55.天澄サクラカムバックチャレンジ
銀鏡アリスとの勝負が終わって翌日。
ココから届いた『放課後、生徒会室に来ること』というSIGNに従い、サクラは重い足取りで向かっていた。
「どうしよう……」
心当たりはありすぎるくらいだ。
アリスとの勝負は完全な個人的な事情によるもの。
この学園は私闘を禁じていない(むしろ推奨している節すらある)が、生徒会のことが絡むとどうなるかはわからない。
何しろ今のサクラは微妙な立場。
元々特殊な役職だったのが、その活動権を没収されている状態だ。
そんなサクラが生徒会役員と私闘を演じたとなると、苦言を呈されてもおかしくは無い。
せっかく勝ちを譲ってもらったというのに、これでは意味がない。
(その勝ちって結果もハルちゃんから聞いたんだけど。……決着がついた時は朦朧としてたし)
身体に負担をかける技を使ったことを叱られながらの話だった。
その時はハルが気を遣ってくれた嘘ではないのかと半信半疑だったが、今日登校してみたら勝負の話で持ちきりだったので、そこでやっと事実として受け入れることができた。
ただ、心配なのはアリスのことだ。
あの後カナとどうなったのかも心配だし、サクラ自身が叱られるならまだいいが、アリスにまで飛び火したら事だ。
いざとなれば全て自分のせいにする覚悟は完了している。事実ではあるのだし。
「よしっ!」
他人のことは必要以上に心配するが、自分のことにはとことん無頓着。
そんなサクラは生徒会室の入り口に着くと、意を決して扉を開いた。
「失礼しま――――」
「だからー! 別に生徒会室で自撮りしたっていいでしょ!」
「資料とかが映り込んだらまずいからだめって言ってるんだけど。っていうかその痛いコスプレやめたら?」
元気のいい笑顔のままサクラは固まった。
なんというか、デジャブ。
以前と変わらず口喧嘩を続けるアリスとカナに、口の端が引きつる。
「コスプレ結構。カナは需要に応えてあげてるだけだもーん」
「ランドセルはヤバいって……もしかして気に入ってる?」
「あ、あの先輩たち! 喧嘩はやめましょう!」
勇気を出して割って入ると、言い合いが止まる。
二人合わせて四つの目に、たじろぎそうになるのをぐっとこらえた。
勝ったということは、アリスはカナと話すことになったはずだ。
もしかするとダメだったのだろうか。やはり二人はわかりあえず、こうしてまた喧嘩ばかりを繰り返すように……。
「あれ、サクラ? 来たんだ」
「なんだ天澄か。どうしたの、そんな泣きそうな顔しちゃって」
アリスとカナはわしゃわしゃとサクラの頭を撫でる。
え? え? と状況が分からずおろおろするも、アリスの様子が少し変わっていることに気づく。
めったに見せなかった笑顔を控えめに浮かべ、優しい眼差しでサクラを見つめているのだ。
「銀鏡先輩、サクラって……」
「うん。私のこともアリスでいいからね」
「あ、アリス先輩?」
「良くできましたー」
よしよしと撫でてくれる。
昨日とは態度が全然違う……と驚愕しつつも、優しくしてくれるのは嬉しいので身を委ねる。
「昨日勝負が終わってからカナと話したんだよ。いろいろ」
「びっくりしたわ。いきなり神妙な顔で『腹を割って話そう』とか言うから」
「そうだったんですか」
二人は顔を見合わせる。
そこには以前のような不和は無いように思えた。
「昔のこととか、これからのこととか……たくさん話して、たくさん謝ったんだ」
「それで、まあ……仲直り? ってやつをしたってわけ」
「ありがとう、サクラ。サクラのおかげだよ……強引だったけど、あれが無ければカナとはずっとまともに話せないままだった」
アリスとカナは照れ臭そうで、それでも嬉しそうに笑っていた。
良かった、と胸を撫で下ろす。
心配だったのだ。友達だった二人がいがみ合っているのを見ているのは本当に忍びなかったから。
「まあでもアリスは未だに腹立つことばっか言うから前とあんまり変わらない気がするけどね」
「それはカナがふざけたことしてるからでしょ。やめなよロリコン釣るの」
アリスは肩をすくめると、棚に保管してある資料ファイルを確認し始める。
それを尻目に見ながら、カナはサクラに耳打ちをした。
「……ありがとね。あなたのおかげであの子とまたちゃんと話せるようになった」
そんな、と上げようとした口を指で塞がれる。
悪戯っぽく笑ったカナは、『言わないで』と言っているように見えた。
前とは違っても、今の関係を肯定している。そういうことなのだろう。
「何か言った?」
「なんにもー」
素知らぬ顔でそっぽを向くカナにアリスはむっとする。
いつもは先輩然としているアリスだが、カナといるときは少し幼い面が見える気がするな、とサクラは思った。
「サクラ、あんまりそいつに近づかない方がいいよ。SNS狂いが移るから」
「狂ってないわ、一般的な範囲でしょ。天澄も始めてみたら? カナがあの手この手でフォロワー増やしてあげるわ」
「あはは……そのうちお願いします」
色々あったが、これが二人の新しい形なのだろうと思うと微笑ましく見える。
だが、そんなやりとりもずっと続くわけではなく。
「やあ。揃っているみたいだね」
生徒会室の扉を開き、現れたのはキリエとココ。
そういえば今日は呼び出されていたんだった、と忘れていた懸念を思い出したのだった。
* * *
「さて。わざわざ来てくれてありがとう、サクラ」
「い、いえ! 呼び出されたら地の果てまで向かう所存です!」
椅子に腰かけ、背筋を強張らせるように伸ばすサクラ。
固くないか? とキリエはココに視線で呼びかけ、自業自得でしょ、とジト目を食らう。
ここ最近のサクラはキリエと顔を合わせては叱られたりを繰り返していたので、会える嬉しさよりも緊張が勝ってしまうのだ。
「話と言うのは、君の腕章の件だ」
「正確に言うと生徒会役員として活動する権利のことね」
「はい……?」
キリエの言葉とココの捕捉に思わず首を傾げてしまう。
腕章。生徒会の相談窓口として役職を与えられたサクラが独断で人の頼みを聞きすぎて剥奪されたのがここ最近のあれこれのきっかけになった。
まさか、と思い当たる。
昨日の大立ち回りがキリエの耳に届き、『好き放題するガキには生徒会は務まらん! 永久剥奪じゃー!』と目の前で腕章を光の矢で蜂の巣にされてしまうのではないか。
そんな杞憂に震えるサクラだったが、キリエの赤い瞳はあくまで穏やかだ。
「昨日……から今日にかけて、アリスから君の復帰を強く推されたんだ」
え、と件の先輩に目をやると顔を逸らされた。
対面のカナはニヤニヤとその様子を眺めているので、もしかすると照れているのかもしれない。
「ああ、昨日君とアリスが戦ったのは知っているよ。その時に何か心境の変化があったのだろうが……まあ、それは追求しないでおくよ」
「えっと……今さらなんですけど、勝手に戦うのって大丈夫なんですか?」
「もちろん。むしろ格上を相手にする機会は得難い経験だ。大事にするといい」
確かに、アリスとの戦いでは今までにない力が出せた。
明確に壁を越えたような感覚が、今もある。
「ただ、アリスの強い推薦だけで君を戻すことはできない。そこでだ」
キリエは一枚のプリントを取り出す。
裏から見る限りでは、なにか書かれているように見える。
「これは生徒会への投書でね。なんでも『友達がたびたび傷だらけで登校してきます。事情を聞いても関係ないの一点張りで取りつく島もなくて心配です』とのことだ」
「それはつまり……?」
「サクラにはこの件に当たってもらいたい。そうすれば、生徒会への復帰を認めようじゃないか」
「え……ええー!?」
降ってわいた幸運……なのか、困難なのか。
とにかく、サクラに試練が訪れた。




