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49.パーフェクト揃い


 朝目が覚めると、驚くほど快調だった。

 胸に溜まった澱みも、全身にまとわりついていた疲労も、きれいさっぱり……とまでは行かなくとも、見違えるくらいに拭い去れていた。

 

 起きるとハルは姿を消していて、ピンク色の熊が描かれた可愛らしいメモに『急に保健委員の仕事が入っちゃった! ゴメンね><』と書かれていた。少し残念だった。

 作り置いてくれた朝食を食べ、身支度を済ませ、サクラは洗面所の床に置いていた学生鞄を肩に引っ掛ける。

 

「ん? ……まあいいか」


 自分の家から出るだけなのに、なんだか少し新鮮だ。

 開いたドアの向こうには煌めく朝日が待っていた。




 * * *




 友だちに見返りなんていらない。

 その言葉について考えてみた。

 

 確かに、ハルはずっと助けてくれていた。想ってくれていた。

 だからと言ってサクラの自己否定が変わるわけではない。

 しかし、少しだけなら。ハルや周りの人々に対してなら、寄りかかってもいいのではないのかと思えた。

 人の好意を恐れて拒絶するのは、少なくとも良いことではないだろうから。


 ……人の協力を断っていられるような強さでないことを痛感したのが一番の理由かもしれないが。


「うう……ん」 


 朝の通学路。

 まだ早い時間、朝焼けに包まれた街並みを歩きつつ、サクラはぐっと伸びをする。

 心身ともにすっきりしている。ハルへ胸の内を吐き出したのが影響しているのだろうか。


「ちょ……やめてくださいっ!」


「いいじゃない、ちょっとウチ来てくれたらいいから」


 そんな話し声に、おや? とあたりを見回す。

 すると、前方の歩道橋の上でなにやら言い争っている二人組。

 片方はツインテールの小さな女の子。遠目にも可愛らしく、ランドセルを背負って小学校の制服らしきものを着用している。

 そんな子に声をかけているのはOL風の女性だった。


 疑問に思いつつも、少なくともいい雰囲気ではない。助けようと思った時にはもう身体が動き出していた。

 軽い助走から一気に飛ぶと歩道橋の上に着地。

 『ええ!?』と驚きの声を上げるOLに視線を向け、


「あのっ! その子嫌がって――――」


「お姉ちゃんっ!」


 かんかん、と硬質な床を踏みしめる音と共に女の子が抱き着いてきた。

 お姉ちゃん? 


「お、おねえちゃ? いや、初対面……」


 と言いかけたところで女の子が目で必死に訴えていることに気づき、慌てて口を閉じる。

 瞳を潤ませる様は近くで見ると本当に可愛らしく、妖精だと言われれば信じてしまいそうなほど。

 ここはやるしかない。


「はい、あたしお姉ちゃんですっ!」


「……ちっ、お願いだから通報だけはしないでねー!」

 

 OL風の女性は口惜しそうに舌打ちをすると逃げるように去っていった。

 サクラは胸を撫で下ろして、少女の肩に手を置く。


「大丈夫? 何か酷いことされなかった?」


「うん、大丈夫! なんぱされて一緒に来てってゆわれただけ!」


 にこにこと甘ったるい声でとんでもないことを言う。

 ……あの女性、ロリコンというやつだったのだろうか。

 確かに可愛い子だが、強引に連れていこうとするのは良くない。

 後で警備隊に言っておこうかと考えていると、少女が手を繋いできた。


「ねえ、お名前教えて?」


「うん? 天澄サクラだよ」


「……サクラちゃんかー。きれいな名前だね。カナはねえ、花鶏(あとり)カナですっ! しょーがくさんねんせー!」


「カナちゃんもいいお名前。こんなに朝早くからどうしたの?」 


「んー、カナのお姉ちゃんがね、忘れ物したから届けに来たの。さいじょーがくえんってとこに通ってるんだって」


 さいじょーがくえん。

 最条学園?


「それってあたしが通ってる学校だよ。もしよかったら案内しようか? ひとりだと危ないし」 


「いいの? やったー!」


 両手を上げて喜ぶカナに、サクラはうっとりと目を細める。

 最近辛いことが連続していたから、心が洗われる気分だ。


 そうして手を繋ぎ、花鶏カナを連れていくことになったのだった。




 * * *




「カナのお姉ちゃんは生徒会なんだって」 


「そうなんだ! あたしも……いや、うん……最近まで生徒会だったんだけどね……あはは……」


「サクラちゃんいきなり死にそうな顔してどうしたの!?」


 言葉の途中で腕章を取り上げられたことを思いだし、泣きべそをかきそうになる。

 おそらく籍は置かれたままなのだろうが、立場的には認められていない。

 いつか返してもらえる時が来るのだろうか。


「……うん、でもちょうどいいね。生徒会室の場所はよく知ってるから」


「おー、サクラちゃん頼もしい!」


「そう言えばカナちゃんの学校は大丈夫?」


「まだまだ時間あるからよゆーだよ」


 確かにまだ一般的な始業までは時間がある。

 最悪彼女をおぶって走ればいいだろう。


 そんなふうに他愛のない話に花を咲かせていると、生徒会室の前にたどり着いた。

 

(……あれ? 花鶏なんて苗字の先輩いたっけ?)


 最条キリエ。黄泉川ココ。銀鏡アリス。

 どれも一致しない。だが、そう言えばもう一人メンバーがいるという話は聞いていた。

 ただ、彼女は仕事でしばらく学校に来ていないこともあり、まだ出会えていない。


 そう考えるとその『もう一人』が姉なのだろうか――なら、カナの会いたい相手はここにいないのではないか。

 どうしよう……と考えていると、カナは躊躇いなく扉を開けて我が物顔でずんずん室内へ踏み入った。

 

「え、ちょっと」


「おー、なんだかなっつかしー。さすがに一ヶ月以上空けてると新鮮だわ」


 んん? と首をひねる。

 甘ったるい声色はそのままだが、明らかに話し口調が違う。

 まるで別人のようなその振る舞いに固まっていると、ランドセルをテーブルの上に投げ出し、自身ももたれかかる。


「あ、案内ごくろうさま。と言っても一人で来られたんだけど――あはは、カナもまだまだいけるじゃん。小学生って言っても全然疑わないし」


 ねえ? と。

 蠱惑的な笑みを浮かべる。まるで別人だ。少なくとも、先ほどとは全く違う笑顔だった。

 目を細め、その幼い外見に似合わぬ色気を漂わせている。


「えっと、カナちゃん? もしかして……」


「はいはい花鶏カナちゃんですよ。あなたの先輩、二年生。生徒会では会計やってまーす。っていうか他のメンバーにカナのこと聞いてなかったの?」


「聞いてはいたんですけど、その……名前や外見はさっぱり。銀鏡先輩がちょっと話に出してましたけど」


「……ふうん? どんな感じで?」


 す、と細められた目にたじろぎながらもサクラは上を見て記憶を引っ張り起こす。

 確か……。


「『死んだことにしとこう』とか『敵』とか『モンスター』とか……」


「あんのバカタレぇ!!」


「ひいいいごめんなさいごめんなさい!」


「あんたに怒ってんじゃないわよ! ってかあんたもそのまま言わないでいいのよオブラートに包みなさいオブラートに――――」


「そうだよ、天澄は悪くない。悪いのはそいつ」


 一瞬で沸騰したカナに平謝りしていると、そんな空気を断ち切る静かな声。

 振り返るとそこには話題の銀鏡アリスが立っていた。


「アーリースー? あんた後輩に無いこと無いこと吹き込むのやめなさいよ。イメージが悪くなるでしょ」


「これ以上悪くならないと思う」


「誰が地の底よ! これでも大人気キューズでやってんだわこっちは!」


 ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい。

 会うなり喧嘩を始めた二人にサクラはおろおろしっぱなしだ。

 カナがどういう人物なのか、二人はどういった関係なのか――何もわからないが、ただひとつ確かなことは、これで生徒会役員が勢揃いしたらしいことだった。


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