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62.SIGNの交換ってどのタイミングで切り出せばいいのかよくわからない


「天澄さん、ちょっといいですか」


 HRが終わり、ハルを誘って食堂に行こうかと立ち上がったところで担任の総谷に呼び止められた。

 何かしてしまっただろうか、中間テストの点数がまんべんなく悪かったことがやはり問題だったのだろうかと内心びくびくしつつ教壇へ赴く。


「天澄さんは前の昇格試験に合格してDランクに上がりましたよね。そこでなんですが、大会に出るつもりはありませんか?」


「大会って?」


「やっぱり知らなかったんですね……」


 総谷は困ったように額に手を当てる。

 大会と言えば、最近出た違法大会(賭博付き)が思い出される。

 

「Dランクになると学園都市各地の競技場で開催されている大会に出られるようになるんです。それに出てみないか、という話ですね」


「あー、ミズキちゃんが前に言ってました!」


「出場するには参加したい大会を申請書に記述してクラス担任……つまり私に提出することで、参加申請を代行するという流れになります」


 それから細々とした説明があって。

 早ければ今週末の大会にも出られますからね、と結んで総谷は職員室へ戻った。


「んー……出られるといっても、どれに出ればいいのかな」 


 教卓に肘をつき、スマホをいじる。

 調べてみれば、大会の数々が出るわ出るわ。

 選択肢が多すぎるとどこから手を付ければいいのかわからない。平坦な荒野に取り残されて、さあどこへでも自由に行きなさいと告げられた気分だった。


「他の人はどうしてるんだろう。やっぱり人に聞くしかないかなー、うーん」 


 現状、同級生でDランクになれたものはほとんどいない。

 学外に知り合いもいないので、聞ける相手は限られてくる。

 となると……。


「よし、先輩たちに聞いて来よう!」


「いやそこはわたくしに聞けばいいでしょう!?」


 ドスドスドスドス! と赤い巻き毛を振り乱しながら足音を立てて迫ってきたのは山茶花アンジュである。

 後ろにはいつものようにお付きのメイドを連れている。


「わたくしもあなたと同じDランクなんですのよ!」

 

「あー!」


「いや手をポンじゃないですわよ今思い出したみたいな顔しないでくださる?」


 うっかりしていたが、アンジュもサクラと同じく一年生最速でDランクになった同士なのだ。

 憤慨する彼女の後ろでは「お嬢様、くく……不憫でございます……っ!」と明らかにメイドが笑いをこらえていた。


「ごめんなさいアンジュちゃん、最近じつはいろいろあってですね。……ほんとにいろいろあって……」


「……まあ、ちょっとくらいは聞き及んでますわ。その腕章も戻ったみたいですし」


「そうなんです! えへへ!」

 

 サクラは赤い腕章を誇らしげに見せる。

 腕章を返してもらっても何かが明確に変わるわけではないのだが、やはり嬉しいものは嬉しい。

 Dランクになったことで周りの目も変わり、まっとうに頼られることも増えた。

 代わりに以前受けていたような細々した雑用などはぱたりと止み、おそらくはキリエの働きかけが要因なのだろうなとサクラは考えている。


「わたくしは中学の時にいくつもの大会に出て、優勝したことだって何度もありますのよ。褒めたたえなさい」

 

「へえ……すごいですねっ! さすがアンジュちゃん!」


「ぐ……」 


 衒いの無い称賛を真正面からぶつけられて赤面するも、咳払いをして誤魔化す。

 サクラから向けられる言葉はいつもストレートで、アンジュとしては困るやら嬉しいやらだった。


「……なので、あなたに向いたものを見繕ってあげますから、その……えっとですね……」


「お嬢様はSIGNのIDを交換したいそうです」


「どうして先に言ってしまいますの!?」


 顔を真っ赤にしたままガクガクとメイドの肩を揺さぶるも、本人は揺れるヘッドドレスを気にせずへらへら半笑いだ。

 

「前から気になってたんですけど、お二人ってその、ご主人様とメイドさん……って関係で合ってますよね?」


 おずおず訊ねると、メイドは胸に手を当てかしこまった調子で頷く。


「はい。この私がご主人様でございまあ痛っ」


「おばか。……まあ、それなりに長い付き合いですから」


 冗談を飛ばすメイドの後頭部を叩きながら、しぶしぶと言った調子でアンジュが答える。

 面映ゆそうに指で赤毛をくるくる巻くアンジュの話によると、物心つく前からの付き合いらしい。

 メイドの母がアンジュの母に仕えており、その流れで……とのこと。


「へええ……幼馴染ですか。いいなあ、だからそんなに仲がいいんですねっ!」


「でしょう。私たち仲良しですよ、いえーい」


「ええい肩を抱くんじゃありません馴れ馴れしい! あなた入学から時間が経って慣れてきたからってはっちゃけすぎですわ!」


 腕を振り払ったアンジュが叱るも、メイドはどこ吹く風。

 こんなやりとりは慣れっこなのだろうと考えると、サクラは羨ましく感じてしまう。

 立場上、上下関係はあるのだろうが――それを感じさせない。おそらくそんな権力勾配はすでに二人の間では形式的なもので、形骸化してしまったものなのだろう。


「でもお嬢様だって昔はいつも私の後ろに隠れてたじゃありませんか」


「ばっ……さ、サクラの前で言わなくてもいいでしょう!?」


「ふふ、アンジュちゃんって人見知りだったんですか」


「……聞かなかったことにしてくださいまし」


 初対面の時は正直怖いだけだったが、こうして接してみれば可愛い面もある。

 何事も話してみないとわからないなあと思う。

 かなりクールな振る舞いのココなどは関わることが無ければサクラも遠くから怖がるだけになっていたかもしれない。

 そんなサクラたちを前に、メイドが見計らったように進言する。


「そう言えばSIGNの交換はしないんですか?」


「「……あ」」 


 忘れていた。

 サクラとアンジュは慌ててスマホを取り出す。


「えっと、いいんですか? あ……」

 

 あたしなんかと、という言葉を飲み込む。

 交換したいと言ってくれているのだから、まっすぐに受け取るべきだろう。

 SIGNを立ち上げ、慣れない手つきでIDを交換すると、友達の欄に『山茶花アンジュ』という名前が追加された。


「……うふふ……」


「嬉しそうですね、お嬢様」


 ひそひそと耳元に囁かれるメイドの声に、アンジュは鼻を鳴らす。


「まあね」


「おや素直。ベタ惚れですねえ」


「うるさいですわ」   

   

「あの、アンジュちゃんだけじゃなくて……」


「あ、私は仕事用のスマートフォンしか持ち合わせておりませんので遠慮しておきます」


 NO、と拒否のサイン。

 そうですかー、とがっくりするサクラだった。


(……まあ、私まで交換したらお嬢様が拗ねそうですからね)


 細やかな心配りである。

 こうして今日もメイドは主のご機嫌コントロールに勤しんでいる。


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