57.アンダー
夜の学園都市は眠らない。
街灯も建物の光が夜明けまで消えることなく少女たちのゆく道を守ってくれている。
そんな星空じみた光の海の中――ではなく、上空に数人の少女がいた。
「ほんとに尾行することになるなんて……」
後ろめたさに唇を尖らせるのはライトブラウンの髪を夜風に揺らす天澄サクラ。
「うわー、わたし空飛ぶの初めてだよ」
と笑うゆるふわ系の少女がサクラの友人の柚見坂ハル。
「ななななんで二人とも平気なんすかああああ」
サクラにしがみついて声を震わせるのはぼさぼさ頭の二年生、筒地ヒトミコ。
三人は無数の羽根で形成された空飛ぶ絨毯で空中散歩を楽しんでいた(楽しんでいない者もいる)。
絨毯は寄り添えば三人が余裕を持って乗れる広さで、頼りなく見える外見に反してかなり丈夫だ。ただ手すりなどがないのでやはり不安定さはぬぐえない。
そしてその絨毯を操るのが、
「ちょっとー、がたがた動かないでよ。落ちたいなら別だけど」
生徒会会計、翼のクオリアによって空を飛ぶ小柄な二年生の花鶏カナである。
背中の翼から切り離した羽根を集めた絨毯をコントロールし、三人を並行させている。
そんな四人組の眼下には黒髪天パの少女がどこかコソコソと人目を避けるように歩いていた。
どうしてこうなったのかと言えば、サクラが生徒会へ相談を持ち帰ったことに起因する。
* * *
「そんなの尾行しかなくない?」
サクラが報告を終えた直後、カナの開口一番がそれだった。
「ええー! ダメですよそんなの!」
尾行と言えば聞こえはいいが(良くは無い)、やっていることはストーキングだ。
どんな事情があろうとそれは変わらない。
だが、
「じゃあ他に方法あるう? ダメって言うなら代替案が欲しいなーってカナ思うんだけどな?」
「うぐ……」
甘ったるい声だが、隙の無い頑なさを感じた。
アリスはカナの物言いにジト目を投げるものの、意見そのものには反対ではないのか口をつぐんでいる。
そもそも件の人物である飛多アキラについて調べ回っていること自体、モラルを考えると良いことではない。
「聞いても答えないんならこっちで調べるしかないでしょ。”現場”を抑えて言い逃れできなくするのが一番だってば」
「うう……あ、そうだ! 先生たちに協力してもらうのはどうでしょう?」
閃いたアイデアには、キリエ会長が首を横に振った。
「いや、それは難しいだろう。学園都市の先生方は研究者を兼任している人も多く多忙だ。それに……警察と同じで憶測だけでは動けない。仕方のないことだけれどね」
「で、でも証拠がないって言っても怪我してるんじゃ……」
「それよ」
思わず顔を向ける。
声を上げたのはココだった。
普段からあまり話すタイプではないが、その分彼女の言葉には力がある。
「アーマーがあるのにあちこちに包帯を巻くような大怪我を繰り返してるんでしょう? それって大怪我をしてるというより――『運よく怪我で済んでる』とも考えられないかしら」
「…………!」
背筋が冷たくなる。
サクラの想像より事態は急を要するのかもしれない。
手段を選んでいていい段階は、とっくに過ぎていたのか。
「もし教師に相談すれば、最悪調査を止められる可能性もあるわ。クオリアを持つ私たちだけど、結局は大人の庇護対象なのだから」
「はい……」
ぱん、とカナが手を合わせる。
これで意見は出尽くしたと見たのだろう。
「じゃあ決まりね。その飛多って子が手遅れにならないうちに後をつけてさっさと解決に持っていきましょ。とりあえず言い出しっぺのカナが行くとして……」
「あ、あたしも行きます! その……実はあたしも最初に尾行は思いついてて……それに、一度始めたことは最後までやりきりたいです!」
「おっけ。じゃあ行きましょうか――いいですよね、会長」
キリエはゆっくりと頷く。
「ああ。何かあれば責任は私が取るよ。……はあ、仕事さえなければ私が出向いたんだが」
仕方ないでしょ、とココが言葉尻をフォローして、その会合は終わった。
* * *
薄暗い地下への階段。
アキラが消えた先は、そんな階段の下にある怪しげな扉だった。
「なんでしょう、ここ」
「ライブハウスでしょ。知らないの?」
「ああ、聞いたことあります。ライブハウスってこういう感じなんですね……ってカナちゃん先輩、その恰好はなんですか?」
「変装よ」
サクラの怪訝な顔に、鼻を鳴らして返す。
カナの頭には白髪混じりの老人のようなカツラが乗っており、さらにはヒトミコから借りたビン底メガネに付け髭と、まるでパーティで浮かれた人のような風貌だった。
変装と言うより仮装だ。
「ほら、カナって有名人だから。フォロワーたくさんいるし面も割れてるしでこのまま行くとカナの可愛さに世界が気づいちゃって尾行どころじゃないでしょ」
「た、確かに……!」
「サクラちゃん、ここツッコむところだよ」
「やっぱ花鶏さん面白いっすねー」
「カナは大まじめだけど」
「「「…………」」」
真顔で言われるとさすがに沈黙を禁じ得ない。
とりあえずスルーして(そんなに目立つなら他の人が監督に来た方が良かったのではという疑問は飲み込んだ)、四人はライブハウスに足を踏み入れる。
瞬間、世界が歪んだ。
「え?」
そんな声をこぼした時にはもう歪みは去っていて――前方に薄暗い通路が真っすぐ続いている。
四人とも、きょろきょろと落ち着かない様子であたりを見回す。
まるでドアの内外が連続していないというか、自宅の窓を開けたら床下に続いていたような違和感。
「いらっしゃい」
「ひいっ!?」
ざらついた声に驚いてそっちを見ると、受付のようなカウンターがあった。
そこに空いた小さな窓の中には女性が座って、黒いメイクで縁取られた目でこちらを見ていた。
ショッキングピンクに染まった鬣のような髪に、顔じゅうのピアス。腕にびっしり入ったタトゥーと、およそサクラたちが今まで関わったことの無いタイプの人種だと一目でわかった。
「キミら一見さんだろ? 今日は観戦? それとも参加者?」
「えっ、と」
言葉に詰まった瞬間、遠くから洪水のような歓声が溢れる。
声の源は通路の先に広がるだだっ広いホールのような場所からだった。
「……あれ、もしかして知らずに入った来た感じか。じゃあ帰すわけにはいかないなー」
受付の女性が何やら手元の機械を操作すると一同のリミッターから、ピピ、という妙な電子音がした。
思わず確認すると円盤状の液晶画面がうっすら赤く発光している。
「ちょっと、何したの」
カナが変装したまま凄んで見せるも、受付の女性はどこ吹く風で受け流す。
その顔で凄んでも絶対意味ないと思う、とは言わなかった。
「ここはいわゆるアングラな大会が開かれてる場所でさ、バレると困るんだよね。入ってきた時違和感あったっしょ? あれはね、一定以上のクオリア出力がある子だけここに飛ばされるようになってんの。それ以外は本来のライブハウスにご案内ってわけ」
大会。
つまり向こうのホールで行われているのはクオリアを使った試合ということなのか。
サクラが思案していると、カナが弾かれたように背後の扉を開いて出ていく――直後、同じ扉からカナが入ってきた。
「ちっ、やっぱり駄目か」
「あー無駄無駄。君らが出ようとしてもループするように設定したから」
「ええ!? じゃあどうやって出るんすか!?」
悲鳴を上げるヒトミコ。
何が楽しいのか受付は肩を揺らす。
「キミらには共犯になってもらうよ。そうだな……一番弱そうな君、参加者に設定しておくから今日の大会に飛び入りしなよ。終わったら全員出してあげるからさ」
サクラはきょろきょろとあたりを見回し、受付の見ている先が自分だと気づく。
「あ、あたしですか!?」
「あと他の子もお金賭けてね。誰が優勝するかにベットして当たったら一攫千金だ!」
もはや開いた口が塞がらない。
そんな反応は見慣れているのか受付はにやりと笑い、
「アーマー無効の命を懸けた真剣勝負、その名も『アンダー』。心行くまで楽しんでってよ」
低い声でそう宣言するのだった。




