくすと笑うハル。

 確かに前までは願望なんて絶対に口にしなかった。

 口にしてはいけないと思っていたし、蓋をしていたらその願望に自覚を持つこともなかったのだ。

 

 だが、今は違う。

 次は。次こそは。

 あの子に――空木エリに勝つとサクラは誓うのだった。


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