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43.ノーフェイス


 ぜんぶ弱いせいだ。


「……課題は近距離……速さも強さも足りない……肉体強化の倍率はすぐに上げられるものじゃない……」


 生徒会室を後にしたサクラは、ぶつぶつと思考を垂れ流しながら廊下を歩いていた。

 結局のところ、勝敗どうこう以前に弱いからいけなかったのだ。

 クオリアを使い始めたばかりだとか、知識が足りないだとか、理由にはならない。

 同じスタートラインに立った以上、言い訳は通じない。


 腕章を取り上げられたのだって余裕がなかったせいだ。

 ひとりで全てを解決できるくらいになれれば何も問題は無い。

 最初から誰かと共になんて間違っていたのだ。

 そんな資格は、自分にはない。


「ハルちゃんたちに助けてもらったのにあんな戦いしかできないなんて、あたしは……」


 学園都市に来る前に決めていたはずだ。 

 何も貰わない。もし助けてもらったらそれ以上に返す。

 自分は与えるだけでいいのだと。


 ハルたちとの時間があまりにも楽しくて、夢のようで――忘れかけていた。

 

「……っ!」 


 廊下の壁に頭を打ち付ける。鈍い音が響く。

 そのまま二、三度打ち付けて、やっと頭が冷えてくる。

 腕を掴むと、腕章を無くした袖の感触だけがした。


「そうだ、ひとりで強くならなきゃ。誰にも見られない、誰にも気づかれない……そんな場所は……」


 そう呟いて、壁に手をつく。

 すると、


「えっ!?」


 ずぶり、と腕が半分ほど沈む。

 生暖かくて柔らかい感触に驚き、その壁を見ると沈んだ腕の周りが虹色に揺らいでいた。

 この現象には覚えがある。この学園都市に存在する異空間――錯羅回廊の入り口だ。


 慌てて引き抜くと、うっすら波紋を残して壁は元に戻る。

 おそるおそる再度触れると、やはり指先も沈んだ。

 何の変哲もない壁だ。他の場所も同じだろうか――と歩き回りながら試してみる。

 その結果、どういった仕組みなのか定かではないが、強い意志を持って触れると……あのダンジョンに行きたいと強く念じると、指が沈むことに気づいた。

 それは壁だけでなく、床などもそうだった。

 

「そっか」


 サクラは得心したように頷く。

 その顔は、さっきまでとは打って変わって晴れやかだった。


「よーし、頑張るぞー!」


 不自然なほどに明るく歩き始めるサクラ。

 その足取りは、ゆっくりだが確実に暗路へと向いていた。




 * * *




 授業とホームルームが終了し、昼休み。

 ぐっと伸びをしたハルは学生鞄を開く。

 その中にはタッパーに入った手作りのチーズケーキが入っていた。

 昼休みにささやかな昇格祝いをしようと持ってきたものだ。


「あれ?」 

 

 だが、サクラの席には誰も座っていない。

 きょろきょろとあたりを見回しても、やはり姿は無かった。

 

「ねえ、サクラちゃん見なかった?」


 近くのクラスメイトに声をかけてみる。

 すると、


「ああ天澄さんね。さっき授業終わった瞬間飛び出して行ったよ。また誰か困ってる人のところ行ったんじゃない?」


 アハハ、と冗談めかして笑うクラスメイトをよそに、ハルは言い知れぬ不安を感じていた。

 



 * * *




 誰にも見られず、誰にも迷惑をかけず。

 その上でトレーニングにうってつけな場所。


「うん、やっぱりここしかないよね!」


 錯羅回廊。

 適性のある者しか入れないこの異空間にサクラは足を踏み入れていた。

 HRが終わってすぐ全力ダッシュ、トイレの個室から錯羅回廊へと侵入を敢行した。


 景色は第一層と呼ばれた遺跡草原とは打って変わって、砂漠に飲まれかけた都市といった風体。

 乾いた風が吹き、さらさらと足元の砂が流れていく。

 あたりには昇格試験の試験場となった都市によく似たビルの数々が立ち並び、それと同じくらいのサイズ感の剣や斧などの巨大な武器がそこかしこに突き刺さっている。

 

「さてと」


 当面の課題は近距離戦の克服だ。

 ハイジやミズキのように、離れた場所からクオリアで撃ち合ってくれる相手ばかりではないことがわかった。

 ならばどうするか。


 サクラは砂に足を取られながら歩き、崩れかけのビルの中へと入る。

 エントランスと思しき空間には無人の受付と、エレベーター、そしてベンチがあり、そこにサクラは腰を下ろした。


「クオリアを強くすれば肉体強化の倍率も上がるって聞くけど、さすがに気長すぎるよね」


 学園から配布されている図書アプリで、最条学園のライブラリにアクセスする。

 そこにはクオリア学を始めとしたさまざまな情報が山ほど積み上がっていた。

 目を付けた『クオリアと身体能力の関係』という本には、クオリアを鍛えて出力を向上させればそれに比例して肉体強化も強力になると記載されている。

 だがその上昇率は決して劇的なものとは言えない。

 長期的に少しずつ上げていくしかないのだろう。


 思い出すのは岩の鎧によるアンジュの近接戦闘。

 やはり彼女のように、クオリアを使って直接格闘戦を有利に運べるような技を編み出す必要がある。

 

「……うん、やっぱりしばらく雷の矢は封印しよう。これに頼ってばかりじゃダメだ」

 

 近距離戦力の向上のため、制限を課す。

 それがきっと正しい選択なのだと信じる。

 サクラは無意識に自らの二の腕を掴んだ。


「よしっ、元気出していこう!」 


 勢いよく立ち上がり、サクラはビルの外へ飛び出す。

 砂漠の都市にはモンスターが無数にうろついている。あれらを相手にすれば充分すぎるほど訓練になるだろう。

 たったひとりになったサクラは、新たな一歩を踏み出した。




 * * *




 鈍い一撃がサクラのみぞおちに直撃する。


「ぐっ……!!」


 何とか吹っ飛ぶのはこらえたが、詰まる息に思わず膝をつく。

 そのまま何度か咳き込み、やっと気道が確保できた。


 背後を振り返ると、丸々と太った巨大なカナブンのようなモンスター。

 そして同じモンスターが十匹以上サクラの周囲を取り囲んでいた。

 奴らは鋼のような甲殻に加え、身体を丸めて尻から空気を噴射することで、クレーンで吊られた鉄球のような勢いで突進してくる。


 バシュッ、という空気の抜けるような音に反応して横に跳ぶ。

 すぐ脇を鉄球カナブンが通り抜けた。

 回避に胸を撫で下ろしたのもつかの間、正面から飛んできたもう一匹がクリーンヒットする。


 ぱきん、とアーマー全体に深く亀裂が走る。

 直後に砂の上へ身体が投げ出された。

 ざらざらとした感触が肌に痛い。肌以外はそれどころではないが。

 顔を拭った手の甲に付いた赤黒い粘液──鼻血だ──へ吹きすさぶ砂がどんどんまとわりつく。

 

 強い。

 少なくとも、第一層のモンスターより明らかに。

 攻撃力や耐久力もそうだが、狡猾に連携してくる。言葉を交わさずとも、まるですべての個体が意識を共有しているかのような息の合いよう。

 気づかないうちに囲まれていたのもそのせいだ。


「だめだ、こんなのじゃ……」


 このままでは負ける。いや、アーマーが風前の灯であることを鑑みると、次に直撃すれば命に関わるかもしれない。

 だがこんな状況に置かれたのに――いや、こんな状況だからこそか、サクラの思考はいつになく加速する。

 

 入学の日から始まり、初めて錯羅回廊へ来た時やミズキとの出会い、生徒会への加入……。


「いや走馬灯だこれ!」


 勢いよく飛んできたカナブンをギリギリで回避する。

 そのまま二匹、三匹と向かってきたのも続けてかわす。

 サクラは感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じていた。


(ここで死ぬのは違う……!)


 やはりこの環境に身を置いたのは正解だった。

 友達や先輩に助けてもらえるぬるま湯ではやはりだめだったのだと、サクラは再度確信した。


「走馬灯だって記憶は記憶、なにかあるはず……」 


 そうだ、ミズキだ。

 彼女との学内戦で最後に使った技。

 サクラの使った近接らしい近接技はあれだけ。

 雷の矢を右手に宿すことで今までにない力が出せた。

 あれを応用すれば。

 

 サクラは四方八方から飛んでくる鉄球から逃れながら、なおも考える。

 今まで使ってきた技は、実のところ雷の矢だけではない。

 密着した時、相手を引き離すときに使う全身からの放電がある。


 技と呼べるほどのものでもないが、あれを起点に何かできる気がした。

 

(自分に電流を流すぶんにはアーマーは削れないから……そうだ)


 おそらくアーマーは外側からの攻撃しか軽減できないのだろう。

 それが大きなヒントとなった。


 ぱり、とサクラの身体に微かな電光が走る。


「放電を体表からじゃなく、体内へ向ければ……!」


 全身に激痛が走る。

 同時に、凄まじい力を感じた。

  

 背後から迫る鉄球カナブン。

 サクラはぐるりと身体を翻し、遠心力を乗せた回し蹴りを叩き込んだ。

 同時に爆風が巻き起こり、周囲の砂という砂を根こそぎ吹き散らす。

 

「…………おお」


 砂風が吹く中、サクラの身体が淡く発光している。

 バラバラと落ちていくのは蹴り砕かれたカナブンの残骸だ。

 

「こ、これだー!」


 全身に電流を流すことで、筋肉の駆動を高める。

 それはサクラの欠点を克服する新たな戦法の兆しだった――身体への負担に目をつぶれば。

 

 ぷすん、とエンジンが切れたように雷光が消え、同時に膝が折れる。

 大きな力に押しつぶされるようにして、気づけばサクラは横倒しになっていた。


「あ、れ」


 じわじわと包囲網が狭まっていく。

 同時に明滅するアーマーが割れた。今の倒れた衝撃でブレイクするほどに削られていたのだ。

 動かない身体の代わりに目線だけを動かして周囲を見る。

 カナブンの数は十体ほど。一斉に襲い掛かられればおしまいだ。


「そうだ……!」


 入ってきた時のように出口を作れれば。そう思い立って念じてみる。

 何も起こらない。

 手でぺちぺちと地面を叩いてみる。

 何も起こらない。


「……うそ」


 やっと危機を自覚して冷や汗が噴き出るが、状況は変わらない。

 それでも力を絞り出して動こうとした時だった。


 ぱん。ぱん。ぱんぱんぱんぱん。

 周囲のカナブンが動きを止めたかと思えば、まるで風船のように破裂し、残骸だけを跡に残す。

 何が何だかわからない。呆然としていると、すぐそばに何かが降り立った。


「……………………」


 全身を近未来的な白いボディスーツに包んだ、しなやかな身体のラインからおそらく女性。体格はサクラと同程度だろうか。

 顔はヘルメットのようなものに覆われていてこれまたわからない。

 ヘルメットの前面はガラスのような材質だが、マジックミラーにでもなっているのか中が見えないようになっていた。


「だ、誰……ですか……」


 正体不明の女性はまるで虫でも観察するかのように無感動な所作でサクラを見下ろしていた。


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