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51.あの日と今日と変わった誰かと変わらない誰か


 トレーニングセンターの地下、プライベートルーム。

 防音・耐衝撃など、中で起きたことを外へ漏らさない技術が完備されているこの部屋で、サクラとカナは訓練に励んでいた。


「はっ! やーっ!」


「ほいほい」


 二人が行っているのは、いわゆる組手。

 クオリアを使わず肉体のみで行う格闘戦。

 

 通常と違うのは、サクラが攻め続けてカナがそれを捌き続けるという形式を取っていることだ。

 がむしゃらなサクラの攻撃を、カナは手足を使って避けずに防ぎ続ける。

 そして、一時間ほど経った今。

 サクラは一撃たりとも当てられていない。


「やあっ!」


 ぱん、と拳が受け止められる。

 顎を伝って汗が落ち、床に落ちた瞬間に洗浄作用によって蒸発した。

 

「そろそろ休憩ね」


 壁際に置いたランドセルの中から取り出したスポドリを投げ渡すカナ。

 慌てて受け取って壁際に座り込むと、サクラは一気に半分ほど飲み干した。


「なんか……全然だめでしたね……」


 前にもこんなことがあった気がする。


 はじめはカナの幼い外見に殴りかかっていくのは抵抗が強かったが、すぐに全力で行かないと太刀打ちできないと思い知った。

 本気を出してもこちらの攻撃が全て見切られる。それはクオリアによるものではなく、純粋な反射神経や経験から来る読みによるものだ。

 カナは俯くサクラの隣に座ると、自分用のドリンクで口を潤す。

 

「なに落ち込んでんの。言っておくけどカナたち生徒会は学園都市でもトップクラスの選手なんだからね?」


「それはそうですけど……」


 ここ最近は上手くいかないことが続いたからか、自信を無くしてしまいそうだ。

 はあ、と重いため息を落とすと、カナが指で額を弾いてきた。


「いたっ」


「こんなに可愛いカナちゃんが付き合ってあげてるんだからもっと嬉しそうな顔しなさいよ。ほら、ツーショしたげるから」


 カナはおもむろにスマホを取り出すとインカメラを起動し、自分たち二人を画面に入れる。

 戸惑うサクラは、肩を寄せられてさらに背筋が強張る。


「なになに、緊張してるの~? くひひ、可愛いところあるじゃない」

 

「ち、近くないですか……!?」


「こんくらいの方がウケるの。ほら撮るよ~」


 ぱしゃ、という電子音の後、肩が離れる。

 『まあまあかな』とカナは頷いた。


「そうだ、いちおう確認だけどこれSNSに上げて良い?」


「大丈夫ですよ」


「おっけー」


 『初対面の後輩に指導!』『なかなか見所がある子。いっぱいかわいがってあげた』『#先輩風 #教育的指導(笑) #緊張しててかわいい #カナちゃんらいふ』


 そんな文面を添えてSNSに投稿した。

 するとすぐに通知が連続する。

 シェア数もコメント数も目に見えて上昇していき、あっという間に四桁まで到達してもなお止まる気配が無い。 

 

「ほ、本当に人気なんですね!」


「まあねー。カナは普段からSNSに本気出してるけど、他の生徒会のメンバーだって適当に投稿するだけで万バズよ。まあ生徒会に限らず人気のキューズはだいたいそんな感じだけど」


「まんばず?」


「いいねとかシェア数が一万越えること」


 カナはあっさりと通知を切ると、スマホをしまう。

 普段からオフにしているらしく(通知が多すぎるし充電の消費もばかにならないとのこと)、今回は拡散具合をサクラにわかりやすく見せるのが目的だったらしい。


「天澄も始めたら? キューズなんて人気商売なんだから人の目に触れる機会は多い方がいいでしょ」


 アカウント作ったらこのカナちゃん様が拡散してあげる、といたずらっぽく笑う。

 SNS。存在は知っているが、サクラからすれば遠い世界の話だ。クラスでもすでにキューズ用のアカウントを作った子は多いが、話を聞くだけでなんとなく先送りにしてしまっていた。

 

 まあそれは後にして、とカナはサクラに向き直る。


「話っていうのはね、アリスのことなんだけど……あいつさっきちょっと嫌なこと言ってたじゃない」

 

「銀鏡先輩ですか? うーん……」


 ――――だから言ったのに。

 

 アリスはそうサクラに囁いた。

 それは以前に忠告された、『誰かのために』という動機ではいつか絶対に痛い目を見るという発言のことだろう。

 

(……見た)


 ショックだった。

 自分のしていたことが――人助けが間違っていた。

 否定しきれない客観的な事実を突きつけられ、その上で逃げ出した先でも弱さゆえに殺されかけた。

 

 本当は死そのものは恐ろしくない。

 恐ろしいのは何も為せずに死ぬことだった。

 この身にまとわりつく無力感は、未だべっとりとへばりついたままだ。


 俯くサクラを見て、カナは心配そうに眉を下げる。


「後でカナがしばいとくからさ。できればあいつのこと、悪く思わないでやってくれない?」


「え……」


「昔いろいろあってね。アリスもその時のこと思いだしちゃってるんだと思うから……」


 ……驚いた。

 あれだけ言い争っていたのに、カナはアリスのためにこうしてフォローに来たのだ。

 

「喧嘩してたから仲が悪いと思ってたんですけど……実はなかよしさんですか?」 


 素朴な問い。

 カナは座ったまま顎を手で支えながらサクラを一瞥すると、小さく息を吐いた。


「……前はね」


 カナは遠いいつかへ想いを馳せるかのように目を細める。

 確かにあった、しかし今はもう戻らない過去。

 

「天澄はさ、昔のアリスに似てんのよ。だからあいつも気になっていろいろ言っちゃうんでしょ」


「あたしが銀鏡先輩と似てる、ですか?」


 いまいちピンと来ない。

 銀鏡アリスという先輩は物静かで、いつも気だるげで、しかし仕事はきっちりやる、デキる先輩という印象だ。

 少なくとも自分とは似ても似つかない。


 そんな納得いかなさを察したのか、カナは手を振る。


「誰かのために一生懸命で、盲目的で――そのために自分を犠牲にしちゃう。そんなところがそっくりだったのよ」


 何でもサクラのことは事前に会長からある程度聞き及んでいたようだ。

 だからあの歩道橋で助けに入ってきたときは驚きと同時に納得した……らしい。

 この子はアリスと同じなのだと。


「中学の時のことよ。当時のあいつは真面目で勤勉で、誰かのために頑張ることが嬉しくて仕方ないみたいな生き方をしてたの」 


「あの銀鏡先輩が……」


 地べたで寝たり、ことあるごとにめんどくさいとぼやく姿を思い返すと驚きはした。

 ただ、やるべきことはきっちりやるあの姿勢を考えると、同時に納得もできる。


「周りからの頼みを聞いて聞いて聞きまくって……でもね、そんなことをしてると絶対にずるいやつらが寄ってくるのよ。善人を便利に使い潰してやろうっていうやつらが」


「…………っ」


 それはサクラにも心当たりがあった。

 直接聞いたわけではないものの、サクラのことを『便利で使える』と評していた生徒がいたらしいと。

 

「アリスもバカみたいに善人だったから、素直にそいつらの頼みを聞いて、どんどんエスカレートしていって……カナは何度も『大丈夫?』とか『もうあの人たちには関わらない方がいいんじゃない?』って言ったのにろくに聞きもせずあのバカは……!」


「花鶏先輩……?」


「はっ。……なんでも無いわ」


 危うくヒートアップしかけたところをサクラの声で我に返る。

 それだけその頃のことが心残りなのだろう。


「で、最終的にそいつらの起こした暴行事件の罪を全部被せられそうになって……さしもの善人(アリス)も気づいたのよ。助ける相手を間違えたんだって――それからあいつは、今の銀鏡アリスになった」


「被せられそうになったってことは……疑いは晴れたんですね。もしかして花鶏先輩が?」


 期待を込めたその言葉に、カナは悲しげに笑って首を横に振った。

 深い後悔がありありと感じられる、そんな笑顔だった。


「カナは何にもできなかった。本当に偶然、アリスが警備隊に絡まれてるところに通りがかったキリエ会長が助けたんだって、全部終わった後から聞いたのよ」


 どんな気持ちだったのだろうか。目の前で友人がどんどん悪い方へ引きずり込まれていくところを見るのは。

 助けたくても助けられず、気づけば全てが済んだ後だと聞かされるのは。

 

 ……アリスは、どんな気持ちで自分のことを見ていたのだろうか。

 

「それからアリスとはずっと喧嘩ばかり。昔はどうやって喋ってたんだかね」


「花鶏先輩……」


「……はい、そろそろ休憩終わり! ほら立って、続きやるわよ」


 いきなり腰を上げたカナは訓練の再開を宣言する。

 『仲直りはできないんですか』――そう言おうとしたサクラを制したようにも感じられ、何も言えなくなる。

 きっともう、カナは諦めているのだろう。だからここで話を終わらせたのだ。


「あと天澄。花鶏先輩じゃなくてカナちゃん様と呼びなさい。そっちの方がかわいいから」


「わかりましたカナちゃん様せんぱい!」


「敬称が渋滞起こしてる!」


 しかし、サクラにも思うところはある。

 いつか怪しい研究者に連れて行かれそうになった時。そして目の前で名前も知らない他校の生徒が拉致されそうになったとき。

 アリスは当たり前みたいに助けてくれた。


 振る舞いが様変わりしようと彼女の本質は変わっていないのではないか。

 ならばもしかすると、アリスの抱くカナへの想いもまた――――


(だったら……だったら、いつか)


 今はまだ二人のことをよく知らない。

 だが、いつかその関係を昔のように戻せたらと、サクラは願ってしまうのだった。 


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