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44.お前はどうしてここにいる

 

 錯羅回廊第?層・砂風が吹きすさぶ都市。

 満身創痍で横たわるサクラを見下ろすのは、ヘルメットとボディスーツで全身を覆った謎の女性だった。

 未来のバイク乗りがいるなら、ちょうどこんな風貌なのではないかという姿。

 

「……………………」 


 彼女は一切言葉を発することなくサクラを見下ろしている。

 

「あの……げふっ!?」


 けげんな表情で見上げていると、突然脇腹を蹴っ飛ばされて仰向けからうつ伏せへ。

 指一本動かせないのでうめき声を上げていると、そっと背中に手が触れる。

 自ら流した電流に傷ついた筋肉がそれだけで痛みを発し、「うひぃ!」と声が出る。


「……………………」


「な、なにか言ってもらえないとちょっと怖いんですけ――」


 突然身体が浮かぶ、いや持ち上げられている。

 まるでズダ袋でも運ぶ調子でぶっきらぼうに抱えられ、視点が1メートル以上高くなった。

 身長はおそらくサクラと変わらない。だがこの力。錯羅回廊に入れていることと合わせて、やはり彼女はクオリア使いだ。


 そう考えていると、またカナブン型のモンスターがあちらこちらから寄ってきた。

 さっき大量に倒したというのに、再び10匹以上の群れだ。

 謎の女性はさすがに億劫なのか肩を落とし、あたりをきょろきょろと確認すると、少し視線を上げた。

 直後、強い衝撃がサクラを襲う。


「えっ、ちょ……高……っ!」


 跳躍。

 女性が行ったのは単なる膝を曲げての大ジャンプ。

 だが、その高度は一瞬で七階建てのビルの屋上まで届く。

 圧倒的なフィジカルに驚愕していると、今度は些細な揺れと共に着地した。

 

 急な展開にサクラが目を回していると、地面へ雑に投げ捨てられる。


「いだっ! いて、いててて……」


 ざらついたコンクリートの床がやすりみたいで寝心地は最悪だ。

 そもそも全身の激痛も引いていない。

 だが、とりあえず危機は去った――のだろうか。

 安心するには、この肌面積ゼロの女性は怪しいにすぎる。


 サクラは盗み見するような調子で女性を見上げようとすると、目の前にスマホのような端末が差し出された。

 そこには、


『お前はどうしてここにいる?』


「いや、それは……」


 相手の素性が分からない以上、軽率に話すわけにはいかない。

 それに、誰の助けも借りたくなくなったから訓練に来たなどという子どもじみた理由を話すのも気が引けた。

 口ごもるサクラに業を煮やしたのかヘルメット女は、たたたた、と指が見えなくなるほどの速度でフリックし、また端末を見せてくる。


『話せば身体を治してやる』


 その申し出に、サクラは歯を食いしばる。

 彼女が救急セットなどを持っている様子は無い――おそらくクオリアを使うということなのだろう。

 それだけであの驚異的な身体能力の説明がつかないが、肉体強化の倍率はクオリアの鍛え方に比例するという話を考えれば、相当な使い手だということがわかる。

 彼女の言葉が嘘でないと仮定すればだが、ここで頷けばすぐに治してくれるのだろう。そうでなければモンスターの群れから連れ出した意味がない。

 だが、


「……あたしは……誰かを助けなきゃいけないんです。誰かに助けられちゃだめ……なんです。そんな資格は、あたしにはない……」

 

 こうしてこの屋上に運ばれている時点で助けられたようなもの。

 だからこそ、これ以上は受け取れない。

 受け取ったらどう返せばいいのかサクラにはわからない。

 この女性のように素性が知れない相手ならなおさらだ。


 女性はため息をつくように肩を落とすと手を広げる。

 そこから白い光が溢れ出すと鋭く尖り、針のような姿を取った。

 ぼんやり見ていると、その針はダーツのように投げ落とされ、サクラの背中に突き刺さる。


「あっ!? う……ああ……」


 しゅううう、と熱したフライパンに水をかけたような音と共に全身の痛みが引いていく。

 なんとか身体が動かせる……しかし同時に、意識していなかった壮絶な疲労感が圧し掛かった。

 床に手を突きのろのろと身体を起こそうとすると、再び端末が差し出される。


『お前の考えなど知るか。治したぞ。言え』


 その横柄な逃げ場を無くす物言いに、サクラは観念した。




 * * *




『なるほどな。同級生に負けて自信を失ったうえ、自分勝手にやってた”人助け”を咎められて生徒会の証である腕章を取り上げられたと。それでも強くなりさえすれば問題は全部解決すると思ったからこっそり錯羅回廊に来て訓練している……か』


「……………………」 


 サクラは珍しく唇を尖らせて不満げにしている。

 事実とは言え、改めて言葉にされると何というか……思うところの一つや二つある。

 

『お前、本気でそう思ってるのか?』


「い、いいじゃないですか。それよりほら、お礼にあたしのおっぱい触りますか! あたしに出せるのってこれくらいで――――」


 がしっ。

 言い終わるのを待たず伸びてきた手がサクラの胸を掴んだ。

 揉むとか触るとか、そういうある種の雰囲気があるものではなく、わしづかみという感じだった。


「わーっ!?」


『これで満足か?』


「ま、満足かって……あたしは、」


『お前は』


 サクラの抗議を遮る。

 ヘルメットに遮られて表情が読めないのが不気味で仕方がなかった。


『お前は誰かに助けられちゃダメだとか言ってたな。今のふざけた”お礼”とやらもそうだが――お前は他人からの施しを、ある種病的に忌避している。恩は作らない。作ったとしてもすぐに返す、それも貰った分以上に……使うのが自分の身体というのが哀れなところだが、まあ冗談めかして済ますことができるからってところか』


「そんな……助けてもらったらお返しをするのは当たり前じゃないですか! あたし、人にあげられるものなんて何もないから……」


『いつまでそうやって何もわかってないフリをするつもりなんだ?』


 沈黙が漂う。 

 今すぐこの場から逃げ出したい。だが、体力が切れかけの身体ではろくに動くことも叶わない。

 まるで鏡を見ているかのようだった。ヘルメットの女性の言葉は鋭くサクラを詳らかにする。

 否が応でも自らの姿を目の当たりにさせられる。

 醜く罪深いこの身を。


『気持ち悪いよ、お前――そうだな、やっぱりここで死んどくか?』


「え?」


 直後、ビルの屋上が爆散した。

 瓦礫と共に空中へ投げ出されたサクラは混乱の中、視線だけを動かす。

 見つけた。今しがた拳一発でこの破壊を実現したヘルメットの女性はサクラ目がけて落ちてくる。

 とっさに重い身体を引きずって跳んでいて正解だった。あんなものをアーマーの無い今受けたら身体が真っ二つになってしまう。


 だが、危機は去ったわけではない。

 あの細身から繰り出されるパワーが目の前に迫っているのだ。

 もう衝突まで1秒も無い。だが空中での対処は限られている。

 サクラの手札で今使えるのは雷の矢くらい。

 拳を振りかぶっているヘルメットに向けて雷を番え、放とうとして――――


「出ない……!?」


 クオリアはうんともすんとも言わない。

 疲労からか、それとも別の要因か。その答えを掴む前に明確な死が目の前に迫る。

 文字通り手も足も出ない。無機質に握りしめられた拳が良く見えて、息を呑んだ。


 直後、ボディスーツが真横に吹っ飛んだ。

 

「え?」


 なにか砲弾のようなものが直撃した光景が見えた。

 その砲弾――いや人だ――は落下中の瓦礫を軽やかに跳び移り、サクラを抱きかかえると建物の壁を器用に伝って着地した。

 サクラと同じ制服。薄紫の髪に瞳、そして感情の読めない表情……いや怒っている。今日に限っては明らかに怒っている。


「黄泉川先輩……?」


「色々聞きたいことがありすぎるけど、とりあえず後にするわ」


 がらがらと瓦礫を落としながら、ビルの壁面に叩きつけられたらしきヘルメットの女性が起き上がってくる。


「今はあの女をどうにかしないと」


 その姿を認めた黄泉川ココは瞳に光を宿す。

 思念のクオリア――精神系の頂点に位置する能力の発動を示すサイン。

 どうして彼女が来たのかはわからない。ただ理解できるのは、また命を助けられたということだった。


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