64.紅い瞳
大会出場に当たり問題になるのはサクラがどの程度強いのか、という点である。
学園都市にいる生徒は半数以上が小学校入学時にクオリアに目覚め、キューズになるための訓練を始める。
学園都市への入都――それに際するクオリアの目覚めは遅くとも中学入学時なので、高校から入都したサクラは周りと比べてスタートがかなり遅れている。
クオリアについて知ったのも最近で、先天的にクオリアに目覚めたネイティブという特異性もアドバンテージとして機能していない。
ではサクラは弱いのかと問えば。
実のところ、そうではない。
経験とは量を積み重ねれば良いというわけではなく、結局のところその経験がどれだけ身になっているかだ。
確かに周りと比べて量では劣っているが、質に限っては他を圧倒的に凌駕している。
それはあのダンジョン――錯羅回廊での戦いが大きいだろう。
命を懸けたギリギリの戦闘を繰り広げることで、サクラの戦闘スキルは強く磨かれていった。
そこに日々積み重ねたたゆまぬ努力が加わり、果ては最速で生徒ランクを昇格するに至ったのだ。
それは自分の身を顧みない姿勢によるものではあったが、少なくともこの点に関しては効果的に作用した。
何が言いたいかと言えば、サクラの実力は同級生や同ランクの生徒の中では完全に上位に位置する、ということだった。
「優勝しましたー!」
サクラは満面の笑みで昨日取ったばかりの優勝トロフィーをハルに見せる。
実物ではなく、手首のリミッターに記録されたトロフィーをホログラムとして投影したものだ。
教室の机の上に浮かぶホログラムには、『第24回相模杯 優勝』と記載されている。
「すごいねサクラちゃん、これで三連続優勝だよー!」
あれから約二週間で、サクラは三度大会に出場した。
そして、その全てで優勝を飾ったのだ。
大会はDランクから出場できる。
だが、一口にDランクと言ってもその強さはピンキリで、もっとも人口の多いランクということも手伝い個々の実力には差がある。
Cランク昇格へ向けて切磋琢磨する者もいれば、Dで満足して安寧を選ぶ者もいるのだ。
そういう事情も手伝い、強豪ひしめく最条学園で昇格試験への参加資格を獲得し、ぎりぎりとはいえ合格したサクラが負ける道理は無かった。
「本当に強くなったね。わたしも観戦してたけど、かなり楽勝だったんじゃない?」
「いえ、そんなことは……。やっぱり実戦経験の数では劣ってますし、運よく拾えた試合もありましたよ」
勝ったとは言えサクラは慢心していない。
周りの人たちの協力あっての今があるからだ。
結果は残せたが、まだ実力は足りていないとここ最近の大会で強く感じた。
もっともっと頑張らないと、と決心を新たにしていると、席にクラスメイト数人が近づいてきた。
「天澄さん、昨日の試合見たよー! すごかったね!」
「かっこよかったなあ、私も負けてられない」
「わー、ありがとうございます! 嬉しいです!」
クラスメイト達はサクラの活躍について二言三言話した後、去っていった。
確実に注目度は上がっている。それを証明するように、ハルがスマホの画面を見せてきた。
「ほら、ネットでちょっと話題になってるよ。『新進気鋭のキューズ、驚異の三連優勝』だって」
「ふわ、こんな記事まであるんですか。ちょっと恥ずかしいです……」
Dランク昇格してすぐここまでの成果を上げることは珍しいのか、様々なニュースサイトで記事として取り上げられている。
中には『二代目最条キリエになりうる逸材か?』と書かれている記事まで。
(キリエさん……うーん、まだ遠い気がする)
面映ゆい反面、申し訳ないとも思う。
自分のことはまだまだだと思うし、キリエの背中どころか影の端すら見えていないような状況なのだ。
ただ、キリエのようなキューズになるという目標を掲げた以上いつまでも遠い存在ではダメだという実感が、最近少しだけ湧いてきた。
成果を上げられたことは素直に嬉しい。
しかしなぜだろう。どうしてか、どこかに引っ掛かりを覚えていた。
パーツの足りないバイクで山道を駆け下りているような不安感の萌芽。
このまま上手くいくわけがない。そんな感覚が胸の奥にわだかまっていた。
* * *
『小滝製薬提供杯』。
それが今日サクラの参加する大会の名前だ。
控室のドレッサーに置いたスマホを見下ろしつつ、鏡でブレザー制服のネクタイを整える。
基本的に公的な大会では各生徒が所属する学校の制服が求められる。見た目的には体操服やスポーツウェアより動きにくそうに見えるが、クオリアを使った最新技術により学園都市の制服はそれぞれがもっとも動きやすい素材・製法でオーダーメイドされている。いわばキューズのユニフォームと言うわけだ。
スマホの画面にはサクラのSNSのアカウント。
《今日は小滝製薬提供杯に出ます! 頑張ります! 会場URLは下記の――――》という投稿には二桁を越えるコメントがぶら下がっており、『応援してるよー!』『現地行きます!』『四連続優勝期待してる』……そのようなコメントの数々に胸の奥が温かくなる。
「うん、頑張ろう。今日もみんなを笑顔にしよう」
そう呟いて、控室を後にした。
* * *
眩しい太陽の降り注ぐ休日。
小さな競技場に満員の観客が歓声を上げる。
アリーナに足を踏み入れるとファンらしき声が飛んできて、そのひとつひとつにサクラは律儀にお辞儀をする。
『さーあ第一回戦! 天澄サクラ選手の快進撃は続くのか、それともここで終わってしまうのか☆』
響く声に見上げると、客席に覆いかぶさるような屋根に取り付けられたモニターに、実況用のバーチャルアイドルが映し出されている。
水色の髪にピンクのメッシュ、見るたびに変わる今日の髪型はロングツインテール。
目の中には星が瞬き、大げさな手振りを交えて試合を盛り上げようと声を張り上げている。
『愛葉ネロ』。あらゆる大会に出現するので、最新式のAIが搭載されているとも、中の人が複数いるとも考察されているが、本人は頑として「中の人なんていないってば☆ ぶっとばすぞ☆」という主張を続けている。
『対するは大会初参加! この大会に、じゃないよー、正真正銘表に出てくるのは初めて! 所属学校は……うん? なんだこれ、不明? まあいいや☆ 一年生、空木エリだーっ!』
入場してきたのはサクラと同じくらいの背格好の美少女。
ゴスロリ風のドレスに身を包み、銀色の髪を肩まで伸ばしている。
すたすたとアリーナの中央付近まで歩いてくると、その相貌を上げ――――
「……あれ?」
覗いたのは、深紅の瞳。
感情の読めない無表情に浮いた血のような色。
サクラはそれに見覚えがあった。
(キリエさんみたい……)
最条キリエ。
サクラのあこがれの存在であり最条学園の生徒会長を務める彼女と同じ色だった。
よく見れば、その精緻な美貌は近しいものを感じる。
「よ、よろしくおねがいします」
緊張気味に挨拶すると、エリと紹介された少女は幾度か視線を迷わせた後、結局斜め下を向いて「……ん」と頷いた。
口下手なのか、人見知りなのか。よくわからないが、得体が知れない。
大会初参加とあってはどんなクオリアを持っているかもわからない。
とにかく油断はできないとサクラは気を引き締めた。
だが、サクラはすぐに知ることとなる。
油断しようがしまいが、結果は変わらなかったということを。




