39.昇格試験開始
舞台となる試験場はドーム型。
だだっぴろい空間に、約50人ほどの生徒が集められていた。
それぞれ思い思いに待ち時間を過ごしているものの、そこには確かな緊張感が横たわっていた。
「他の学校の子もたくさんいますね、アンジュちゃん!」
「それはそうですわね。同じ学区内の生徒が一斉に受けることになっていますから」
生徒ランク昇格試験は複数の学校が集まって合同で開催される。
学校ごとのレベルの違いから特定の学校――この学区の場合はトップクラスのエリート校である最条学園の生徒が合格しやすく、その点に関しては批判も少なくない。
しかし他校との関わりは貴重で、成長の機会にもなることは間違いなく、この方策が続いている。
「上級生の方もいるんでしょうか……」
「他校に限ればそうですわね」
「どういうことですか?」
「最条学園は一年生の間にDランクに上がれなかった生徒を強制退学させますのよ。まあわたくしの実力ならそんな始末にはなりませんが」
どきん、と心臓が跳ねる。
それはつまり足切り制度だ。
毎年優秀なプロキューズを排出する最条学園は、成長が見込めない者の在籍を許さない。
サクラも入学時にクオリアが使えず、落ちこぼれと呼ばれたことがある。
一歩間違えればサクラは今、ここにいない。
あの時アンジュと戦って掴んだチャンスがここに繋がっているのなら。
無駄にしてはいけない。期待を寄せてくれる人だっているのだから。
「というか学園案内に書いていたでしょう……」
「あっはは、長文を読んでると眠たくなっちゃって」
はあ、とアンジュがため息をつくと同時、サクラたちの前に光の渦が生じ、その中からだぼだぼのセーターを着た女性が表れた。大きな枕を持っていて、頭にはナイトキャップ、目元はアイマスクで隠れている。
下はセーターの丈が長いせいで何を履いているのかわからない。履いていないのかもしれない。
その姿に、参加者たちがにわかにざわつき始める。
「アンジュちゃん、あの人って?」
「知りませんの? プロリーグで活躍してる赤夜ネムさんですわ」
「プロ……! ってことはキリエさんや黄泉川先輩と同じですね」
視線を集めるネムは枕からタブレットを取り出し、参加者たちと見比べつつちょいちょいとスクロールする。
「おし、全員揃ってんな。この学区の昇格試験はこの私、赤夜ネムが受け持つことになってる。さっそくだが……おいコラいい加減静かにしろ。試験内容を説明すんぞー」
ゆったりした外見に反してはきはきと進行していく。
タブレットを操作すると、空中に巨大なホログラムスクリーンが表示される。
そこには何やら三頭身ほどのコロボックルのような人型キャラクターが表示されていた。何種類もいて、それぞれ剣や槍、杖など様々な武器を所持している。
「ルールはシンプル。試験場に放たれるこの『試験官』を倒すと手に入るポイントを、時間内に多く集めた上位五名が合格となる」
五名。
想像より狭い合格枠に動揺が広がる。
横目でアンジュの方を窺ってみると、彼女は全く動じていなかった。
合格は当然。そんな自信が表れている。
「ルールはもうひとつ。他の参加者にブレイク――つまりアーマーを割られた場合、所持しているポイントの半分が相手に譲渡され退場。その時点でのポイントで順位を計算することになる」
つまり、地道にポイントを稼いでも他の参加者に倒されてしまえばごっそりと奪われてしまう。
他の参加者を倒せば巻き返せる反面、終了間際に倒されれば絶望的だ。特に獲得ポイントが多い者は積極的に狙われるだろう。
「……さて、これで説明は以上だ。それでは――――」
ネムがぱちんと指を鳴らす。
直後、サクラたち参加者の足元から光の渦が湧きあがった。
「試験開始」
光に包まれ何も見えない。
この感覚は学内戦の時と同じ、転送だ。
目を閉じていると独特の浮遊感はすぐに収まった。
おそるおそる瞼を開くとそこにはビルが立ち並ぶ都市。
あたりの道路や歩道、見上げれば建物の屋上にまで『試験官』が闊歩している。
周囲には誰もいない。
みんなバラバラの場所に転送されたということだ。
空を見上げると、『29:54』というカウントダウン。制限時間は30分ということだろう。
上位五名。狭き門だが――勝ち取らなければ。
そのために入学からずっと頑張ってきたのだから。
* * *
15分後。
リミッターで現在の順位を確認するとサクラの名前の横には12と表示されている。全体が約50名なので、上位四分の一以内には食い込んでいるということになる。
入都して一か月ほどでここまでの成果を上げているのは客観的に見て評価に値するが、それでも合格ラインには遠い。
五人。その門は狭く、くぐり抜けるには何かしらのブレイクスルーが必要になるだろう。
「アンジュちゃんは……やっぱり1位か。すごいなあ」
それもダントツのポイントだ。
退学をかけたあの模擬戦では勢いで勝てただけ――いや、勝ててしまっただけと言った方が正しいか。
本来ならサクラは負けていた。それならアンジュは取り巻きに見放されることも無く、今とは違った道を歩んで――――
『キー!』
「わっ!」
裏路地から勢いよく飛びかかってきた試験官の剣をとっさにかわし、返す刀で雷の矢で貫く。
これでまた1ポイント加算。だがこんな風にちまちま稼いでいても順位を上げることはできない。
雑念を振り払う。今は試験に集中しなければ。
サクラは周囲に三本の雷の矢を常に待機させている。訓練によってクオリアのコントロール力が高まり、こうした運用も意識せずできるようになってきた。
これなら不意打ちにも対応できる。だが、今のところ他の参加者と会敵したことは無い。鉢合わせそうになるとサクラの方が身を隠しているというのは理由のひとつとしてあるだろう。
それはポイントの奪い合いを避けるため。だが、これは競争。
どうしたって誰かを蹴落として進まねばならない時が来る。
(……誰かに辛い想いをさせてでも。本当は嫌だけど)
試験官の出現頻度は高くない。
倒せば高得点になるボーナス試験官のようなものも現状確認できていないことを考えると、やはりこの試験は最終的には直接的な潰し合いを想定しているのだろう。
順位表を確認すれば、十数人ほど参加者の名前が灰色に表示されている。試験が半ばほどまで経過した時点でこれだけの人数がブレイク……退場しているのだ。
アンジュの高得点は、おそらく積極的に参加者を倒してポイントを集めていることによる。
ならば。
「かくごー!」
その声と同時に足元に差す影。
素早く振り向くと、他校の参加者が飛び上がり、その脇にはサクラ目がけて落下してくる乗用車が見えた。
何のクオリアかはわからない。だから考える前に身体が動く。
雷の矢、一発目を発射。迫りくる乗用車を貫き、容易く爆散させる。
広がる爆炎の隙間、驚愕した相手の顔が見えた。
(絶対に合格する。そのためには、負けちゃダメだ!)
そして残りの二発もすでに発射されている。
二つの雷の矢はそれぞれ迂回するように弧を描き、挟み込むようにして相手を貫いた。
ガラスの割れるような音が響き、ブレイク。
同時に相手の持っていたポイントの半分がサクラへと加算される。
「よし、この調子!」
リミッターに表示されたサクラの順位がひとつ上がる。
やるべきことは決まった。上位の参加者を倒し、合格枠へ登りつめるのだ。




